第七章 王子の暴走
次の開廷では、証言の背景そのものに踏み込む段階へと移ることになった。
三つの証言すべてに綻びが見つかった今、残る問いはただ一つ。
誰が、何のためにこの筋書きを描いたのかということだ。
王家の鏡は、今日も変わらず謁見の間を映し続けている。
アリア様は、前回よりもさらに憔悴した様子で、定位置に立っている。
目の下には、隠しきれない疲労の色が滲んでいる。
国王陛下が、静かに開廷を告げる。
「本日は、証言の背景について、さらに確認を進める」
私は、静かに一歩前へ出る。
今日、確かめたいことは一つだった。
誰が、アリア様にこの証言を持ちかけたのか。
あるいは、彼女自身の考えだったのか。
これまでの証言のどれもが、細部において、あまりに不自然なほど曖昧だった。
一人の少女が、思いつきだけでここまで大胆な嘘を重ねられるとは思えない。
私は、静かに問いかける。
「アリア様、一つ伺います」
「この一連の証言は、どなたかの助言を受けて行われたものでしょうか」
会場に、緊張が走る。
アリア様は、答えに詰まる。
視線が、ちらりとレオン様の方へ向く。
その一瞬の仕草を、私は見逃さなかった。
「……いいえ。すべて、私自身の考えです」
声は震えているが、それでも意固地に否定を続ける。
私は、さらに問いを重ねる。
「では、なぜこのタイミングで、証言に踏み切られたのでしょうか」
アリア様は、俯いたまま答えられずにいる。
沈黙が、会場に重く広がっていく。
誰もが、固唾を呑んでその沈黙を見守っている。
その時だった。
突然、レオン様が声を張り上げる。
「聖女を泣かせるな!」
会場中の視線が、一斉にレオン様へと集まる。
その顔は、怒りと焦りで赤く染まっている。
「先ほどから、質問攻めではないか!」
「アリアがどれほど傷ついているか、分からないのか!」
唾を飛ばさんばかりの剣幕に、周囲の貴族たちが思わず身を引く。
会場が、しんと静まり返る。
誰も、その剣幕に言葉を返せずにいる。
私は、一度だけ静かに彼を見上げる。
不思議なほど、心は凪いでいた。
かつては、この声に怯むこともあったかもしれない。
けれど今はただ、事実を事実として受け止めるだけだ。
そして、落ち着いた声で答える。
「質問しただけですが?」
短いその一言に、会場の空気が、わずかに揺れる。
レオン様は、言葉に詰まったように立ち尽くす。
「そ、それは……」
私は、さらに続ける。
「事実を確認することは、罪ではございません」
「答えられないのであれば、それもまた一つの事実として、受け止めるべきかと存じます」
その言葉に、レオン様の顔がさらに赤くなる。
けれど、今度は反論する言葉が見つからないようだった。
かつて剣術には優れていても、政治には不慣れだと評された彼らしい姿だった。
力ではなく、言葉で立ち向かうべき場所で、彼は立ちすくんでいる。
国王陛下が、重い声で告げる。
「レオン、静まれ。この場は法廷である」
レオン様は、悔しげに拳を握りしめながらも、口をつぐむ。
王妃マリア様は、我が子の姿を見て、深く目を伏せている。
かつて溺愛していた息子の姿が、今はどれほど痛々しく映っているだろうか。
貴族たちの間にも、動揺と困惑が広がっていく。
これまで女性人気を誇っていた王太子の評判が、音を立てて崩れていく。その音が聞こえるようだった。
この光景もまた、全国の魔導スクリーンに、余すことなく映し出されているはずだ。
「王子焦ってる」
「質問に答えればいいだけでは?」
そんな言葉が、画面を埋め尽くしているであろうことは、想像に難くない。
かつて国民から絶大な人気を誇っていた王太子の姿が、今は苛立ちを隠せない一人の若者として映っている。
酒場のおじさんも、パン屋のおばさんも、今頃は驚きと呆れの入り混じった感想を書き込んでいるだろう。
女性人気ナンバーワンと謳われた彼の評判に、初めて大きな影が差し始めている。
皮肉なことに、私を貶めようとして始まったこの裁判が、今や彼自身の名声を蝕み始めていた。
私は、静かに記録へ書き加える。
感情的になったのは、アリア様ではなく、レオン様の方だった。
その事実だけでも、十分に意味を持つ。
国王陛下が、私に向き直る。
「続けよ、セリーヌ」
私は、静かに頷く。
「では、改めて伺います」
「アリア様、この証言に協力された方は、本当にいらっしゃらないのでしょうか」
アリア様は、しばらく黙り込んだ後、ようやく小さく口を開く。
「……分かりません。もう、何が本当か……」
その呟きに、会場は再びざわめく。
もはや、彼女自身が、自分の証言に確信を持てずにいるようだった。
国王陛下が、静かに告げる。
「本日はここまでとする」
会場を出ながら、私は静かに息をつく。
レオン様の怒声は、思いがけない形で、事態を私に有利に運んでくれた。
感情に任せて声を荒げれば、それだけで多くを失う。
この裁判が始まってから、彼はずっとそのことを分かっていなかったように思う。
リズが、隣でそっと囁く。
「レオン様、変わられましたね……」
その言葉に、私は静かに答える。
「変わったのではなく、素が出ただけかもしれないわ」
リズは、少し驚いた顔をした後、小さく頷く。
かつて共に国を支えると誓った相手が、今はもう見る影もない。
悲しみがないと言えば、嘘になる。
かつて、この人と共に国を支えていくのだと、確かにそう思っていた時期もあった。
剣術の稽古を見ては褒め、政務の疲れを労い、少しずつ絆を育んでいるつもりだった。
けれどその絆は、こうも簡単に崩れてしまうほど、脆いものだったのかもしれない。
それでも、今の私にできることは、ただ真実を追い続けることだけだ。
感傷に浸っている時間は、まだない。




