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パープル・グラスシーリング  作者: 綾沢 深乃
「第2章 思い出探索」

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「第2章 思い出探索」(5)

(5)


「事情はよく分かった。お姉さんには申し訳ない事ををしてしまった……」


「横溝さんが気負う事はありません。姉の方から連絡を取ったのですから。本人も横溝さんが気にする必要はないと言っていました」


「ありがとう」


 直人は力なく微笑む。僅かだがそう言われて心が軽くなった気がした。


「最後に姉からの伝言を言付かりました」


「聞かせてくれ」


「申し訳ないけど、和倉 瑠奈さんの事は諦めてほしい。との事です」


 そんな予感はしていたが、実際に言われるとくるものがある。


 和倉 瑠奈について知りたい気持ちは今も変わらない。だが、それは他人を巻き込む程ではない。それだったら知らなくて全然構わない。


「お話は以上です。では、私はこれで失礼します」


 考え込んでいた直人を余所に、あゆみは立ち上がり横に置いていたスクールバッグを肩に掛けた。


 その動作が直人にはどういう訳かスローモーションに見えた。


 あくまで脳内がそう見せているだけで現実は違う。


 だがその動作を見て、あゆみの手を決して離してはいけない。

 そう強く感じた。直人は反射的に立ち上がり、手を伸ばして彼女の腕を掴んでいた。


「待って!」


 突然出した大声に再び他の客からの視線を浴びる。

 だが、そんな事はどうでも良かった。とにかくココで離してはいけない。諦めた時点で終わってしまう。

 巻き込むくらいならと考えていたのに心のどこかでそれを拒否していた。


「な、何ですか?」


「ちょっと待ってほしい」


「えっ?」


 驚くあゆみの表情を見て、即座に冷静さを取り戻しつつも、自分の主張は止めず彼女の細い腕を掴んだままだった。


 掴まれたままのあゆみが小さく口から息を吐いた。


「腕、離して下さい。座りますから」


「ああ……、うん」


 嫌々ではあるだろうが、再度座ると言ってくれたあゆみに安堵して、直人は掴んでいた腕を離した。彼が掴んだ為、彼女のブラウスに皺が寄ってしまった。


 あゆみは椅子に座ると、その部分を見て面倒そうな顔を見せた。


「すまない。いきなり掴んでしまって」


「別にいいです。言い逃げみたいになった私も悪いですから。それで? 何ですか?」


 手で皺を伸ばしてからあゆみが用件を聞いてくる。真っ直ぐな目でこちらを見てくる彼女に若干たじろぎつつも直人は口を開いた。


「さっきの話なんだけど、やっぱりどうしても瑠奈さんには会いたいんだ。勿論、君のお姉さんに迷惑をかけない方法で」


「さっき話しましたよね? 横溝さんが和倉さんの事を知る手段はもうないんです。第一、この間まで忘れていたんでしょう? 断片的に思い出したとしても一時的ですよ。時間が経てばまた、今までの生活に戻るんじゃないですか」


「それは困る」


 あゆみの話に直人は首を振って、真っ向から意見を主張する。

 すると、彼女は首を傾げた。


「どうして? 忘れていた時期に彼女の事で困った事なんてないはずですよ」


 直人の訴えもあゆみによって軽く一蹴されてしまう。彼女は本当に高校生かと疑ってしまうくらい冷静だった。


 それに言っている事は残酷なまでに正しい。


 これまでの人生で和倉 瑠奈の存在を忘れていた事で困った事なんてない。


 よって、具体的に何故と問われると、反論出来ない。


 直人は何とか目の前にいるあゆみを説得出来るだけの理由はないかと脳内で必死に探したけど、答えは出てこない。


 出てこないならしょうがない。出ないままで話すしかない。


「瑠奈さんに会いたい動機を具体的に説明するのは、難しい。確かに君の言う通り、忘れていたこれまでの人生で困った事はないからな。でも、そういう感情を抜きにして、ただ会いたいんだ」


 打算もなく、じっとあゆみの目を見て、自分の気持ちを正直に伝えた。


 しばらく両者の間に沈黙が流れる。


 その沈黙をあゆみが破った。


「分かりました」


「えっ?」


「正直、今日は姉から和倉さんの事情を説明したら、きっと横溝さんは諦めてくれるって聞いていたんです」


「諦めが悪くてゴメン」


「それは嫌味ですか?」


 素直に謝る直人にあゆみが目を細めてこちらを見た。慌てて首を振る。


「まさか、そんな訳ない! 本当の気持ちだよ!」


「まっ、いいでしょう。諦め云々の話はこちらが勝手に想定していただけですしね。横溝さんに落ち度があるわけではありません。だけど、私はあくまで説明係として来ただけなので、今日話した以上の事は何も知らないんです」


「だろうね」


 忘望病について必要以上の情報は与えない。それもさやかなりの防衛策なのかも知れない。間接的に説明係を用意するだけではなく、万が一でも影響を広げないようにしているのだ。


 あゆみがブレザーのポケットからiPhoneを取り出した。


「待っていて下さい。一旦、姉に連絡してきます」


「うん。分かった」


 直人が了承するとあゆみはiPhoneを持って店内の外へ出ていく。先程と違い、スクールバッグは席に置いたままだった。


 直人は振り返り、あゆみの様子を観察する。


 店内から見える位置であゆみはiPhoneを耳に当てて、電話をしていた。場合によっては、自分が電話を代わってさやかと電話をしなければ。彼女に呼ばれたらいつでも行けるようにしておこう。


「……んっ?」


 店内から見えているあゆみの表情が変わった。

 ココからでも分かるくらい慌てている。口論をしている? 怒られた? 腰を浮かせて彼女の下へ行こうとした丁度その時、向こうの通話が終わった。


 どうやら自分の出番はないようだ。直人は浮かせた腰をまた落ち着かせる。


 あゆみが戻ってくる。その表情は電話をしていた時に見せていた表情のまま、いやそれよりも酷くなっていた。


「どうしたの?」


 たまらず席に座ったあゆみに直人は気遣うように声を掛ける。彼女は座ってから下を向いてすぐには話さなかったが、やがて顔を上げた。


「姉が、全部忘れていました」


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