表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄は全国同時生配信でした~公開処刑のはずが、処刑されたのは王子の名声でした~  作者: カルラ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/19

第十章 聖女の過去

アリア様自身が嘘を認めたことで、審議の焦点は、次の段階へと移っていった。

この裁判の裏に、誰がいたのか。

その答えを探るため、私はアルフレッド様と共に、アリア様の過去を洗い直すことにした。

彼女がどのような人物なのか、これまで誰も深く知ろうとはしてこなかった。

聖女という肩書きの前では、その人柄を疑うこと自体が憚られていたのかもしれない。

調査を進めるうち、一つの場所に行き着く。

彼女が幼い頃を過ごしたという、王都郊外の孤児院だ。

アルフレッド様が、当時の院長を務めていた老婦人を探し出し、王城まで招くことに成功した。

彼女は、すでに孤児院を退き、今は静かな余生を送っていたのだという。

王城からの招きに、最初は戸惑いを見せたと、アルフレッド様から聞いている。

次の開廷の日、謁見の間には、これまでとは違う緊張が漂っている。

国王陛下が、静かに開廷を告げる。

 

「本日は、証言の背景を探るため、新たな証人を招く」

 

衛兵に案内され、杖をついた小柄な老婦人が、ゆっくりと会場に入ってくる。

かつて孤児院の院長を務めていたという、その人物だった。

私は、静かに問いかける。

 

「アリア様が、幼い頃を過ごされた孤児院の院長でいらっしゃいましたね」

 

老婦人は、静かに頷く。

 

「はい。十年ほど、あの子の面倒を見ておりました」

 

私は、さらに問いを重ねる。

 

「当時のアリア様は、どのような子供でしたか」

 

老婦人は、しばらく言葉を選ぶように黙り込む。

やがて、ゆっくりと語り始める。

 

「利発な子でした。誰よりも要領がよくて、大人の顔色を読むのが上手な子でした」

 

「けれど……正直に申し上げますと、少々困った癖もございました」

 

会場が、静かに耳を傾ける。

 

「他の子が頑張って作ったものを、自分の手柄として先生に見せることが、何度もございました」

 

「そして、それを指摘されると、決まって泣くのです」

 

老婦人は、当時を思い出すように、遠い目をする。

 

「泣かれてしまうと、大人は、それ以上強く言えなくなるものです」

 

「あの子は、幼い頃から、そのことをよく分かっていたように思います」

 

会場に、小さなどよめきが広がる。

誰もが、今回の裁判で見た涙と、この証言を重ね合わせずにはいられないだろう。

私は、さらに問いを重ねる。

 

「他にも、印象に残っていることはございますか」

 

老婦人は、少し躊躇う様子を見せた後、静かに答える。

 

「本当のことを言わない子でした」

 

「悪いことをしても、決して認めず、誰か別の子のせいにすることが、しばしばございました」

 

その証言に、会場は完全に静まり返る。

誰もが、聖女として崇められてきた少女の、知られざる一面に言葉を失っているようだった。

全国の視聴者たちも、同じ驚きを共有しているはずだ。

 

「前からかよ」

 

そんな言葉が、画面を埋め尽くしているであろうことは、想像に難くない。

これまでの三つの嘘は、決して突発的なものではなかった。

幼い頃から積み重ねられてきた、一つの生き方の延長に過ぎなかったのだ。

私は、もう一歩踏み込んで問うた。


「他に、特に印象に残っている『困った癖』はございますか。どんな些細なことでも構いません」


老婦人の表情が、明らかに曇る。

彼女は杖を握る手に力を込め、しばらく俯いたままだった。

やがて、重い息を吐き、覚悟を決めたように口を開いた。


「……ございます。申し上げにくいことではありますが、あの子には、長く治らなかった癖がございました」


会場の空気が、ぴくりと張り詰める。


「夜尿……おねしょでございます。それに、日中でも、時折、漏らしてしまうことがございました」


どよめきが一気に広がる。

老婦人は、申し訳なさそうに、しかし事実を隠さず続けた。


「年を重ねてもなかなか治らず、八歳、九歳になっても続いておりました。シーツを替えても替えても、朝になると濡れている。昼間も、急に漏らしてしまい、他の子供たちの前で恥ずかしい思いをすることが何度もございました」


アリア様の肩が、びくりと大きく震えた。

彼女は俯いたまま、拳を強く握りしめている。


「そして……あの子は、それを決して自分のせいだとは認めようとしなかったのです」


老婦人の声が、さらに沈む。


「『あの子が水をかけた』『隣の子がわざと濡らした』『シーツを替えた誰かが自分を貶めるためにやった』そうやって、必ず他の子供に擦り付けようとしました。実際に濡れてもいない子を、泣きながら『犯人』だと指差すこともございました」


「他の子供たちは、当然反論します。しかしアリアは、そこでまた激しく泣き出す。『私は悪くない』『みんなで私をいじめてる』と。大人は、泣き叫ぶ子を前に、それ以上厳しく追及できなくなる。結果として、濡れ衣を着せられた子が叱られたり、 叱責を受けたりすることも、少なくありませんでした」


会場は、水を打ったように静まり返った後、どっとざわめきに包まれた。


「そんな……聖女が……」

「子供の頃から責任転嫁を……」

「おねしょまで他人のせいに……」


王家の鏡を通じて、全国にその証言が流れている。

画面の向こうでも、同様の驚きと失望の声が溢れかえっているはずだ。


アリア様は、その場に立ち尽くしたまま、徐々に顔を真っ赤に染め始めていた。

耳の先まで紅潮し、唇をわなわなと震わせている。

彼女は何度も小さく首を振り、か細い声で否定しようとした。


「ち、違います……そんな……私は……」


しかし声に力はなく、むしろ自分の過去が公に晒されていく恐怖で、言葉が途切れる。

老婦人は、哀れむような、しかし事実を曲げない目でアリア様を見つめたまま、最後まで証言を続けた。


「一番ひどかったのは、集団で寝起きする大部屋で、彼女のシーツだけが濡れていた朝です。あの子は泣きながら『隣の子が夜中に水をかけてきた』と言い張りました。濡れてもいない子が、皆の前で厳しく叱られ、罰を受けました。後で真相が分かった時、その子は長くアリアを避けるようになりました。他の子供たちも、次第に距離を置くようになっていったのです」


「私は何度も『正直に言いなさい』『誰かのせいにしてはいけません』と諭しました。しかしあの子は、恥ずかしさのあまり、認められなかったのでしょう。漏らし、かつ嘘をつき、さらに他人を巻き込んでしまう。その悪循環が、長く続いておりました」


その言葉が落ちた瞬間、アリア様の膝ががくりと折れた。

彼女は支えを失ったようにその場にへたり込み、両手で顔を覆う。


「やめて……お願い、もうやめて……!」


必死の声が、会場に響く。

顔を覆った指の間から、大粒の涙がこぼれ落ち、床に落ちる音がした。

彼女の肩は小刻みに震え、呼吸が荒く乱れている。

聖女として完璧な仮面を被り続けてきた自分が、最も隠したかった幼い日の恥――おねしょとお漏らし、そしてそれを他人に擦り付けた事実――を、国王陛下の前で、全国民の前で、暴露されたのだ。


「違う……私は……ただ怖かっただけ……みんなに嫌われるのが怖くて……!」

「お願い……これ以上言わないで……恥ずかしい……死ぬほど恥ずかしい……!」


アリア様は床に手をついたまま、何度も何度も頭を振り、嗚咽を漏らす。

顔は羞恥で真っ赤に染まり、耳まで熱を持っているのが見て取れた。

かつてあれほど美しく涙を流して人々の同情を誘った聖女が、今はただ、子供の頃の惨めな過去を晒され、身も世もなく羞恥に苛まれている。


周囲から、抑えきれない囁きが漏れる。


「おねしょを他人のせいにする子が、聖女に……」

「嘘をつく癖は、本当に昔からだったのね」

「あれだけ人を陥れるのが上手いわけだ」

「今の裁判での責任転嫁と、全く同じじゃないか」


王家の鏡越しに、全国の視聴者たちも同じ反応を示しているのだろう。

「前からかよ」

「根っからの嘘つき」

「聖女の仮面が完全に剥がれた」


そんな言葉が、画面を埋め尽くしているはずだ。


アリア様は、両手で耳を塞ぐようにして、さらに小さくなっていく。


「聞かないで……見ないで……お願い……消えてしまいたい……!」


声はすでに泣き声そのもので、かつての澄んだ聖女の声とは似ても似つかない。

彼女は自分の過去の恥が、これ以上広げられることに耐えきれず、ただ羞恥と絶望に打ち震えていた。


国王陛下が、重い声で問う。


「なぜ、これまでその事実を、誰にも伝えなかったのか」


老婦人は、静かに、けれど少し悲しげに答える。


「聖女に選ばれたと聞いた時、正直、複雑な気持ちでございました」


「けれど、あの子なりに、変わろうとしているのかもしれないと、そう思いたかったのです」

「おねしょも、嘘も、いつか克服できると願っておりました。それなのに……こうして再び、嘘と責任転嫁で人を傷つけるようになってしまった。私の育て方が、間違っていたのかもしれません」


その言葉に、会場の空気が、わずかに和らぐ。

老婦人の言葉には、非難ではなく、どこか寂しさと自責が滲んでいた。

私は、静かに記録へ書き加える。

一連の嘘は、決して急ごしらえのものではない。

むしろ、彼女がこれまで培ってきた処世術そのものが、今回の筋書きに利用されたのだろう。

おねしょという最も恥ずかしい失敗すら他人に擦り付け、泣いて逃げることで生き延びてきた処世術。

それが、大人になっても形を変えて残り、今回の虚偽証言と責任転嫁に繋がったのだ。

だとすれば、それを利用した人物が、いる。 

国王陛下が、私へ視線を向ける。

 

「セリーヌ、これは何を意味すると考えるか」

 

私は、静かに答える。

 

「アリア様の癖を熟知し、それを最大限に利用できる立場の人物が、背後にいるということかと存じます」

 

「その人物は、彼女の過去まで把握していたはずです。おねしょや責任転嫁の癖まで知った上で、彼女を操りやすい駒として選んだのでしょう」


会場が、再びざわめく。

誰もが、その人物が誰であるかを、うっすらと察し始めているようだった。

アリア様は、床に崩れ落ちたまま、顔を覆って泣き続けている。

彼女の羞恥に満ちた嗚咽だけが、しばらくの間、謁見の間に響き続けた。

国王陛下が、静かに告げる。

 

「よかろう。引き続き調査を進めよ」

 

会場を出ながら、私は静かに息をつく。

一つの真実が明らかになるたびに、次の疑問が生まれてくる。

それでも、確実に、核心へと近づいている実感がある。

控えの間で、アルフレッド様が静かに待っていてくれた。

 

「セリーヌ様、宰相邸から、ある人物が頻繁に神殿へ出入りしていたことが分かりました」

 

短いその報告に、胸の奥が静かに高鳴る。

 

「その人物について、詳しく調べてください」

 

アルフレッド様は、短く頷き、静かに退室していく。

一人になった控えの間で、私はしばし目を閉じる。

アリア様の生い立ちを知り、彼女を単純な悪人として断じる気には、どうしてもなれなかった。

泣けば許されると学んだ幼い日々が、彼女をここまで追い込んだのかもしれない。

おねしょという誰にも言えない恥を、他人に擦り付けてでも隠そうとした幼い心。

それが歪んだ形で残り、今の彼女を作ったのだろう。

それでも、他人を傷つけていい理由には、決してならない。

真実の輪郭は、もう、はっきりと形を成し始めていた。














評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ