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パープル・グラスシーリング  作者: 綾沢 深乃
「第4章 放物線を描く水と水没と」

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「第4章 放物線を描く水と水没と」(4-1)

(4-1)


 翌日、日曜日。


 案の定、ベッドから起きた直人の体はまだ、昨日の疲れが残っていた。


 今日一日は外出せず最低限の家事をして過ごそう。閉めたカーテンの隙間から差し込んでくる太陽光をぼんやりと視界に捉えながら、直人は一日の基準を考えた。


 体をゆっくり起こして、カーテンを開いて窓を開ける。途端に太陽光と夏の暑さが一気に部屋に入ってきた。


 そのおかげで、ぼんやりとしていた頭が覚醒した。


 洗濯機を回してその間にフローリングに掃除機をかける。

 そうしている間に洗濯機の洗いが終わるのでベランダに干す。一人分の洗濯物なので、大した量ではない。手際良くベランダに干し終えると、朝食を食べる。


 冷蔵庫から卵とソーセージを取り出して、フライパンで焼いて、冷凍してある一人分のご飯をレンジに入れて解凍する。


 朝食を用意して、コーヒーメーカーで作ったコーヒーと共にリビングへ。


 すっかり一人の朝食にも慣れちゃったな。


 そんな事を思いつつ、テレビを点けて適当な番組を流しながら朝食を食べる。

 食べて終えてから、コーヒーをお代わりして直人は、iPhoneを手に取った。今日はゆっくりすると決めているが、それでもやらないといけない事は大きく二つある。


 まず一つ目。芳樹へのLINEを送らないと。


 昨夜、あゆみと決めた通り直人は芳樹へのLINEを送る事にした。誤送信をしないようにメモアプリで文章の下書きを作る。


 焼き鳥屋での謝罪から始まって、忘望病という病がどういう病気なのかを簡単な説明。最後にwikiのリンクを貼る。


 ココまで書いても芳樹側にブロックされていたら全て無意味だ。そんな事は百も承知だが、今の自分に出来る事はやっておきたい。


 完成した文章を何度も読み返して誤字脱字がない事が分かると、直人はそれをLINEに貼り付けた。


「……よし」


 軽く息を吐いてから送信ボタンを押す。送信自体は何も問題なく実行された。

 あとは向こうの出方次第。


 取り敢えず一つ目は終わった。次だ。そう決めた直人は、コーヒーのお代わりをする。これで三杯目だった。


 今度は、晴香にLINEを送る。


 最初、直人は彼女には忘望病の話をするつもりはなかった。だが焼き鳥屋での芳樹との会話とあゆみとの電話から、もう隠すのは止めようと思った。


 忘望病は決してフィクションの病気ではない、この世に実在する病気だ。

 これを晴香に伝える事は悪い事じゃない。事実、自分は高校時代の忘望病患者を偶然思い出して、会おうとしただけなのだ。


 あくまで地元の話だからと晴香を遠ざけてしまった。そこから現在の状況へと発展してしまっている。


 芳樹の時と同様にまずメモアプリに文章を書いた。


 晴香への説明は長い。そもそも自分がココ最近、何をしていたかという話から始まり、更に忘望病の説明まで始める。

 参考文献という意味で、直人はwikiのリンクも貼り付けた。


 作成した文章を何度も読み返して誤字脱字がない事を確認すると、直人は送信ボタンを押した。


 これで今日、やるべき事は終了した。あとは返事を待つだけだ。


 晴香にLINEを送った直人は、テーブルにそのままになっていた食器を持って台所へと向かい、皿洗いをした。その流れで風呂とトイレの掃除も行う。

 iPhoneはずっとデスクに置いていた。


 ポケットに入れたままだと気になってしまい、掃除が手に付かなくなるからだ。だから今は、目の前の掃除で頭の中をいっぱいにしたかった。


 そうする事で二人からの返信を忘れられた。


 いつも晴香が自ら率先してこの部屋を掃除してくれた。

 自分でするからわざわざしなくていいと過去に言った事があるが、その際彼女は、「私がしたくてしてる事だから」と笑顔で返してきた。


 それに甘えてしまっていた直人だったが、あれも今振り返るとやはり結婚を意識していたのだろうか。昨夜、芳樹に指摘されるまで気付かなかった。


 そのあたりの事も連絡が取れたらちゃんと話したい。


 家の掃除が全て終わった直人はデスクへと戻ってきた。手元には水のペットボトルがある。流石に四杯目のコーヒーを飲む余力はなかった。


「……さて、」


 デスク前の椅子に座り緊張した面持ちでiPhoneを手に取る。


 ロック画面にはLINEの通知は届いていなかった。この時点で二人からの返信がない事が判明して張り詰めていた緊張が脱力していく。


 だがまだやる事がある。今度はLINEを開いて、芳樹とのトーク画面を開いた。

 そこには自分が送った長文のLINEがある。自分で見ても長い。出来るだけ簡潔に伝えようと努力はしたが、この長さになってしまった。


 だが最後まで読んで、直人はハッとする。

 文章には送った時にはなかった既読の二文字が付いていた。


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