第十九章 祝福の配信
あの婚約破棄の夜から、一年が経った。
王都では今、私とクリストファー様の結婚式の準備が進められている。
今度の配信は、裁判のためのものではない。
祝福のための配信だ。
この一年の間、私たちはゆっくりと、けれど確かに、お互いを知る時間を重ねてきた。
焦らず、飾らず、ただ誠実に向き合い続けてくれた彼に、いつしか私は、心から寄り添いたいと思うようになっていた。
式の当日、王家の鏡は、あの日と同じように起動する。
映し出される先も、あの日と同じ、王都中の酒場、広場、そして各家庭の居間だった。
一年前、あの場所には、私を非難する言葉が溢れていた。
今日、そこに集う人々は、あの日とは違う表情を浮かべているのだという。
式に向かう馬車の中、アルフレッド様から届いた報告書に、そっと目を通す。
かつて「また王子やらかした!」と書き込んでいたパン屋のおばさんは、広場の魔導スクリーンの前で、こう呟いていたそうだ。
「今度は、泣いてもいい涙だねぇ」
契約書の条文を諳んじていた法律オタクの学生は、酒場の隅で、感慨深げにこう語っていたという。
「あの日の令嬢とはまた違う美しさがあるなあ」
そして、手のひらを返すことで知られていたあの酒場のおじさんは、少し照れくさそうに、こう漏らしていたらしい。
「最初は……その、悪役令嬢だと思ってたんだよな……」
その一言に、周囲の常連たちがどっと笑ったのだと、報告書には記されている。
皆、笑いながら、あの騒動を懐かしむように振り返っているのだという。
王都の大聖堂には、国内外から多くの賓客が集まっていた。
国王陛下、王妃マリア様、そして父の姿もある。
侍女のリズは、控えの間で、私のドレスを整えながら、目に涙を浮かべていた。
「セリーヌ様、本当に、おめでとうございます」
その声に、私は静かに微笑む。
「ありがとう、リズ。ここまで支えてくれて、本当に感謝しているわ」
純白のドレスに身を包み、私は静かに祭壇へと向かう。
クリストファー様が、穏やかな笑みで待っていてくれる。
誓いの言葉が、大聖堂に静かに響く。
「私は、生涯あなたの一番の理解者であり続けます」
その言葉に、迷いは一つもなかった。
私も、静かに、けれどはっきりと答える。
「私はもう、一人ではありません」
短い、それだけの言葉。
けれど、そこに込めた思いは、これまでの一年間のすべてを物語っていた。
式が、静かに終わる。
大聖堂を出ると、王家の鏡に映る全国のコメント欄は、もはや文字が読み取れないほどの勢いで流れていた。
「おめでとう!」
「幸せになって!」
「歴史に残る結婚式!」
「最初から見てた!」
「泣いた!」
一年前、同じ画面には、まったく違う言葉が溢れていた。
「悪役令嬢!」「聖女様かわいそう!」と、私を断じる声が、あの日を埋め尽くしていたはずだ。
それが今、同じ人々の手によって、まったく違う言葉へと姿を変えている。
「最初は疑ってごめんなさい」
「真実を話してくれてありがとう」
「あなたが未来の王妃でよかった」
そんな謝罪と祝福の言葉が、次々と画面を流れていく。
私は、それらの言葉を、静かに見つめる。
かつて、根拠のない非難を浴びせられた夜のことを、忘れたわけではない。
それでも、今この瞬間、誰かを責める気持ちは、不思議なほど湧いてこなかった。
人は、時に間違え、時に流され、そして、時には自ら過ちに気づき、詫びることもできる。
その事実の方が、今の私には、ずっと大切に思えた。
かつて「冷たい女」と呼ばれていた自分が、こうして多くの祝福に包まれている。
その事実だけでも、この一年がどれほど大きく世界を変えたか、静かに物語っているように思えた。
私は、ただ静かに、笑みを浮かべる。
クリストファー様が、そっと隣に寄り添ってくれる。
王家の鏡が、最後にもう一度、私の姿を大きく映し出す。
私は、カメラの向こうにいる、すべての人々に向けて、静かに語りかける。
「一年前、この配信は私からすべてを奪いました」
少しの間を置いて、続ける。
「でも今日は、この配信が私に新しい人生を届けてくれました」
その言葉に、コメント欄が、一段と大きく揺れ動く。
王鏡の映像が、ゆっくりと空へと立ち昇っていく。
光の粒となったその映像は、王都の空いっぱいに広がり、まるで祝福の花びらのように、静かに舞い落ちていく。
国中を包む歓声と、止めどなく流れる祝福のコメントに見守られながら。
私の物語は、ここに、穏やかな幕を下ろす。
終幕




