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婚約破棄は全国同時生配信でした~公開処刑のはずが、処刑されたのは王子の名声でした~  作者: カルラ


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第三章 最初の嘘

公開裁判の続きは、三日後に改めて開かれることになった。

場所は、王城の大広間ではなく、正式な謁見の間だ。

舞踏会の華やかさは消え、代わりに重厚な法廷としての空気が漂っている。

石造りの壁に反響する足音さえ、いつもより重く感じられる。

王家の鏡は、今回も変わらず起動している。

全国の魔導スクリーンには、すでにこの裁判の噂が広まっているはずだ。

酒場でも広場でも、次はどうなるのかと、皆が固唾を呑んで見守っているのだろう。

私はこの三日間、屋敷に軟禁に近い状態で過ごしていた。

それでも、時間を無駄にはしていない。

父に頼み、外交府から使節来訪の記録を取り寄せてもらった。

書庫を漁り、当日の来賓名簿や式次第まで、可能な限りかき集める。

アルフレッド様からも、密かに調査の進捗が届けられている。

短い書状には、いくつかの人名と、簡潔な報告だけが記されていた。

詳細は分からないが、着実に何かが動き始めている気配だけは伝わってくる。

眠る間も惜しんで、記憶と記録を突き合わせる作業を続けた三日間だった。

夜遅く、根を詰めすぎて手が止まる私に、リズがそっと声をかけてくれたこともある。

 

「セリーヌ様、少しお休みください」

 

「大丈夫よ、まだやることがあるの」

 

強がりだと、自分でも分かっていた。

それでも、弱音を吐けば、そこから崩れてしまいそうな気がしていた。

謁見の間の中央には、国王陛下の玉座。

その両脇に、記録係の文官たち。

少し離れた場所に、レオン様とアリア様が並んで立っている。

私は、指定された位置に静かに立つ。

隣にはリズが控え、後方にはアルフレッド様の姿もある。

傍聴を許された貴族たちも、固唾を呑んでこちらを見つめている。

国王陛下が、厳かに開廷を告げる。

 

「これより、先日の証言に対する反対尋問を許可する」

 

その言葉に、会場の空気が一段と張り詰める。

私は一歩、前に進み出る。

深呼吸を一つ。

これまで積み上げてきた記録と証拠を、頭の中で今一度並べ直す。

感情に流されず、順序立てて崩していく。

それが、この三日間で決めた戦い方だった。

それから、静かに口を開く。

 

「まず、階段の一件について、確認させてください」

 

アリア様は、泣きそうな涙目でこちらを見る。

私は、感情を交えず、事実だけを問う。

 

「その出来事があったのは、正確にはいつのことでしょうか」

 

一瞬、アリア様の表情が固まる。

けれどすぐに、悲しげな声で答える。

 

「……半年ほど前、としか」

 

「正確な日付までは、覚えていません」

 

私はさらに問いを重ねる。

 

「では、その場に、他にご覧になった方はいらっしゃいましたか」

 

アリア様は、一瞬視線を泳がせる。

 

「……いいえ。あの階段には、私一人しかおりませんでした」

 

会場から、小さくため息のような声が漏れる。

神殿の階段は、決して人気のない場所ではない。

それなのに、誰一人として目撃者がいないという答えに、違和感を覚えた者も少なくないはずだ。

私は静かに頷く。

 

「では、こちらで確認いたします」

 

そう告げて、父に目配せする。

父が一歩前に出て、羊皮紙の束を国王陛下に差し出す。

 

「隣国からの使節団来訪に関する、外交府の正式な記録でございます」

 

国王陛下が、記録に目を通していく。

その表情が、少しずつ険しくなっていく。

傍らの文官も、覗き込むように記録を確認し、小さく頷いてみせる。

公式な記録である以上、その日付を疑う余地はほとんどない。

私は、静かに続ける。

 

「アリア様が仰るおおよその時期、私は隣国の使節団を出迎える任にあたっておりました」

 

「一日たりとも、神殿へ足を運ぶ余裕はございませんでした」

 

会場に、小さなどよめきが広がる。

アリア様の顔色が、わずかに変わる。

それでも、まだ余裕の表情を崩さない。

 

「記録の日付が、間違っているのではありませんか」

 

その反論に、私は静かに答える。

 

「記録だけではございません」

 

私は、王家の鏡の管理を任されているノア様の方へ目を向ける。

 

「王家の鏡には、過去の映像を映す機能があると伺いました」

 

ノア様が、静かに頷く。

 

「はい。王家の重要行事は、すべて記録として保存されております」

 

国王陛下が、短く命じる。

 

「その日の記録を、この場に映し出せ」

 

ノア様が、鏡に向かって手をかざす。

「放送は絶対に止められません」が口癖の彼だが、こういう時の手つきだけは驚くほど繊細だ。

淡い光が、鏡面に渦を巻くように広がっていく。

会場の誰もが、息を詰めてその光を見つめている。

やがて、映像が浮かび上がる。

そこに映っていたのは、外交の間で使節団を出迎える、あの日の私自身の姿だった。

会場中の視線が、一斉に鏡へと吸い寄せられる。

映像の中の私は、深々と一礼し、使者たちと言葉を交わしている。

日付を示す魔法の刻印が、映像の端に静かに浮かんでいる。

それは、アリア様が語った事件のおおよその時期と、寸分違わず重なっていた。

会場が、水を打ったように静まり返る。

誰も、声を発することができずにいる。

アリア様の手が、わずかに震え始めているのが見える。

先ほどまでの余裕はもう、その顔のどこにも残っていない。

私は、静かにアリア様へ視線を戻す。

 

「この時期、私は神殿にはおりませんでした」

 

アリア様の顔から、みるみる血の気が引いていく。

先ほどまでの涙は、いつの間にか止まっている。

全国の視聴者たちも、この映像を見ているはずだ。

コメント欄がどう変化しているか、想像するのは難しくない。

 

「え?」

 

「最初から嘘?」

 

「記憶違い?」

 

そんな言葉が、次々と画面を流れていく様子が、目に浮かぶようだった。

いつも契約書の条文を諳んじる法律オタクの学生も、今頃は興奮気味に説明を書き込んでいる頃だろう。

外交記録と王家の鏡、二重の証拠が並べば、もはや言い逃れは難しいはずだと。

先ほどまで私を非難する声で埋め尽くされていた場所に、疑念の色が滲み始めている。

レオン様は、驚いた様子でアリア様の方を見る。

その視線には、これまでになかった戸惑いが浮かんでいる。

王妃マリア様は、口元に手を当てたまま、じっと映像を見つめている。

父もまた、静かにこちらを見守っている。

何も言わないが、その眼差しには確かな安堵が滲んでいるように見えた。

宰相グレゴール様だけは、相変わらず表情を変えない。

むしろ、わずかに目を細めたようにも見える。

その反応のなさが、かえって私には不自然に映る。

アリア様は、しばらく言葉を失っていた。

けれど、やがて震える声で、こう告げる。

 

「時期を、勘違いしました……」

 

その一言に、会場の空気がさらに揺れる。

アリア様は、涙ぐみながら続ける。

 

「あまりに恐ろしい出来事だったので、記憶が曖昧になってしまって……」

 

その言い訳に、私はあえて何も言わない。

ただ、静かに記録へ書き加えるだけだ。

時期の誤り、一つ目。

国王陛下が、重々しい声で告げる。

 

「では、正確な日付を、今この場で述べよ」

 

アリア様は、視線を泳がせながら、別の日付を口にする。

私は、その日付も静かに記録する。

次の機会に、また確かめればいい。

一つの嘘が崩れれば、次の綻びも自然と見えてくるものだ。

会場の空気は、先ほどとは明らかに違うものへと変わりつつある。

私を見る目に、わずかながら疑いの色が混じり始めている。

それでも、まだ油断はできない。

証言はまだ二つ残っている。

毒の一件と、教会での暴言。

それぞれに、同じように綻びが隠れているはずだ。

国王陛下が、静かに告げる。

 

「本日の尋問はここまでとする。次回、続きを行う」

 

その言葉と共に、この日の裁判は一区切りを迎える。

アリア様は、逃げるように退室していく。

私はその背中を、ただ静かに見送る。

勝ったとは、まだ思わない。

けれど、確かに一歩前へ進んだという実感はある。

リズが、こっそりと耳打ちしてくる。

 

「セリーヌ様、すごいです……!」

 

小さく笑って、頷くだけにとどめる。

浮かれている場合ではない。

一つの嘘が崩れた今、残りの嘘も、遠からず崩れていくはずだ。

けれど、相手も黙って綻びを晒し続けるとは思えない。

次はきっと、もっと巧妙な言い訳を用意してくるだろう。

それでも構わない。

嘘というものは、一つ崩れれば連鎖するように綻んでいくものだ。

私は懐の記録に、静かにもう一行書き加える。

次に崩すべきは、毒の一件だ。




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