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パープル・グラスシーリング  作者: 綾沢 深乃
「第4章 放物線を描く水と水没と」

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「第4章 放物線を描く水と水没と」(3-3)

(3-3)


 直人がそう考え込んでいると、「横溝さん?」とあゆみが聞いてきた。


「あ、ごめん。ちょっと考え込んでた」


「そうですか。どうです? 私の考え、合ってます?」


「そうだな。合いまくり」


「合いまくりでしたか」


「一番ダメだったのは、その事を指摘されるまで気付けなかった自分自身だよ。もっと早く気付けたら、忘望病の話なんてしなかった。向こうから話を聞いて、勘付いたとしてもその場では言わない」


 それがあそこでの最適解だった。

 しかし現実で自分がしてしまったのは、もっとも不適切な行動だった。あんな行動をしてしまった自分をぶん殴っても止めたいと心から思った。


「大丈夫ですよ」


「えっ、何が?」


 急に大丈夫だと言われて意味が分からない直人は焦りながらあゆみに問いかける。すると彼女は「だって、」と話を続けた。


「後悔しているならもう大丈夫です。反省して、それを糧にま次を頑張ればいいんです。一番ダメなのは、失敗を見ないふりをして、また失敗を積み重ねてしまう人ですから」


「……段々、あゆみさんが高校生に思えてなくなってきた」


「えぇー、高校生ですよ」


 少なくとも自分が高校生の頃は、あゆみのような賢さはなかった。失敗なんて幾らでも積み重ねていたし、そこから糧にした事なんて、ほんの一握りしかない。


 今の高校生は皆、賢いのか。それともあゆみが特別なのか。


 おそらく後者だろうな。初めて会った時から彼女の精神年齢はとても高い。


「その歳からそこまで立派だと、俺の歳になった時が凄そうだ」


「あんまり変わらないと思いますよ。それに私だって沢山、失敗しています」


「そう?」


「はい。その度にいつも後悔しています」


 あゆみがこちらを元気付けようとしてくれているのはすぐに分かった。

 話を聞いてもらいたいと電話を掛けた時点で、既に弁解の余地はないが、彼女が凄すぎて自分が情けなってくる。


「ありがとう。あゆみさんに話せて気持ちが楽になったよ」


「それは何よりです」


「明日、芳樹にはLINEを送ってみるよ。今日の事を謝罪して、あらためて忘望病について書く。多分、あのwikiに書いてあった通り、サイトのリンクを教える事になるんだろうけど」


「ええ。それがベストですね」


 あゆみに賛成してもらった事で直人は安堵した。彼女に賛成されるのは何よりも心強かった。


「では、話もまとまったところで今日の電話はもう終わりでいいですか?」


「そうだね。遅くなってしまって申し訳ない」


「いえ、忘望病の事ですから。またいつでも電話して下さい」


「助かるよ。その時は宜しく」


 忘望病関係でまた電話をするか分からないが、そうなった場合は真っ先にあゆみに電話をしよう。直人はそう心に決めた。


 そう考えている時、ふとある事を思い出してあゆみに尋ねた。


「そう言えばさ」


「はい。何ですか?」


「お姉さんはあれからどう?」


「あー」


 直人の質問にあゆみは言い辛そうに言葉を濁す。もうその反応が答えだった。自分から聞いておいて何だが、そこから先は無理に話さなくてもいいと思えた。


「今の反応で何となく察したから、無理に言わなくても……」


「あっ、いえ。大丈夫です。そうですね、姉は相変わらずです。和倉 瑠奈さんの事を思い出す気配は一切ないですね。もう最近は私も諦めが入ってます。思い出せないのなら、しょうがないって……」


「しょうがない」


 あゆみの発した言葉が引っ掛かり、直人は復唱する。


「元々、和倉 瑠奈さんの方から連絡をしていたので今の姉に連絡が届いても怪しんで返さないでしょう。姉はそういう人です。そして返さない時点で向こうも察するんじゃないでしょうか。その時点で、二人の繋がりは終了です」


 さやか本人がもう思い出せなくても、本人の生活に支障はない。


 おそらくだが和倉 瑠奈はその事を考慮した上での行動を取っていた。


 いつ向こうに忘れられても構わないように最低限の交流で予防線を張っていたのだろう。


「ところで、」


「ん?」


「その和倉 瑠奈さんへは連絡しましたか?」


「それは、まだ……」


 あの日、あゆみから連絡先を教えてもらって自分のiPhoneに登録するところまではしたのだが、連絡は出来ていない。


「そうですか。思い出した横溝さんが特殊なだけで、もしかしたら姉のように再び忘れてしまうかも知れません。後悔だけはしないようにして下さい」


「うん、分かってる」


 そう。あくまで直人自身が特例なだけで普通は忘れてしまった相手の事は思い出さない。という事は、和倉 瑠奈の記憶をこのまま覚えているよりもある日突然、忘れてしまう可能性の方が充分に高い。


 そうなる前に早く連絡を取らなくてはいけない。


 芳樹との一件で学んだ事だ。その時その時で自分が出来る最適解を行う。なら、今回の件で学んだ事を活かさないでどうする? 


「芳樹の件があるから。どうしてもそっちを優先してしまうけど、和倉 瑠奈さんには必ず連絡する。連絡したらその事をあゆみさんにも伝えるよ」


「はい。楽しみに待っています。それでは今度こそおやすみなさい」


「ああ。おやすみなさい」


 最後に宣言をして、あゆみとの通話が切れた。


「ふぅ〜」


 大きく息を吐いて直人はiPhoneをデスクに置いた。通話中はそこまでで感じなかったが、通話を終えると一気に疲れが出てきた。軽く頭痛までしている。仕事で長時間残業をした感覚に近かった。


 当たり前か。何なら今日は、仕事を超えるくらい大変な一日だった。


 明日が日曜日で本当に良かった。平日だったら、体がもたなくて午前中だけでも休んでいただろうな。


 そんな有り得たかも知れない未来を想像して小さく笑った直人は、もう寝ようとMacBookのシステム終了を選択して、寝支度を整えてすぐにベッドに入った。

 ベッドに入り、眠る直前に芳樹から言われた晴香の事を考えた。


 果たして芳樹が言ったような事を晴香が本当に考えているのか。だとしたら自分はどういう行動を取るべきなのか。


 これもまた最適解の話になる。

 結局、世の中の殆どの事象は、常に選択肢を選ぶ事になる。あとは自分次第。

 間違えるわけにはいかない。

 直人はそう決めて、意識を深く沈めていった。


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