第十五章 王子失脚
神殿での一件から数日後、王城にはまだ、重い空気が漂っていた。
アリア様は、神殿裁判に送致されるまでの間、王城の一室に留め置かれることになっている。
レオン様は、その間も、何度も面会を申し出ていたのだと、後になって知った。
王妃マリア様は、これ以上息子を傷つけてほしくないと、その面会に反対していたとも聞く。
それでも、レオン様の意志は固かったのだという。
そして、ついにその面会が許された日。
国王陛下の許可の下、王家の鏡が見守る中、二人の対面の場が設けられることになった。
私も、証人の一人として、その場に立ち会うことになる。
質素な一室に、レオン様とアリア様が向かい合って座っている。
華やかな舞踏会の日から、まだ数か月しか経っていないというのに、二人を取り巻く空気は、まるで別世界のようだった。
レオン様は、これまでのどの瞬間よりも、憔悴した顔をしていた。
それでも、まっすぐにアリア様を見つめ、口を開く。
「アリア、聞いてくれ」
「お前一人の罪だとは、私は思っていない」
その言葉に、国王陛下も、私も、静かに耳を傾ける。
「私が、もっと早く違和感に気づいていれば……こんなことには」
「アリアは、悪くない!」
悲痛な叫びが、静かな部屋に響き渡る。
これまでのすべてを失いながらも、なお彼女を庇おうとする姿は、ある意味で一途とさえ言えるのかもしれない。
けれど、アリア様の反応は、私たちの予想とは、まったく違うものだった。
彼女は、ゆっくりと顔を上げる。
その目には、もう涙の欠片も見当たらない。
ただ、冷たく凪いだ光だけがあった。
「……悪くない、ですって?」
低い声で、そう呟く。
「全部、レオン様が言ったことです」
会場の空気が、凍りつく。
「婚約者を疑わせたのも、証言の筋書きを考えたのも」
「最初にすべてを言い出したのは、レオン様ではありませんか」
レオン様は、言葉を失ったように、その場に固まる。
「そ、それは……お前が、そう望んだから……」
「望んだ?」
アリア様は、乾いた笑いを漏らす。
「望んだのは、私を利用しやすいと思ったレオン様の方でしょう」
「私は、ただ、言われるがまま演じていただけです」
その言葉が、真実なのか、それとも最後の悪あがきなのか、私には判断がつかない。
けれど、レオン様が受けた衝撃は、本物だった。
彼の顔から、みるみる血の気が引いていく。
「そんな……私は、お前を守ろうと……」
声が、力なく震えている。
アリア様は、その様子を見ても、もう表情一つ動かさない。
「守る? 今さら、何を仰るのですか」
「私はもう、すべてを失いました。守られる価値など、どこにもございません」
その突き放すような言葉に、レオン様は、まるで殴られたかのように、体を大きく揺らす。
これまで彼が信じてきたものが、音を立てて崩れていく瞬間だった。
国王陛下が、静かに、けれど重い声で告げる。
「レオン、もう十分だろう」
レオン様は、何かを言おうとするが、言葉が出てこない。
ただ、力なく項垂れるだけだった。
私は、その光景を、静かに見つめている。
かつて共に国を支えようと誓った相手が、今、目の前で完全に崩れ落ちていく。
勝者としての高揚感は、そこにはなかった。
ただ、人が人を利用し、利用され、そして共に堕ちていく様を見せつけられているだけだった。
全国の視聴者たちも、この光景を見ているはずだ。
かつて国民的人気を誇った王太子の姿が、これほどまでに痛ましく映る日が来るとは、誰も予想していなかっただろう。
部屋を出る間際、私はレオン様に一度だけ視線を向ける。
その目には、もう何も映っていないように見えた。
かつて剣術に優れ、人々の憧れであった青年の面影は、そこにはもうなかった。
控えの間へ戻る廊下で、リズが静かに寄り添ってくれる。
「セリーヌ様、お辛かったでしょう」
その優しい問いに、私はしばらく答えられずにいた。
「辛い、というより……」
「人が壊れていく様を見るのは、何度経験しても、慣れることはないのね」
リズは、静かに頷くだけだった。
真実は、時に、これほど残酷な形で人を裁くものなのかもしれない。




