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婚約破棄は全国同時生配信でした~公開処刑のはずが、処刑されたのは王子の名声でした~  作者: カルラ


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第五章 聖女の演技

最後の証言を扱う開廷の日がやってきた。

謁見の間の空気は、これまでのどの回よりも張り詰めている。

会場に集う貴族たちの視線には、もう単純な同情だけではない、複雑な色が混じり始めている。

二つの証言が崩れた今、誰もが固唾を呑んで、この最後の一件の行方を見守っている。

国王陛下が、静かに開廷を告げる。

 

「では、教会での一件について、証言を求める」

 

アリア様が、静かに前へ進み出る。

これまでの二つの証言が崩れたことで、さすがに以前ほどの余裕は見えない。

それでも、まだ諦めてはいないようだった。

むしろ、これまで以上に慎重に、言葉を選んでいるようにも見える。

彼女は深く息を吸い、静かに語り始める。

 

「あの日、教会の礼拝堂で、ある方々からひどい言葉を浴びせられました」

 

声は震えているが、これまでで一番落ち着いた口調でもある。

 

「お前のような卑しい生まれが、聖女を名乗るなと……」

 

そう言うと、目に涙を浮かべる。

一筋、また一筋と、頬を伝う涙は、これまで見た中で最も美しく、最も痛ましいものだった。

会場の空気が、わずかに揺れ動く。

涙する彼女の姿に、再び同情の色が滲み始める。

二度の失敗の後だからこそ、この涙は真実に近いのではないかと、そう思いたくなる者もいるのだろう。

人というものは、一度信じたいと思った相手を、そう簡単には疑い切れないものらしい。

私自身も、一瞬だけ心が揺れそうになる。

けれど、これまで積み重ねてきた違和感が、その揺らぎを押しとどめる。

国王陛下が、労わるように声をかける。

 

「辛かったであろう。少し休むか」

 

アリア様は、涙を拭いながら小さく首を振る。

 

「いいえ……大丈夫です。最後まで、お話しさせてください」

 

健気なその様子に、会場のあちこちから小さなため息が漏れる。

王家の鏡は、そんな様子も余すことなく全国へ届けているはずだ。

国王陛下が、しばしの休廷を告げる。

一同が席を立ち、それぞれ廊下や控えの間へと散っていく。

私も一度、謁見の間の隅で息をつく。

張り詰めていた肩の力を、少しだけ緩める。

王家の鏡は、休廷中も律儀に会場を映し続けている。

ノア様曰く、王家の重要行事は、開始から終了まで途切れることなく記録されるのが決まりなのだという。

誰も気に留めていなかった、その律儀さが、思わぬ形で牙を剥くことになる。

この国の民は、日頃から配信を見返す習慣を持っている。

聞き逃した言葉や、見逃した表情を、酒場の常連たちが後から言い合っては笑い合う。

それは、ただの娯楽のはずだった。

けれど今夜は、その習慣が思いがけない真実を掘り起こすことになる。

休廷が明け、再び開廷の運びとなる。

けれど、その直前。

会場にざわめきが走る。

誰かが、廊下に設置された小さな魔導鏡の前で声を上げたのだ。

 

「今、映像が巻き戻って流れています!」

 

この国の魔導スクリーンには、直前の放送を巻き戻して確認できる機能がある。

国民たちは日頃から、聞き逃した部分を見返すために、当たり前のようにこの機能を使っている。

誰かが、休廷直前の映像を、何気なく見返していたのだろう。

そこに映っていたものが、瞬く間に人々の間で共有されていく。

国王陛下が、訝しげに問う。

 

「何事だ」

 

衛兵の一人が、恐る恐る鏡を示す。

誰かの手によって、その映像がこの場の鏡にも映し出される。

休廷が告げられた、まさにその直後の映像だった。

アリア様が、涙を拭きながら静かに顔を上げる。

次の瞬間。

涙は跡形もなく消え、口元には、はっきりとした笑みが浮かんでいた。

カメラの切り替えを待つほんの一瞬。

誰も見ていないと思ったのだろう。

その一瞬だけ、油断が生まれたのかもしれない。

会場が、凍りついたように静まり返る。

誰も、言葉を発することができない。

私自身も、その光景から目が離せずにいた。

全国の視聴者たちも、同じ映像を目にしているはずだ。

 

「今笑った?」

 

「見間違い?」

 

「巻き戻せ!」

 

そんな言葉が、全国の画面を埋め尽くしていく様子が、容易に想像できる。

この世界の配信は、録画として何度でも見返すことができる。

誰か一人が気づけば、あっという間に、国中の人々がその瞬間を確かめ始める。

法律オタクの学生も、酒場のおじさんも、パン屋のおばさんも、今頃は自分の目で何度も同じ場面を見返しているだろう。

見間違いだと思いたい者も、きっと少なくない。

けれど、映像は、何度見返しても同じ答えを返すだけだ。

何度巻き戻しても、そこに映る笑みは、消えることなく同じ場所に留まり続ける。

アリア様は、その映像に気づくと、顔面蒼白になる。

 

「そんな……あれは、その……」

 

言葉を失い、視線を彷徨わせる。

これまでのような、涙に訴える言い訳すら出てこない。

国王陛下は、しばらく無言のまま、その映像を見つめ続けている。

やがて、重い声で告げる。

 

「今の映像について、説明を求める」

 

アリア様は、震える声を絞り出す。

 

「安堵した拍子に、変な顔になってしまっただけです……」

 

その弁明に、会場の空気はさらに冷え込む。

安堵の表情と、あの笑みは、明らかに質が違う。

誰の目にも、それは分かるはずだった。

レオン様でさえ、今度ばかりは何も言えずにいる。

これまで彼女を庇い続けてきた表情が、初めて揺らいでいるのが分かる。

王妃マリア様は、静かに目を伏せている。

その横顔には、深い落胆の色が滲んでいた。

貴族たちの間からも、これまでとは違う種類のざわめきが広がっていく。

誰もが、この一件をきっかけに、これまでの証言すべてを疑い始めているようだった。

私は、静かに記録へ書き加える。

三つ目の証言、そこに滲む決定的な綻び。

証拠は、もう十分に積み上がっている。

それでも、まだこれで終わりではない。

この裁判の裏に潜む、本当の目的を暴くまでは。

国王陛下が、静かに告げる。

 

「本日はここまでとする。追って沙汰を下す」

 

会場を後にしながら、私は静かに息をつく。

三つの証言、そのすべてに嘘が潜んでいた。

偶然の綻びのようでいて、これほど揃って崩れるものだろうか。

ふと、そんな疑問が頭をよぎる。

誰かが意図的に、この状況を作り出したのだとしたら。

アリア様一人の思いつきにしては、あまりに大掛かりすぎる気がしてならない。

けれど、これはまだ、始まりに過ぎない。

誰が、何のために、これほど周到な嘘を仕組んだのか。

その答えに、少しずつ近づいている気がしている。

控えの間に戻ると、リズが小走りに駆け寄ってくる。

 

「セリーヌ様、見ましたか、あの映像……!」

 

「ええ、しっかりと」

 

短く答えながら、静かに椅子に腰を下ろす。

ここまで長かったようで、まだ道半ばだという感覚もある。

 

「これで、少しは信じてもらえますよね」

 

リズの問いに、私はゆっくりと首を振る。

 

「まだよ。証言が崩れただけでは、誰が何のためにこれを仕組んだのかまでは分からない」

 

リズは、少し驚いた顔をした後、真剣な表情で頷く。

 

「私も、お手伝いできることがあれば何でも仰ってください」

 

その言葉に、小さく笑みがこぼれる。

一人ではない。

そのことが、思いのほか心を支えてくれている。








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