第十三章 国民の怒り
録音が明らかになった夜から、王都の空気は一変した。
翌朝、屋敷の窓から外を見ると、いつもとは違う喧騒が遠くから聞こえてくる。
リズが、心配そうな顔で報告に来る。
「セリーヌ様、大変です。神殿の前に、大勢の人が集まっているそうです」
私は、静かに頷く。
予想はしていたことだった。
それでも、実際にその規模を聞くと、胸の奥に複雑な感情が広がる。
昨夜のうちに、あの録音は国中に知れ渡っていた。
何度も繰り返し流される映像と音声は、もう誰にも止められない。
王家の鏡が映し出したものは、決して消えることなく、人々の記憶に刻まれていく。
朝食もそこそこに、私は父の書斎で、届いたばかりの報告書に目を通す。
王都のあちこちで、同じような騒ぎが起きているのだという。
神殿の前に集まった人々の様子は、王都の広場に設置された魔導スクリーンにも映し出されているという。
怒りに満ちた声が、次々と上がっているのだと、後にアルフレッド様から聞かされる。
「聖女じゃない」
「詐欺師」
「今まで寄付した金返せ」
そんな叫びが、神殿の門前に響き渡っているのだという。
これまでアリア様に多額の寄付をしてきた貴族や商人たちが、次々と抗議に押しかけているらしい。
神殿の職員たちは、対応に追われ、門を固く閉ざすことしかできずにいる。
全国の魔導スクリーンには、怒りに震えるコメントが止まることなく流れ続けているはずだ。
かつて彼女を「天使みたい」と称えていた声は、今やどこにも見当たらない。
手のひらを返すという言葉が、これほど似合う光景もないだろう。
いつも手のひらを返す酒場のおじさんでさえ、今回ばかりは本当に最初から怪しいと思っていたと、胸を張っているかもしれない。
パン屋のおばさんも、寄付した小銭を惜しむよりも、裏切られた気持ちの方が大きいと、誰かに愚痴をこぼしているだろうか。
法律オタクの学生は、詐欺罪に当たるのかどうか、契約書の条文を持ち出して熱心に語っているかもしれない。
それでも、その怒りを単純に喜べない自分がいる。
人々の善意そのものが利用されたのだと思うと、怒りよりも先に、やるせなさが胸を占める。
昼過ぎ、アルフレッド様が屋敷を訪ねてくる。
表情には、これまでにない緊張が滲んでいる。
「セリーヌ様、昨夜、宰相邸から動いた荷馬車の行方が分かりました」
私は、静かに次の言葉を待つ。
「王都郊外の別邸へ運び込まれたようです」
「積み荷の中身までは、まだ確認できておりませんが……」
証拠の隠滅を図っているのだとすれば、猶予はそう長くない。
私は、静かに息を整える。
「引き続き、動きを見張ってください」
「決して、無理はしないで」
アルフレッド様は、少し驚いた顔をした後、静かに頷く。
「お心遣い、感謝いたします」
そう告げて、静かに退室していく。
一人になった部屋で、私は窓の外を見つめる。
遠くから聞こえる喧騒は、まだ収まる気配がない。
民衆の怒りは、正義感からくるものだろう。
けれど、それが行き過ぎれば、また別の悲劇を生みかねない。
誰かを断罪することと、真実を明らかにすることは、似ているようでいて、決して同じではない。
その違いを、忘れないようにしなければならないと、自分に言い聞かせる。
その夜、国王陛下から急な使者が届く。
神殿が、独自にアリア様の処遇について調査を行い、近く結果を発表するのだという。
事態は、私の想像以上の速さで動き始めている。
もう、誰にも止めることのできない流れが、この国全体を包み込もうとしていた。
私はただ、この流れの先に、正しい結末が待っていることを願うしかなかった。




