プロローグ
魔物が跋扈し、武勲こそが正義とされる「剣の時代」。
軍事至上主義のエーデルシュタイン王国において、その家は「異端」の名を欲しいままにしていた。
「――おい、聞いたか。あのオブシディアス家の末弟、また軍の模擬戦でとんでもない戦術を披露したらしい」
「文官の家系だろう? なのに、王太子殿下まであいつを直々に呼び寄せ、献策を面白がっているときく」
「……兄のクラウスも、外交で他国の喉元を『言葉』だけで締め上げているというのに。あの家はどうなっているんだ」
武官たちが唾を吐き、あるいは羨望を向ける。
だが、注目の的である当人たちは、そんな周囲の熱をどこ吹く風で受け流していた。
オブシディアス伯爵家。
『エーデルシュタイン王国の異端の家』と呼ばれているその一族は、今日も平和に、そして無自覚に国の命脈を握っている。
「おはよう、二人とも。ウィル、また殿下に王城まで連行されていたんだって? 帰りが遅いから心配したよ。エストの隈を作るところまで似ないでくれよ?」
王都の別邸、朝陽の差し込む食卓で微笑むのは長男クラウス。
『言葉』の力を操り、外交官としてえぐい人脈を築きながらも、その最優先事項は「家族の安寧」に他ならない。
「うっさいなー。決算期が近いんだよ。でもまぁ、遅いんじゃないか? テスト前でもないのに、うちの末弟ときたら隈まで作って」
不機嫌そうに、だが手際よくウィラードの皿に好物を載せるのは次男エアエスト。
領地代官として、あるいは『夢』の裏側で情報の網を広げる彼は、趣味の金儲けと家族の安護のためなら、あらゆる手段を厭わない。
「ったく、ウィルの献策のせいで俺の方まで王族からの急な依頼が飛んできたんだぞ。おかげで昨夜は一睡もできず、仕事が捗って仕方なかった。……礼を言うぞ、ウィル」
「……二人とも、すみません。俺はただ、気になったことを報告書にまとめただけなんですけど……」
申し訳なさそうに肩をすくめる末弟ウィラード。
前世の知識を『察知』スキルで磨き上げ、無意識に国益を爆増させてしまう彼は、今や学園で「将来の重臣」として男女問わず囲まれる人気者だ。
「ま、ウィルだから許すけどな」
「そうだね。こんなに優秀でかわいい弟たちだから、私は心配だよ。変なのに引っかからないようにね」
「兄上たちに言われたくありません」
皇国から来た留学生たちが驚愕と共に帰国するほどの異端ぶりを見せつけながら、彼らは今日も「文官がモテるわけない」と本気で信じて疑わない。
彼ら兄弟とその周りのお話。
のほほんとした日常、時々、国を揺るがす大事件。
あるいは、愚か者への牽制劇や、知略による成功の軌跡。
これは、とある伯爵家に生まれた、漆黒の瞳を持つ三兄弟の物語。




