「第1章 遠い夢からの声」(3-2)
(3-2)
席を外していた間に野口から電話があったようだ。
社用の携帯番号は教えているが、どうやら会社の外線に掛けたらしい。直人はすぐにポケットから社用携帯を確認するが、着信はきていなかった。
不思議に思いながらも直人は野口に電話を掛ける。
数コールしてから野口はすぐに電話に出た。
「はい。AKテクノロジー野口です」
「もしもしNシステムズの横溝です。先程、席を外していた際にお電話を頂いたようで、すいません」
「いえいえ。こちらこそ急に電話をして申し訳ありません」
直人の挨拶に今朝と変わらない態度で応じてくれる野口。
しかし何か嫌な予感を直人は感じ取った。
「えっと、どのようなご用件でしょうか?」
「はい。今朝話した至急案件についてなんですけど、実は、先方からこちらを最優先にと言われてしまいまして」
「……なるほど」
今朝の至急案件。事前の電話確認で不安を潰していた案件だ。あの時点で片付いたので調査班には一昨日の案件を優先するよう指示を出していた。
それが午後でひっくり返るとは。
「申し訳ない。今朝の方を最優先にしてもらえる方向でお願い出来ますか?」
「すいません。ちょっと確認して折り返してもいいですか」
これには流石に即答で出来ない。
一旦、調査班に現在の進捗を聞く必要がある。同時に動かしている今日のスケジュールの見直しもやらないと。
慎重を重ねる直人に想定済みなのか「実は、」と野口が話を続けた。
「麻野さんに電話に出ていただいてから、もう一度電話をしまして、その際に鳥羽係長が出て下さったんです」
「えっ!?」
そんな話は聞いていない。
野口の言葉に直人は驚きの声を上げる。
「それで事情を説明したら、鳥羽係長から大丈夫とお返事を頂きまして、既に先方には伝えてしまったんです。その事は鳥羽係長からお話は?」
直人は鳥羽係長のデスクに目を向けるが、彼はデスクにはいなかった。
慌ててスケジューラーで鳥羽係長の今日のスケジュールを確認する。【14:00 社外会議】と書かれていた。場所は横浜、時間的に既に出ているだろう。
おそらく出発前に掛かってきた外線に鳥羽係長が対応した。
本人にもバタバタしていたから、つい大丈夫だと返事をした。
そしてこちらに共有する前に出発してしまった。
直人の容易にその光景が目に浮かぶ。
「横溝さん?」
「あっ、すいません。鳥羽は現在、会議の為社外に出ておりまして……」
「そうだったんですか。っという事は、出発前に電話しちゃったのか、悪い事をしたなぁ」
「いえ、それについては問題ないと思います」
「そうですか? それなら良かった」
安心する野口の声を聞いて、今更ながら直人はどうして彼が自分の社用携帯ではなく、外線に掛けてきたのか理解した。
要は担当である自分以外の許可が欲しかったのだ。
一度目に掛けた際は麻野が出て、彼に上手く躱されてしまった。そこで諦めず二度目を掛けて、鳥羽係長に繋がり彼が了承してしまったのだ。
野口からしたら、ウチの会社の了承さえ取れれば別に誰でもいい。後は彼が先方に大丈夫だと伝えれば終わりだ。
直人は野口と何度も打ち合わせをして、ある程度の信頼関係を築けていると思っていた。しかし、どうやらそれはこちら側の勘違いだったようだ。
「野口さん、」
「はい?」
「今回の案件の担当は鳥羽ではなく私です。なので鳥羽から許可を得たと言われましても困ります」
少々、語気を強めにして意見を言った。隣の麻野から視線を感じる。
直人の言葉にすぐに野口は言葉を返さなかった。
向こうの返事を待っていると、やがて電話口の向こうから小さく息を吐くのが聞こえた。
「確かにおっしゃる通りですね。申し訳ありません、私が勇み足でした」
「今回については可能な限りの事はします。ですが、完全にそちらのご要望通りにいけるかは、お約束は出来ません」
「それで結構です。ただ進捗状況については動き次第、共有いただけますか? こちらもそれに合わせて動きたいと考えています」
「了解致しました」
「それでは失礼致します」
「はい。また後でメールを送らせていただきます」
最後に直人がそう言って、野口との電話が切れた。午後イチから中々に厄介な電話だった。耳に当てていた社用携帯をデスクに置いて、缶コーヒーに手を伸ばす。
缶コーヒーが喉を伝わって全身に染み渡る。
買っておいて良かったと安堵する。
「野口さんなんて?」
缶から口を離したタイミングで麻野が聞いてきた。
「麻野さんが対応してくれた後で野口さん、もう一回電話を掛けたみたいなんです。その時に鳥羽係長が出たみたいで……」
「あぁ〜。そういう事か」
鳥羽係長が電話に出た時点で麻野は察してくれたようで、何回か軽く頷いていた。
「俺がすぐ答えなかったから、鳥羽さんに言質を取ろうとしたのね。おかしいと思ったんだよなぁ。普通、担当の社用携帯に掛けるでしょ。何でわざわざ外線に掛けるのかなって。横溝君、社内にいるし」
「余程、急ぎだったんでしょうね。とにかく誰でも良いから了承が欲しかった。それに進捗具合程度なら、誰でも分かるって考えていたのかも知れません」
直人は空席となっている鳥羽係長のデスクに視線を移す。彼の言葉を聞いて、「いやぁ〜」と麻野が軽く笑った。
「鳥羽さんには無理だろう? あの人チームとは、ほぼ別行動で動いてるし」
「ですね、打ち合わせにも最初の顔合わせぐらいでしか、同行してないですから」
「ま、それもおかしな話だけど。何にせよ、あの場面で強く言ったのは正解だよ。あそこで横溝君が強く言ってないと、また同じ事が起こる」
麻野が直人の肩を叩いた。
「野口さん穏やかな人だけど、やり手だ。常に相手との線引きを図ってる。どうしたら自分に有利な仕事が出来るか考えてる人だ」
「痛感しました。その姿勢は素直に凄いと思いますけど、」
なりたいとは思わない。言いかけた言葉を直人は口にせずに飲み込んだ。
「尊敬程度に留めておけ。真似し始めた大変だぞ? 会社員としては優秀かも知れないけど、ああいうやり方は敵を作りやすい」
麻野が言う通りこういうやり方があるんだ。ぐらいで留めておくのが、野口との丁度いい距離感だろう。
「さて、俺も担当の鎌野さんに電話を掛けますか」
麻野は大きく伸びをして、デスクにおいていた自身の社用携帯を手に取った。直人はパソコンに向き合って、仕事を再開する。
野口からの電話にあった案件対応から始まり、元々やる予定のExcelデーターベースと月末に提出する提出資料の確認、加えて三人が提出してくれた図面のチェック。
やる事は山積みだ。
「ふぅ、」
短く息を吐いて、直人は仕事に取り掛かる。
マウスを操作してExcelを起動する。ソフトが起動するまでのほんの僅かな時間、彼の脳裏に今朝の夢の光景が浮かんだ
まただ、どうして気になるんだろう。
仕事に関係がある夢じゃない。缶コーヒーを飲み、野口と電話をして、仕事モードに切り替わっているのにそれでも頭の片隅に残っている。
こんな事今までなかったのに珍しいな。もしかしたら最近、忙しかったら疲れているのかもしれない。週末はゆっくりするか。
浮かんだ疑問に一先ずの結論付けて、直人は仕事に戻った。




