「第1章 遠い夢からの声」(2-2)
(2-2)
直人は現在、鳥羽グループ内でも三人の準社員・派遣社員と連携して、とある仕事をこなしていた。それは三ヶ月前からやっている仕事で今年度から実施される調査系の仕事だった。
通年で行っている仕事ではない為、何もかも初めてで何度も依頼先の企業に出向いて、打ち合わせを行い雛形のデータを作成したり、マクロを開発したりして、今日まで少しずつ形にしていたものだった。
その仕事もあと一ヶ月程で終わる。
話を受けた当初は途方もない量の図面を見て、果たして今年度中に終わるのかと不安だったが、既に全体の八割が終わっておりある種の寂しさすら覚える。
「よし、」
直人は小さく言葉を溢してから、準社員・派遣社員が集まっている席へと資料を持って向かった。彼女達には日々の仕事を分担して指示している。
各々の仕事量の確認と不明点の解消は直人の仕事だ。
「おはようございます」
彼女達の下へ向かうと、三人全員が一旦手を止めてこちらを向く。彼女達との人間関係もこの案件同様、ようやく形になった。
「えっと、江口さん。昨日頼んでいた図面の清書の進捗はどうですか?」
「はい。そうですね、今日の午前中には終わるかと」
直人の質問に準社員の江口がサラッと答えた。彼女は、直人よりも長くこの会社で働いている。麻野によれば、まだ鳥羽係長が主任時代からの在籍らしい。その為、社内の事は備品の位置からコピー機の設定まで何でも知っている。
社内ネットワークのフォルダの場所なんかは、直人も教えてもらう程だ。
当然、仕事の進みも三人の中で一番速い。
「ありがとうございます。それでは午後になったら新しい分を渡しますね」
「了解です」
それで話が終わりだと判断した江口は、前を向いて早速作業を開始する。多少、無愛想だが仕事は確かなので、そこは目を瞑った。
「えっと、高木さんと佐原さんは?」
直人は残り二人に向かって進捗を確認する。
二人は、直人よりも後に入社してきた派遣社員だ。
こちらの質問に高木が「はい。えっと私も午前中で何とか終わると思います」と言ってきた。
「ありがとうございます。どこか分からない箇所とかありましたか?」
「……いえ、多分大丈夫です」
高木が曖昧な答え方をする時は何か疑問点がある時だ。それをこの案件を抱える中で直人は学んだ。二人の前で口にする事に抵抗があるようだ。
正直、社員である直人の立場からしたら、そんな事気にしていないのだが、高木本人の意思は出来るだけ尊重してあげたい。変に否定して仕事の効率が落ちた方が問題だ。よって彼は小さく「はい、」と頷く。
「では、完成したらまた声を掛けてください。後でもし疑問点が出てきたら、付箋を貼っておいて下さい。確認しておきます」
「分かりました」
こう言っておけば、高木なりに疑問点を教えてくれる。一番困るのは処理を隠される事だ。
高木との確認が終わると、彼女も江口と同様に前を向いて、作業を開始した。
直人は、最後の一人となった佐原に声を掛ける。
「佐原さんの進捗はどんな感じですか?」
「はい。ちょっと分からない箇所があって、あの、今聞いてもいいですか?」
「ええ。構いませんよ」
佐原にそう言われて直人は彼女のデスクへ。
隣に座っている江口は我関せずといった顔で作業をしているが、気になっているのは直人には分かっている。キーボードをタイプする速度が遅くなっているからだ。
「どのあたりですか?」
「はい。まずはココなんですけど……」
佐原が出してきた図面には既に付箋が貼られていた。
その数は多くざっと六つ程。
佐原は、高木と違って分からない箇所があったらすぐに付箋を貼って、マークをしておくタイプ。それ自体はとても有難い、だが。
「あー、ココはですね」
図面に貼られた付箋箇所を見て、直人は説明をする。佐原にそれに熱心にメモを取っていた。説明をしながら、前回も似たパターンを話したなと考える。
「……あっ、なるほど。そうか」
直人の説明を聞いて、佐原は納得してから熱心にメモを取っている。彼女は常に全力で仕事をしてくれて、分からないところはうやむやにせず、こうして聞いてくれる。しかし、彼女は同じ事を何度も聞いてくるイメージがあった。
おそらくメモを取るだけで、後から振り返る事をしていないのだろう。メモを取る行為自体に満足している。
佐原を直人が突っぱねる事は簡単だ。
前も教えたのだからとか、メモを取っているだろうとか。いくらでも言える。
ただ、それを言わないのは理由があった。
自分の席から見ただけだから、真偽は不明だが、佐原は一度江口にも聞いていた。だが、江口は彼女がメモを取っているのを知っているので、メモを見ればと言って突っぱねたのだ。
それ以降、二人の間に会話らしい会話は存在しないに等しい。
お互いがいないものとして仕事をしていて、どうしても何かを頼む時は両者がわざわざ反対に座っている高木を経由している。それでは高木が可哀想で直人が助けてあげたいのだが、直人自身も常に仕事に追われているので、中々手が回らない。
麻野に相談した事もあるが、彼はあっけらかんとした口調で「別にいいだろ。もう子供じゃないんだから、派遣間の人間関係なんか知ったこっちゃねぇ。こっちが指示した仕事さえしてくれてるなら、問題ない」と答えていた。
麻野が準社員・派遣社員を軽く下に見ているのは勘付いていたが、実際に聞くと、心にくるものがあった。彼の言う通り、会社は学校ではないのだから見限る事は可能だ。
だけど、チームとして仕事をしている以上、可能な限り問題は解決したいと直人は考えている。その方がきっと仕事の効率だって上がるはずだ。
この問題をまだ鳥羽係長には話せていないが、いつか相談しないといけない事項として、ずっと溜め込んでいる。




