「第2章 思い出探索」(2-1)
(2-1)
翌週末、直人は一人で三宮に来ていた。
この一週間は、ずっと今日の事を考えていた。
まるで誕生日を指折り数えて待つ子供のようだった。幸い、まだ月末のようなバタバタした状態ではなかったので、仕事は特に手こずる事なくこなす事が出来た。
晴香には今週末は実家に帰る用事が出来たと伝えてある。彼女は何か緊急の事なのか、自分も行った方がいいかと聞かれたが、ちょっと用事で戻るだけだから問題ないと同行を断った。
実家に戻るつもりはない。晴香には泊まりだと伝えているが、その方が向こうからの連絡が少ないと考えたからで、本当は日帰りである。
こんな些細な嘘をつくくらいには、今の直人に罪悪感はない。
早くグリーンドアに行って、香夏子に会って確かめたい。
その衝動が何よりも強かった。
東京駅から新幹線に乗り、新神戸駅で降りると地下鉄に乗り換えて三宮駅へ。
この街に来るのは、久しぶりだったが街の景色はそこまで変わっていない。高校生の時のような懐かしさを覚えつつも直人は、予め調べた店の場所をマップのアプリを頼りに歩く。
記憶を宛にしても良かったけど、念には念を入れたかった。
駅から海の方角へと真っ直ぐ歩いて、アーケード街に入らず通り過ぎて、市役所と東遊園地の道を右折。
そこからは京町筋まで歩いて、神戸市立博物館の方まで歩けば、目当ての店グリーンドアがある。段々と店に近付くにつれて、心臓の鼓動が大きくなっていく。
店の外観が視界に映った時、直人は思わず息が漏れた。
二階建ての赤いレンガ造りの喫茶店。店のドアは店名の由来通り、緑色。その木製のドアの上部にはカウベルが付けられている。記憶にあるグリーンドアそのままだった。
「スゥ、ハァー」
直人は一度深呼吸をしてから、緑色のドアに手を掛ける。ドアをゆっくりと押して中に入った。
カランコロン。
上部に付いているカウベルの音が鳴った時、直人の心は一瞬に当時に戻る。
着ていない制服を着て、掛けていない学生カバンを持っている感覚になった。
店内にはそこまで客の姿はなく、何人かの客が各々、ノートパソコンや読書をして自分の時間を過ごしていた。直人は入口でどうしたものかと立ち尽くしていると、カウンターの奥にいた一人の女性店員と目が合った。
彼女は目が合うなり、顔をパァと輝かせてこちらへと駆け寄ってくる。
「えっ! 嘘っ!? もしかして、直人君!?」
「お久しぶりです、香夏子さん」
約十五年ぶりに会う香夏子は何も変わっていなかった。白いワイシャツと紺のジーンズ、その上から着ているエプロン。掛けている眼鏡まで当時のままで、直人の記憶にある香夏子がそのままそこに立っていた。
「なになに? どうしたの急に?」
「中々来れなくて申し訳ないです」
直人が頭を下げると、香夏子が「もぅ〜」と直人の肩を叩いた。
「そんなかしこまった言い方するようになって。大人になったんだねー、直人君。制服で放課後に着てくれた頃とは大違いだ」
「そうですね。あの頃が随分と昔な気がします」
かつて着ていたブレザーはスーツになり、通う場所も学校から会社へと変わった。
「それで? そんな大人になった直人君が今日はどんな御用?」
「ちょっと、聞きたい事がありまして」
「うん、分かった。それではカウンター席にどうぞ」
「はい」
直人は香夏子に案内されてカウンター席に向かった。
店内全ての席に座った事がある直人は、一人で勉強をしたりする時はカウンターの方が楽だったイメージがある。
案内されたカウンター席に直人が座る。少しすると、香夏子がお冷やを持って来てくれた。
「えっと、アイスのカフェ・ラテを」
「はい。かしこまりました」
直人の注文に丁寧にそう返して、香夏子は伝票に記入を終えると奥のコーヒーマシンへと向かっていた。
香夏子が離れたタイミングで直人はiPhoneを取り出す。特に何も連絡は届いていない。
しばらくすると、香夏子が「お待たせ致しました」と言ってアイスカフェ・ラテを持って来てくれた。
「ありがとうございます」
礼を言ってから、ストローを挿して口を付ける。知っている味が直人の口内に広がった。
「……美味しい」
思わず感想が溢れた。決して季節が夏だからとか、直人がカフェ・ラテが好きだからとか、そういう理由ではない。カフェ・ラテは基本的にどこの喫茶店にもあるメニューだし、グリーンドア以外で何杯も飲んでいる。
にもかかわらず、咄嗟に口から出た美味しいという感想は、変わらない店内の雰囲気とか懐かしさからくるものなのだろう。
直人の感想を聞いて、香夏子は「本当? ありがとう」と笑顔で喜んでくれた。彼女はカウンターを挟んで対面に立っている。
「飲んだ瞬間、当時の事を思い出しました。やっぱりグリーンドアのコーヒーは落ち着きます」
「そう言ってくれると嬉しい。またいつでも来てよ」
「はい。今は東京に住んでいて、中々来れないんですけど、今度から来れる時には顔を出すようにします」
「あぁ、東京に住んでるんだ。そう言えば、東京の大学に進学したんだっけ。そっか、それからずっと向こうなの?」
「そうです。今は会社員しながら一人暮らしてます」
「そうなんだ。頑張ってるんだね」
香夏子に褒められたのが嬉しかった。
「ありがとうございます。頑張ってますよ。彼女だっていますから」
「えっ、本当!? どんな娘!? 写真見せてよ!」
「いいですよ」
直人はiPhoneから二人でデートした際の写真を選択して香夏子に見せる。
「うわぁ〜。可愛い子、やったじゃん。大学で知り合ったの?」
「はい。彼女は東京育ちの子です。土日はよく泊まりにも来てくれます」
「そうなんだ。あれ? って事は今日はいいの?」
土日に泊まりに来ると話すと、香夏子が不審な顔を向けた。その疑問はもっともだった。ゆっくりと直人は頷く。
「大丈夫です。今日は実家に行くって話してるので」
「……そう。それでココに来たんだ」
その言い方で本当は実家には行っていない。
嘘をついている事が瞬時に見抜かれた。それまで和やかだった空気が緊張へと変わっていく。
「今日は聞きたい事があって来ました」




