「第4章 放物線を描く水と水没と」(2-1)
(2-1)
「あははっ、そうそうあの時に俺が寝坊して単位を落としそうになってさー」
ビールも二杯目を飲み干して、次の注文を焼き鳥の十種盛り合わせから気に入った物をお代わりと各自が気になった料理を注文していた。
楽しい時間はあっという間に過ぎていく。
学生時代の話で盛り上がれるのは久しぶりだった。晴香とは話さない事はないが、盛り上がる材料というよりは、単に確認作業として話す役割の方が強い。
ひとしきり盛り上がったところで、「んで?」と芳樹がこちらを見た。
「えっ?」
これまでの会話を中断されて振られた言い方に直人が戸惑っていると「だからぁー」と芳樹が少々面倒そうな顔をして聞いてきた。
「木島さんの件、もうそろそろ話せよ。本人不在で学生時代の話ばっかりしてたら段々、会いたくなってきたわ」
「だったら今日呼べば良かったのに。最初に二人で会いたいからって言ってきたのはお前だろ?」
「そうです。俺が言いましたぁー」
直人の指摘に怒られた子供のように芳樹は言った。彼がココまで飲んでいたには、ビール二杯とハイボールが一杯。酔うにはまだ早い。
緊張から酔いが早いのかも知れない。
「この間に俺が会社から帰ってきた時に――」
直人はこの間のカレーの一件を芳樹に説明する。出来るだけ偏らないように努めて公平な視点から説明した。彼は時折、相槌を打ちながら聞いていたが口を挟む気はなく、最後まで聞いてくれた。
「――まぁ、大体はこんな感じ」
説明を終えた直人は、残っていたレモンサワーを一気に飲み干す。次は何を頼もうとテーブルに置かれていたメニューを手に取った。
「なるほど、そういう事ね」
「どうだ? 何か分かったか?」
何か発見があったかと、直人は食い気味で芳樹に尋ねる。
「いや待て。取り敢えずお前の追加の酒を先に注文しよう。ついでに俺のハイボールもお代わり頼んでくれ。その間、トイレ」
そう言って席から立ち上がった芳樹。彼がいなくなったタイミングで店員を呼んで追加の酒を注文する。店員と入れ替わりになって彼が戻ってきた。
「ただいまー。酒頼んでくれた?」
「ああ、頼んだよ。すぐに来ると思う」
直人がそう答えるとそれを待っていたかのようなタイミングで個室の引き戸が開いて、店員が注文した酒を持ってきた。
再び二人になり「それで? 晴香の件、何が分かったんだ?」と直人が聞いた。
「木島さんと最近、仕事とかでバタバタしていて中々会える時間が取れなかったんだろう? まずそれを大前提に置かせてくれ。そして今回のサプライズ。例えばお前が大学生時代……。いや、社会人でもいい。もっと彼女とコミュニケーションが取れている日々だったら、サプライズに怒ったか?」
「それは……」
芳樹に突っ込まれて直人が口どもる。もし、日頃から晴香とのコミュニケーションが取れていたら、あそこまで怒っていないのは明白だった。
直人が黙っていると、芳樹が小さく息を吐いた。
「ってかさ、お前らって今年で付き合って何年目?」
「五年ぐらいじゃないかな」
大学四年で付き合い始めてから、おおよそそれくらいとなる。直人がそう答えると、目の前の芳樹は「はぁ〜」と大きくため息を吐いた。
「なんだよ。五年付き合ってる事が悪いかよ」
「その五年の間に結婚の話って出たか?」
「結婚っ!?」
芳樹に聞かれて直人は驚いて声を上げる。その反応がもう答えだった。
「その様子じゃ、少なくともお前から結婚の話はしてないって事ね。木島さんからは?」
「いや、なかったと思うけど……、」
脳内を引っ張り出して検索をかけてみるが、今のところ晴香とそんな話をした記憶はなかった。それに対して芳樹は目を細める。
「自信なさすぎだろ。もっと自信持てって。ま、でも仮にお前の話が本当だとして、二人の間に今日まで結婚の話がないとする。だけど、五年も付き合ってるんだから、結婚の話が出てもおかしくないだろ?」
「ちょっと待てよ。まだ早くないか?」
「どこがだよ? 全然早くないって。直人だって順調かどうかは知らないが、仕事は続けてるわけだし、向こうだって働いている。ダラダラと週末だけの同棲ごっこをするよりも結婚した方がいいと思うけどな、俺は」
結婚なんて直人の頭の中にはどこにもなかった。
そりゃ、いつかはするかも知れないが、まだまだ先の話で。少なくとも二十代の今は結婚よりも先にやらないといけない事があるだろうと考えていた。
「もっと先の話だと思ってた」
「直人にとってはそうだだろうな。でも木島さんはそうじゃない。女性にとって二十代後半ってのは、大切な時期なんだ。結婚だけじゃない、出産の事だって色々考える時期だ。男のお前とは違うんだよ」
「……出産」
芳樹に言われた出産という言葉が直人の頭に重くのしかかる。
これまでずっと避妊はしていた。それは当然、子どもが出来てしまったら大変だという考えからだ。だがそれは直人側の視点でしかない。学生時代の習慣が社会人になっても延長されているだけだ。
晴香がどこまで考えていたのか。確かめていない以上、真意は分からない。




