「第3章 変化していく世界」(3-1)
(3-1)
あゆみから連絡が入ったのは翌週の水曜日だった。
昼休み、会社の近所にある大型スーパー内のフードコートで昼食を食べていると、iPhoneに連絡が来た。あの後もwikiを閲覧して、知識は吸収し尽くした後だったので、彼女からの連絡が来た時は対等に話せると思った。
一緒に食べていた麻野に「すいません。ちょっと外します」と言って、フードコートから外に出た。厳しい日差しに目を細めつつ、直人は着信に出る。
『はい。横溝です』
『お久しぶりです、滝沢です。今、お電話大丈夫ですか?』
『大丈夫だよ。どうしたの? お姉さんの事?』
『一応、お知らせしておこうと思って。姉は今も尚、和倉さんの事を忘れています。あの日、私が帰った日も何処に行っていたか聞いてきました。本当なら知っているはずなのに』
『そうか……』
どうやら何も変わっていないようだ。いや、思い出していないという点では、現在進行形で悪化していると考えた方がいい。
自分と関わってしまったばっかりに本当に申し訳ない事をした。直人がそう罪悪感に苛まれていると、あゆみは『横溝さん、気にしないで下さいね』と励ますように言った。
『えっ?』
『横溝さんに教えようと本来の約束を破ってしまったから、忘望病が進行してしまった訳ですから、そこは姉の判断ミスです。横溝さんが罪悪感を抱く必要はありません』
『そう言ってもらえるのは、嬉しいけど中々難しいな』
気にしなくていいと言ってくれるのは有難いが、簡単には割り切れない。
『でも誰から何も言われないよりはいいでしょう?』
『ありがとう』
あゆみの優しさに礼を言いつつ、直人は腕時計で時間を確認した。これ以上の電話は難しい。
『横溝さん、実は、ある発見がありまして――』
『ゴメン。今、外にいるんだけど、そろそろ会社に戻らないといけないんだ』
あゆみの話を遮って直人がそう話すと、彼女は『あっ、』と小さな声を上げた。
『そうか。すいません、私ったら急に電話しちゃって』
『いや、電話してくれるのは大丈夫なんだけどね。そっちも平日だからもうちょっとで昼休みが終わる感じだよね?』
『あっ、ああ……。はい、そうですね』
『うん。だから続きは夜でもいい? 午後八時ぐらいだったら、今日はいつでも電話に出れると思うから』
『分かりました。突然、電話してすいません』
『気にしないで。それじゃあ、また夜に』
『はい。失礼します』
あゆみとの電話が終わった。耳に当てていたiPhoneを話す。ほんの少しの時間だったのに首元にうっすらと汗をかいていた。
「ふぅ、」
短く息を吐いてフードコートに戻ってくる。冷房の効いた空間が直人を迎え入れてくれた。元の席に戻ると、そこでは麻野が自身のiPhoneを弄っていた。
横向きにしているので、おそらくゲームをしているのだろう。最近、新しく始めたと言っていた。彼の注文したハンバーガーセットはとっくに食べ終わっていたが、先に会社戻らず自分を待っていてくれていた。
「すいません麻野さん」
「ん〜。別に大丈夫」
謝罪しながら席に着く直人。それを受け流しつつも麻野は、こちらを見ずにずっとゲームをやっていた。やがて区切りがついたのか、iPhoneをポケットにしまう。
「大丈夫だった?」
「はい、もう大丈夫です。急に電話がかかってきたので」
直人は自身の食べかけだったハンバーガーを手に取り、口に頬張り始めた。時間的にはギリギリだ。一気に食べ続ける。
「もしかしてやばい問い合わせ? 俺の知ってる担当?」
「あっ、違います違います。本当にただのプライベートの電話で」
直人がそう言うと、豊川は小さく口を開けて驚いた。
「あ〜。そうなのね。いや、社用携帯じゃなくてわざわざ横溝くんの携帯にかけるって相当な緊急の案件かと思って、ビクビクしてたわ。違うなら何より」
「すいません。心配させちゃって」
「いや、違うならいいよ。俺が勝手に早とちりしただけだから。それより早く食べちゃえって。時間が結構、ピンチだぞ」
「ですね。良かったらポテトどうですか?」
直人はポテトが入った容器を豊川の方に向ける。
「サンキュー」
麻野は向けられた容器を揺すって自身の手に何本かポテトを落とした。
直人も急いでハンバーガーを食べ終えて、残ったスプライトを一気飲みする。急いで飲んだ炭酸が胃に溜まり、気持ち悪くなったけど、すぐに落ち着いた。
「食べた終わったか。よし、戻るぞ」
「はい」
二人してトレーを戻して、早歩きで会社まで戻る。今の時間なら、何とか間に合う。そう考えて歩いていると、会社ビル前の大通りで信号に捕まった。
そう言えば、あゆみが話しかけた発見とは何だろうか。
姉に関する事ではないだろう。それは記憶が戻っていない事から明らかだ。
という事は、それ以外で何かあったという事か。
やはり和倉 瑠奈関連? それとも忘望病という病気自体について?
考えを巡らせるが、手元に材料がないのでいくら考えても答えは出てこない。まぁ、夜になればまた向こうから電話がくる予定だから、今からあれこれ考えてもしょうがないか。
直人は考えをため息に変えて、信号が青になるのを待った。
会社に戻った直人は、午前中と同じく仕事モードに頭を完全に切り替えて、キーボードを叩いていた。途中で何度かの時間を確認して、仕事の終了時間を逆算する。
今日は水曜日なのでノー残業デー。
余程の予定がない限り、残業は推奨されていない。それにまだ月の中旬だ。
月末ならまだしも今日は早く帰れる。
咄嗟に口にした時間帯だったが充分に間に合う。むしろ、それに合わせて仕事を頑張ろうと気合いが入っていた。




