「第3章 変化していく世界」(4-2)
(4-2)
「えっ?」
ロック画面に表示されたメッセージに思わず声が出た。
仕事を辞めた? そんな事になっていたのか。この時期に東京に来るって話だからてっきり出張で来たのかと思っていた。
芳樹が会社を退職した。そうなると、抱いていた警戒心が薄くなってくる。最低限の警戒はまだ残っているが、会う事に対する迷いはほぼ消えている。
直人はあらためてLINEを開いて、芳樹にメッセージを書いた。
【久しぶり。そうか、東京に戻ってくるんだな。今週末なら時間取れると思うけど、どう?】
送ったLINEにはすぐに既読が付いた。やはり芳樹はこちらの反応を予想しながらメッセージを書いているようだった。
【今週末ね、了解。久しぶりに色々と話そうや。店は俺が探しておくわ。待ち合わせ場所とかは、金曜日には連絡出来ると思う】
【分かった】
芳樹とのLINEのやり取りを終えて、直人は今度こそiPhoneをデスクに置いた。今日が水曜日なので、約二日。彼の事だから今からでもお店をピックアップし始めるに違いない。
大学時代からお店を決めたり、人を集めたりするのが、好きなタイプだった。
それよりも何故仕事を辞めたのが気になる。
詳しい話は当日に本人から聞けると思うが、一体どうしたのだろうか。不満はあっても会社は辞めないと思っていた。
既に転職先を見つけているのならいいのだが……。
若干の不安を抱えつつ、直人はまたMacBookに意識を戻した。
直人の予想通り、芳樹は木曜日に五件の店をピックアップして、LINEで送ってきた。仕事帰りに合うように午後七時に送ってきたのは、彼なりの気遣いだ。
帰りの地下鉄の車内で選んでくれた店のリンクを一件ずつ見て、その中から行きたい店を選択した。そこは最近出来た焼き鳥屋でレビューの評価も高く、個室もある。掲載されている料理の写真も美味しそうだった。
直人がココに行きたいと送ると、すぐに芳樹から返事が届く。
【俺も送った候補で、この店が一番お気に入り。すぐに予約しておく。時間は午後六時半でいい?】
【大丈夫。予約ありがとう】
すぐに返信が届いた事に驚きつつ、感謝にLINEを送り、直人はiPhoneをスーツのポケットにしまった。友人と夕食を食べるのは本当に久しぶりだ。あと三日だが、今からワクワクしていた。
土曜日の夜なので、今回も晴香には事前に伝えていた。
彼女は芳樹と面識がある。その為、彼が東京に戻って来ていて、ご飯に誘われている旨を伝えると自分も行きたいと言ってきたが、今回は二人で会う事になったと伝えた。
芳樹の側から、まずは二人で会おうと言ってきたのだ。
その事について、晴香から不満を言われたが、最後には了承してくれた。
芳樹が仕事を辞めていて、また東京で暮らすとなれば、今後はいくらでも会える。
直人はそう考えて、最寄り駅までの地下鉄を過ごした。
最寄り駅に到着して、なんとなく目に付いた立ち食い蕎麦屋に入り、夕食を済ませると、そのままマンションへと向かった。
エントランスを通り、エレベーターを呼んでいる間にポストを確認する。ポストを開けると、中には何も入っていなかった。
「んっ?」
小さな声を上げる。首を傾げながらも到着したエレベーターに乗り、自分の部屋の階層を押す。エレベーターを降りて、自分の部屋の鍵を開けると、部屋の明かりは点いたままだった。
一瞬、朝に電気を消し忘れたかと頭をよぎったが、同時にカレーの匂いがした事で晴香がいる事が分かった。
洗面所で手洗い・うがいを済ませてリビングに入る。そこにはやはり台所に立っている晴香の姿があった。
「ただいま」
「あ、おかえり〜直人君。丁度のタイミングだね。もうすぐカレー出来ちゃうよ」
視線は鍋に向けたままそう話す晴香。さも当たり前のように接してくる彼女に直人は違和感に包まれていた。
「……今日って、晴香が来る話してたっけ?」
万が一、自分が忘れていたら大変だと思ってそっと晴香に尋ねる。すると、彼女は「ううん、」と首を振った。
「ビックリさせようと思って。ほら、最近直人君忙しそうだったから。カレーなら食べられるかなって」
「合鍵を渡した時に来るなら、先に連絡してほしいって言った話。覚えてる?」
そう言いながら直人は自分自身が怒っている事をどこか他人事のように感じていた。その空気を感じ取った晴香はコンロの火を消して、顔を下にして「だってビックリさせたくて……。最近、お仕事忙しそうだったから」と呟いた。
「そりゃビックリはしたけど」
「もぅ〜、悪かったってごめん。せっかくカレー作ったから一緒に食べよ? 今回は自信作なんだ。ネットで美味しそうなレシピ見つけたの。この間作った時よりもきっと美味しくなってると思う」
悪くなりかけた空気を強引に変えようとした晴香が食器棚から深皿を取ろうとする。カレーの匂いと胃の底から立ち上る蕎麦の匂いがゴチャゴチャして直人の中で不快感が増していった。
「いらない。夕食はもう外で食べた」
直人の言葉にカレーをよそおうとしていた晴香の手がピタリと止まる。




