第十六章 黒幕の正体
レオン様とアリア様の対面から数日、私はアルフレッド様と共に、これまで集めたすべての証拠を、静かに机に並べていた。
証言の矛盾、外交記録、王家の鏡の映像、録音の魔石、そして孤児院での過去。
一つひとつは、確かに大きな意味を持つ証拠だった。
けれど、それらすべてを俯瞰した時、一つの結論が、はっきりと浮かび上がってくる。
この裁判は、最初から、私とレオン様の婚約を壊すことだけが目的ではなかった。
宰相邸に出入りしていた身元不明の商人。
神殿の会計を担う神官への不審な送金。
アリア様の証言の裏にあった、あまりにも周到な筋書き。
そのすべての糸を辿った先に、一人の人物の名前が浮かび上がる。
宰相グレゴール・バルディア。
長年、優秀な政治家として国を支えてきたと、誰もが信じて疑わなかった人物だ。
私は、静かに窓の外を見つめる。
この結論に至るまでの三か月は、決して短くはなかった。
それでも、ようやく、すべての糸が一本に繋がろうとしている。
私は、国王陛下に謁見を願い出る。
静かな執務室で、これまでの証拠を、一つひとつ丁寧に説明していく。
「陛下、最初から婚約破棄が目的ではございませんでした」
「真の目的は、王位継承権を混乱させ、宰相様のお孫様を王位に近づけることにあったのではないかと存じます」
国王陛下は、しばらく黙り込んだ後、重々しく頷く。
「……薄々、そうではないかと思っていた」
「だが、証拠なくして、宰相を裁くことはできぬ」
私は、静かに頷く。
「宰相邸を捜索する許可をいただきたく存じます」
国王陛下は、しばしの沈黙の後、静かに命じる。
「よかろう。衛兵に命じ、直ちに実行させる」
その日の午後、王家の鏡を伴った衛兵たちが、宰相邸へと向かう。
異例の事態に、全国の魔導スクリーンも、その様子を生中継することになった。
王都中の人々が、仕事の手を止めて、この歴史的な瞬間を見守っているに違いない。
宰相グレゴール様は、玄関先で衛兵たちを出迎える。
その表情には、依然として、動揺の色は見られない。
「これは一体、何の真似でございましょうか」
穏やかな声で、そう問いかける。
国王陛下の名代として同行していた文官が、静かに捜索令状を示す。
「陛下の命により、邸内の捜索を行います」
宰相グレゴール様は、一瞬だけ目を細める。
けれど、すぐにいつもの穏やかな笑みを取り戻す。
「お好きなように。私に、やましいことなど何もございませんので」
衛兵たちが、邸内へと入っていく。
王家の鏡も、その様子を余すことなく捉えている。
しばらくして、地下へと続く隠し扉が発見される。
その奥にあった金庫から、次々と書類が運び出されてくる。
偽造された外交文書。
貴族たちへの賄賂の記録。
アリア様への送金の履歴。
そして、偽証人たちへ支払われた報酬の一覧。
一つひとつが、これまでの疑惑を裏付ける、決定的な証拠だった。
全国の視聴者たちも、この光景を目にしているはずだ。
「ラスボスだった」
「鳥肌」
「全部繋がった!」
そんな言葉が、画面を埋め尽くしているであろうことは、想像に難くない。
法律オタクの学生も、この証拠の数々に、興奮を隠せずにいるだろう。
宰相グレゴール様は、それでも表情を変えなかった。
運び出される証拠の山を、まるで他人事のように眺めているだけだった。
私は、静かに彼の前へ進み出る。
「宰相様、これでもまだ、やましいことはないと仰るのですか」
彼は、初めて小さくため息をつく。
それから、静かに、けれど淡々と答える。
「……すべては、国のためでした」
その一言に、周囲の空気が、わずかに揺れる。
「王家が、これほどまでに脆弱な血筋で続いていくことこそ、この国にとっての不幸だと考えたのです」
「私の血筋であれば、もっと確かな未来を築けたはずです」
理路整然とした語り口は、まるで、これまでのすべてが正当な政策論であったかのようだった。
私は、これまで抑えてきた感情が、静かに、けれど確かに立ち上がるのを感じる。
そして、初めて、強い口調で言葉を返す。
「国のためではございません」
「あなた自身のためです」
その一言に、宰相グレゴール様の表情が、初めてはっきりと歪む。
「多くの人々を傷つけ、罪のない者を陥れてまで、あなたが本当に守りたかったものは何ですか」
「それは、国の未来ではなく、ご自身の野心ではありませんか」
彼は、何かを言い返そうとする。
けれど、積み上げられた証拠の山を前に、その言葉は、ついに出てこなかった。
国王陛下が、静かに、けれど断固とした声で告げる。
「グレゴール・バルディア」
「宰相の任を解き、直ちに拘束せよ」
衛兵たちが、静かに彼を取り囲む。
宰相グレゴール様は、最後まで、取り乱すことはなかった。
ただ、連れて行かれる間際、一度だけ、私の方を振り返る。
「見事でした、セリーヌ嬢」
それだけを告げて、静かに連行されていく。
その背中を見送りながら、私は、ようやく息をつく。
三か月にわたる長い戦いの、本当の意味での終着点が、今、ここにあった。
控えの間に戻ると、父が静かに待っていてくれた。
「よくやった、セリーヌ」
短いその一言に、これまでの緊張が、堰を切ったように緩んでいく。
「お父様……」
それ以上、言葉が続かなかった。
父は、そんな私の肩に、静かに手を置くだけだった。
窓の外では、いつの間にか、王都の喧騒が、これまでとは違う響きに変わり始めている。
恐怖でも、怒りでもない、安堵にも似た空気が、少しずつ街を包み始めていた。




