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パープル・グラスシーリング  作者: 綾沢 深乃
「第3章 変化していく世界」

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「第3章 変化していく世界」(4-1)

(4-1)


「ハァ〜」


 通話が切れた直人は上を向いて、息を大きく吐いた。口から吐き出された二酸化炭素は、部屋の中を漂い霧散して消えていく。


 結局、話に夢中で持ってきた水を殆ど飲んでいなかった。

 水滴が沢山付いたペットボトルの水を持って、ようやく口を付ける。ぬるくなっていたがそれでも喉を通して、水分が全身に染み渡り美味しかった。


 振り出しに戻った訳ではない。ココまで頑張った一定の成果はあった。だが、その代償も決して小さくはない。


 直人がそう考えていると、彼のiPhoneが振動した。

 相手はあゆみからで、和倉 瑠奈の連絡先だった。時間が経つと迷ってしまいそうなので、それをすぐに自身のiPhoneに登録する。


 登録を終えてからあゆみに【ありがとう】と礼を送った。

 彼女からは【どういたしまして】という返事が届き、その後すぐに連絡先データが送信取消によって削除された。個人情報を扱っている事から彼女なりの配慮だと思われる。こちらの既読が着くまで向こうは待っていたようだ。


 iPhoneの操作も終わり、手から離してテーブルに置くと「んん〜」とその場で大きく伸びをした。今日一日の仕事がようやく全て終わって解放感が訪れた。途端に体を纏う重力が強くなった気がした。


 もう今晩はやる事はない。意味もなく夜更かしするより、明日に疲れを持っていかない為に早目に眠ってしまおう。


 現在の時刻を確認すると、まだ午後九時四十五分。十時にもなっていない。流石にこの時間からではいつもの生活習慣からベッドに入っても眠れる気がしない。普段より二時間は早い。


 直人は立ち上がり、デスクに向かう。MacBookの電源を入れた。起動している間に冷蔵庫に行き、買い置きしているビールを手に取った。仕事に差し支えるから、平日は飲まないようにしているのだが、今日は構わないだろう。


 自分を納得させて缶ビールを取り、同じく冷蔵庫に残っていた6Pチーズを取った。デスクまで戻ると、ログインパスワードを入力して待機していると、ポケットに入れていたiPhoneが振動する。


 何か伝え忘れがあったのかな?

 直人はiPhoneを取り出して中を確認する。しかし相手はあゆみではなく、友人の斉藤 芳樹だった。


 斉藤 芳樹とは大学で知り合った友人だ。お互いに上京組として初回のオリエンテーションで仲良くなり、よく授業も合わせていた。


 高校の友人がおらず一人で進学した直人にとっては、同じ環境下にいる芳樹と友達になった事はとても頼もしかった。彼はコミュニケーション能力が高く、自らグループを構築出来るタイプの人間だった。


 同じ講義を芳樹と選択すると、グループワーク等になれば彼を中心にあっという間に友達が増えていく。なので彼は学内を歩いていれば、よく誰かしらに声を掛けられていたものだった。


 そんな芳樹と最初のオリエンテーションで既に友人だった事から直人も大学生活で友人関係で困る事は無かった。


 そんな芳樹と最後に会ったのは、二年前だった。


 お互いに就職して芳樹が大阪支社に転勤になったのを機に会う機会が減っていた。本人は当初、年末年始にはこちらにも遊びに来てくれていたが、実家が香川にある彼は、わざわざ東京まで来る用事もない。


 芳樹の事だから、きっと元気でやっているのだろうなと考えていた。


「ふぅ〜」


 直人は息を吐いてiPhoneの画面を確認する。向こうから届いたのは通知のみでまだメッセージそのものは開いていない。だからまだ既読は付かない。


 最後に会ったのは二年前の年末年始。二人でBARに行ったのを覚えている。

 学生時代からよく通っていた馴染みの店だ。バイト代を貯めて背伸びしてカクテルやウイスキーを勉強して通っていた。寡黙だったマスターも久しぶりに行った自分達の顔を覚えていた。


 その時の芳樹は、直人が知っている大学生時代の彼とは違って、職場の人間の陰口を言っていた。


 酒の肴に会社の愚痴を言うくらいは直人にも経験はあるし、、最初は盛り上がれた。だが、あの夜に芳樹が話していたのは愚痴というよりも悪意に満ちたものだった。


 大阪支社に転勤になる前、まだ東京で働いていた頃、二人で安い焼き鳥屋で飲んでいた時はそこまでではなかった。


 大阪支社に異動になってから芳樹は変わったのだ。


 社会人になって色々とストレスが溜まるのは、分かる。

 iQOSを吸い始めたのも否定はしない。ただ、明確に相手の事をクズと言った。その時の芳樹の歪んだ口角が直人の頭に焼き付いて離れなかった。


 二年会っていない事もあって、疎遠になっていた芳樹だったが、このタイミングでメッセージが届いた。




【今度、東京に行くんだけど、良かったら飯でもどう?】




 以前は躊躇いなく会う返事をしたが、中々前向きな気持ちにはなれない。

 ただでさえ、忘望病の事で気落ちしているのに、ココにきて芳樹の愚痴に付き合う事になるのを想像すると、それだけで頭が重くなる。


 明日一日考えて返事をしよう。


 iPhoneをデスクに置こうとすると、まるでそれをどこかで見ているかのようなタイミングで芳樹から追撃のLINEが届いた。




【警戒するのは分かる。でも安心してくれ。実はこの間、会社を辞めたんだ】


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