第八章 黒幕
次の開廷を待つ間、王城の空気は、これまでとは明らかに違うものへと変わっていた。
貴族たちの間では、もはやアリア様を庇う声はほとんど聞かれなくなっている。
代わりに囁かれ始めたのは、誰がこの茶番を仕組んだのかという問いだった。
私自身も、その答えに近づいている確信を強めていた。
この数日、アルフレッド様からの報告も、少しずつ具体性を帯び始めている。
誰かが裏で糸を引いているとすれば、その人物は、これまでの証言のすべてを把握できる立場にいるはずだ。
謁見の間に、いつも通りの顔ぶれが集まる。
国王陛下、記録係の文官たち、レオン様、アリア様。
そして、これまでほとんど発言してこなかった、宰相グレゴール様の姿。
国王陛下が、静かに開廷を告げる。
「本日も、証言の背景について確認を続ける」
私は、静かに一歩前へ出る。
今日こそ、核心に踏み込むつもりだった。
「アリア様、改めて伺います」
「この一連の証言について、宰相府から何らかの助言を受けたことは、本当にございませんか」
その問いに、会場が一瞬凍りつく。
私が、宰相の名を直接口にしたのは、これが初めてだった。
アリア様の顔が、みるみる青ざめていく。
「そ、それは……」
答えに詰まる彼女の代わりに、静かな声が響く。
「セリーヌ様」
宰相グレゴール様が、初めて自ら声を発した。
これまでの沈黙が嘘のように、穏やかな、けれどよく通る声だった。
「証言の細部にこだわるのも結構ですが、そろそろ結論を急ぐべきではございませんか」
会場の視線が、一斉に彼へと集まる。
「聖女殿の証言に疑わしい点があることは、もはや明らかでございましょう」
「これ以上の詮索は、国政を停滞させるだけかと存じます」
一見、理にかなった提案に聞こえる。
事実、何人かの貴族が、小さく頷いているのが見える。
けれど、私の中で、小さな違和感が音を立てる。
これまで一度も口を挟まなかった人物が、なぜ今、この瞬間に発言したのか。
しかも、なぜ、話をこれ以上進めるなと、遠回しに促すのか。
国王陛下が、思案するように顎に手を当てる。
「宰相の言うことにも、一理あるが……」
私は、静かに、けれどはっきりと口を開く。
「恐れながら、まだ結論を出す段階ではございません」
「なぜなら、この証言がなぜ生まれたのか、その背景こそが最も重要だからです」
宰相グレゴール様は、笑みを浮かべたまま、静かに首を傾げる。
「背景など、聖女殿ご本人の胸の内にしかないものでは?」
その言葉に、私は静かに彼を見つめ返す。
穏やかな笑み、落ち着いた声、揺るがない態度。
長年、優秀な政治家として国を支えてきた人物だと、誰もが認めている。
誰も彼を疑ったことなどないのだろう。
けれど、その完璧さこそが、今の私には引っかかる。
すべてが完璧すぎて、かえって作り物めいて見える。
これまでの証言者たちが見せてきた、あの小さな綻びが、彼にだけは見当たらない。
いや、綻びがないのではない。
綻びを見せないよう、あまりに周到に振る舞っているだけだ。
そう気づいた瞬間、これまで感じていた違和感のすべてが、一本の糸につながっていく。
証言の日付があいまいだったこと。
目撃者が誰一人として現れなかったこと。
そして今、話を急いで打ち切ろうとする、この不自然な介入。
私は、静かに、けれどはっきりと告げる。
「宰相様」
「本命は、こちらですね」
その一言に、会場の空気が凍りつく。
誰も、言葉の意味を理解しかねているように、しんと静まり返っている。
宰相グレゴール様の笑みが、ほんの一瞬だけ、揺らいだように見えた。
本当に、ほんの一瞬だけ。
けれど、私はその一瞬を見逃さなかった。
「セリーヌ様、それはいったい、どういう意味でございましょうか」
声は、あくまで穏やかなままだ。
けれど、その奥に、これまでにない硬さが混じっている気がする。
私は、あえてそれ以上は答えない。
「今は、まだ推測に過ぎません」
「けれど、遠からず、確信に変わるはずです」
そう告げて、静かに一礼する。
国王陛下が、興味深そうにこちらを見つめている。
「セリーヌ、何か掴んでいるのか」
私は、静かに頷く。
「まだ、証拠は揃っておりません」
「けれど、少しお時間をいただければ、必ずお示しいたします」
国王陛下は、しばし考え込んだ後、静かに頷く。
「よかろう。次回までに、調査を進めるがよい」
その言葉と共に、本日の開廷は幕を閉じる。
会場を出る間際、私は一度だけ、宰相グレゴール様を振り返る。
彼は、変わらぬ笑みを浮かべたまま、静かにこちらを見つめ返していた。
その笑みの奥に、何が隠されているのか。
答えは、もう遠くないところにあるはずだった。
控えの間に戻ると、アルフレッド様が静かに待っていてくれた。
「セリーヌ様、宰相邸の周辺について、いくつか気になる報告がございます」
短いその一言に、私は静かに頷く。
「詳しく聞かせてください」
アルフレッド様は、周囲を一度確認してから、声を落として告げる。
「ここ数か月、宰相邸に出入りする商人の数が、明らかに増えております」
「その中には、身元のはっきりしない者も、少なくないようです」
その報告に、胸の奥がざわめく。
偶然にしては、あまりにも都合のいい符合だ。
証言が始まった時期と、その動きが重なっているとすれば。
真実へと続く道が、ようやく、はっきりとした輪郭を持ち始めていた。




