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パープル・グラスシーリング  作者: 綾沢 深乃
「第2章 思い出探索」

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「第2章 思い出探索」(3-1)

(3-1)


 香夏子から「さやかちゃん、今駅着いたって」と言われて、いよいよ来るのだと緊張してきて、文庫本を読むのを止めた。

 手持ち無沙汰になり、iPhoneを適当に操作して時間を潰していると、店内のドアが開いた。


 カランコロン。


 カウベルが鳴って、開いたドアから一人の女性が入ってきた。彼女は店内を見回すとすぐにこちらに気付いて笑顔で駆け寄ってくる。


 直人は、彼女が電話をしていた“さやか”なのだと分かった。


 笑顔を浮かべた上機嫌のさやかがこちらに近付いてくる時、直人にはある種の恐怖みたいなものが芽生えていた。


「久しぶり〜、直人君。大人っぽくなったね〜」


「ああ。久しぶり、そっちも大人っぽくなった」


 ついさっき見た写真との比較にしかならないが、さやかは高校生の頃と比べて大人の女性となっていた。着ている服が制服からオフィスカジュアルになっており髪の毛も黒から茶色になっている。


「大人ですからねー」


 さやかは直人の隣に腰を下ろす。

 並んだ二人にテーブル席の客から注文を取っていた香夏子がお冷やを持ってきた。


「さやかちゃん、久しぶり〜。すっかり綺麗になっちゃって」


「ありがとうございます〜。香夏子さんも相変わらず綺麗〜」


 女性二人で盛り上がっている中で直人は気まずさを感じつつ愛想笑いをしていた。


「すいません。本当はもっと早く来れたらって思ってたんですけど」


「ううん。その気持ちだけで充分嬉しいよ。あっ、注文どうする?」


「じゃあアイスのカフェ・ラテを」


「かしこまりました。直人君もお代わり?」


「はい。お願いします」


「うん。かしこまりました」


 直人の注文にも同様にそう答えて、香夏子はカウンター奥のコーヒーマシンの下へと向かった。


 二人になり直人が黙ってしまうと、さやかがクスクスと笑って「香夏子さん、変わってないね〜」と懐かしむように呟いた。彼女が思い浮かべている光景には、間違いなく自分もいるはずだ。

 しかし、直人は何も思い出せない。

 自分にはグリーンドアにきて勉強をしていたという記憶はある。だが、そこに誰かがいた記憶がないのだ。


 困惑だけがひたすら頭の中で膨張していく。


「それにしても直人君がグリーンドアに来たのって、相当久しぶりだったんじゃない? 大学も東京に行っちゃったし」


「あっ、ああ……。最近は正月休みでもあんまり関西に帰ってなくて」


「もうっ。充実してるのは結構だけど、正月休みぐらいは帰ってあげなよ。両親だってきっと喜ぶと思うよ」


「今度からそうする」


「そうしなさい。ついでにグリーンドアにも来て、香夏子さんにも顔を見せてあげて。受験の時、あんなに助けてもらったんだから」


 受験の時、助けてもらった。そこは今の直人にも同意出来る。彼はゆっくりと頷いて、「ああ、分かった」と答えた。


 さやかに話題を振ってもらったのが起点となり、それから二人は大学や仕事等の話をした。基本的には彼女が質問をして、それに直人が返すパターンになっている。


 変にこちらから質問をして、覚えていない過去話に進展してしまうよりは都合がいい。接客がひと段落して落ち着いた香夏子も途中から話に加わった。


 香夏子はこちらの事情を知ってくれているので、三人で話していても苦は感じなかった。


 話しながらさやかの事情も分かってきた。


 さやかは大学も関西でそのままこちらで就職。当初は地元を出ていく事を考えていたが、最終的には地元で就職を選んだそうだ。実家を出ており、大阪で一人暮らしをしている。最近は自炊に凝っており、よく仕事の帰りに料理家電を梅田のヨドバシカメラに見に行っているらしい。


「外で食べるのもいいんですけど、ずっと外食ばかりだと疲れちゃうので。気分転換にもなって、美味しい物を食べられるから自炊の方が好きですね」


「あぁ〜、それはあるかも。外食も美味しいけど、毎日は疲れるもんね。料理していく内にレパートリーが増えていくのも面白いよ」


 喫茶店で働いている香夏子は、簡単な軽食なら店で作っていた。本格的な料理になると、奥にいる父の純一郎が作っている。彼は寡黙滅多に話さないが、料理の腕はピカイチだった。


「分かりますぅ〜。次第にスーパーで買い物をしている時にも今はこれが冷蔵庫にあるって、すぐに思い出せるようになってきますから」


「そうそう。それくらいになると楽しくなってくるよね〜。直人君は?」


「えっ? たまに自分でも作る時はありますけど」


「自分でも?」


 直人の言い方に引っ掛かったのか、さやかがそう言って首を傾げる。


「……今、付き合ってる彼女がいて、よく俺の家でご飯を作ってくれてるから」


 言い淀みながらそう答えると、さやかが「え〜っ!」と声を上げて驚いた。


「いいな〜。そんな彼女がいるんだ。なるほどね、そりゃ料理しなくても平気な訳だ」


「言っとくけど毎日じゃない。週一で泊まりに来てくれるから、その時にって」


「それでも充分羨ましいよ。そっかぁ、そんな素敵な彼女がいるなら大切にしてあげないとダメだぞ」


「分かってるよ」


 さやかにそう返す直人だったが、その言葉の裏に今日、嘘をついてココに来ている事が心に短い棘を刺してくる。


「そう言えばさ、さやかちゃんにちょっと教えてほしい事があるんだけど」


 そこまで話していたところで香夏子が話題を変える。

 それまでの和やかな空気から緊張へと変わっていく。


「はい。何ですか?」


 香夏子は「これなんだけどね」とカウンターの下に置いていたアルバムを取り出して、三人に見えるように広げた。パラパラとページを捲り丁度、件の写真が写ったページで止まった。


「ココに写ってる子って誰だか覚えている? さっき私と直人君でアルバムを見ていた時、この子が誰なのかどうしても思い出せなかったんだよね」


「ん〜」


 さやかはアルバムに顔を近付けて写っている写真をじっと見る。いよいよ件の彼女の正体が判明する。じっと直人は彼女が口を開くのを待つ。


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