「第4章 放物線を描く水と水没と」(1-1)
(1-1)
土曜日。直人、洗濯と掃除を終えると木曜日に晴香が作ってくれたカレーの残りを食べていた。
金曜日は、仕事が立て込んで家で食べる余裕がなかった。
あれから晴香とのLINEのやり取りはなく、こちらからも送らなかった。何度か文章は書いたが、送れずに終わってしまう。いっその事、電話を掛けようとも考えたが、実行に移せる程の力はなかった。その事から逃げるように仕事に没頭していた。
いつもだったら、晴香が部屋に泊まりに来ているはずだ。
だが向こうからの連絡もなく、最後のLINEにあった時間を開けた方が良いというメッセージを読んでしまうと、どうしても自分からLINEを送る事が出来なかった。
この後の芳樹と会う時に可能なら相談してみよう。
彼ならどうしたらいいのか教えてくれるに違いない。そんな希望を持ちながら、直人は部屋でコーヒーを飲みながら小説を読んだり、適当にMacBookでネットを見たりして、時間を潰していた。
やがて出発の時間になると、身支度を整えて部屋の戸締まりをする。
土曜日の午後に一人でいるという違和感から抜け出せず、部屋の電気を消して真っ暗になった際、何にもない空間に「行ってきます」と直人は声を飛ばした。当然、誰からの返事は返ってくるわけはなく、飛ばした声は暗い部屋を漂っている。
そんな状況を無視して、彼はドアを開けて外に出た。
芳樹と決めた待ち合わせは新宿駅構内にあるブックファースト。
改札から少し歩くけど、店内なので待ち合わせ場所としては確実だった。
それに夕方とはいってもまだまだ残暑が残っていて外は暑い。人通りの多い改札でずっと待っていると、立っているだけで汗が流れてくる。
芳樹はもう着いてるか。
そう思いながら、ブックファーストに到着する直人。店内に入ると、クーラーで調節された心地良い室温が彼を迎え入れてくれる。
それを体感しながら店内を歩いていると、雑誌コーナーで立ち読みをしている芳樹を見つけた。久しぶりに見る彼の姿は、直人の記憶にいる彼のままで安心した。
「よっ、」
芳樹の肩を軽く叩いて、直人は小さく声を上げる。
「おっ、久しぶり」
芳樹はこちらの方を向くと、小さく口を開けてから声を出した。
「じゃ行きますか」
「はいよ。何か買いたい本とかある? 俺は先に来てあらかた見たから。直人が何か欲しい本とかあるなら待つけど? まだ時間も余裕あるし」
「いや、大丈夫大丈夫」
昨日、会社の帰り道に書店に寄っているので、何も買う物はない。
「オッケー。じゃあ出ますか」
二人はブックファーストを出て、新宿駅を歩く。
その間、二人の間に会話らしい会話は無かったが、新宿駅構内から出て少し歩くと、芳樹が「それにしても……、」と口火を切った。
「相変わらず新宿は人が多いなぁ〜」
「まぁ新宿だからな。けど関西もあんまり変わらないんだろ?」
「ん〜。まぁ、そうだけど。でも何かこっちの方が多い気がするな。あと皆、生き急いでいる感じ」
「あー、」
関東と関西の両方を見ている芳樹の感想に片方しか知らない直人は、頷く事しか出来なかった。
「ま、そのあたりの事はさ。この後飯を食べる時にじっくり聞かせてもらおうって思ってる」
「おう。かなり話したい事があるから。覚悟しといてくれ」
「怖いって。あ、あと俺からもちょっと話がある」
直人がそう言うと、芳樹は「ほぉ、」と口を小さく開けた。そしてすぐに「木島さんの絡みか」と聞いてきた。
「えっ、分かるの?」
まだ何も話していないのに瞬時に晴香の事を当てられた直人は、驚いて芳樹に尋ねる。すると、彼は笑った。
「そりゃ分かるよ。このタイミングで直人が俺に相談って、どう考えても木島さん関係しかないし。何? 喧嘩でもした?」
「その辺もお店で話そう。そっちも覚悟してくれ」
「はいはい」
そっくりそのまま芳樹に返して、二人は新宿駅の繁華街へと入っていく。
土曜日の夕方、この時間帯はあちこちに客引きが立っており、ちょっとでも目が合った人間にメニューを持って話し掛けてくる。
それらを巧みにかわして、二人は予約した焼き鳥屋に到着した。
事前にネットで見た通り、オシャレな外観をしている。よくあるような赤提灯で引き戸の焼き鳥屋というイメージよりも鳥の和食居酒屋といったイメージだ。
駅から少し距離がある為、喧騒も落ち着いていた。良い店をピックアップしてくれたと芳樹の仕事ぶりに感謝する。
「はい到着」
「よし、入りますか」




