表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
初彼女持ち新卒SE、入社2日目で理想の美人同期と寝て、恋愛管理系クズになる  作者: Pyayume
最終章「リブート」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

79/81

第79話「【白】の通告」

数週間後、変化は、目に見えないほどほんの僅かな変化から始まった。


以前の奈南は、<おはよー!今日も頑張ろー!!>と送ってきていた。


最近は、<おはよ、今日も頑張ろ>になっていた。


それだけなら誤差かもしれないが、俺の脳内には「誤差」として処理できない変化が少しずつ蓄積されていた。


毎週金曜日になると送られてきていた、<会えるの楽しみ!>というメッセージは、いつの間にか姿を消していた。


晩に定期的に来ていた通話も、最近では十分も経たないうちに終わることが増えている。


<今何してる?>、<今日何食べた?>、そういった他愛もない確認のようなメッセージも、気付けば届かなくなっていた。


それに気づいた俺は、スマホから抽出したここ数週間のデータを整理していた。


<

対象:南奈南みなみなみ

・平均返信文字数:前回比-18%

・絵文字、顔文字使用率:低下

・週間総通話時間:前月同期比-65%

・「会えるの楽しみ!」発言:消失

・「今何してる?」系メッセージ:消失

>


仕事の繁忙期か、疲労か、気分か、体調か、これは一時的な変動と言えるのか。


いくつかの要因を考慮しても、この減少傾向は無視できなかった。


俺は静かな部屋でスマートフォンを見つめながら、小さく息を吐く。


奈南は少しずつ、本当に少しずつ熱だけが失われ始めている気がする。


原因は分からないが、このまま放置すれば、いずれ致命的なエラーに繋がる。


それを回避するためには、既知の有効な入力を増やすしかない。


奈南からのメッセージには、これまで以上に早く返信する。


毎晩の<おやすみ>は、必ずこちらから送るといった具合に。


---


ある平日の昼休み、相変わらず自席でおにぎりを食べながら、スマホを開く。


<ちゃんとご飯食べてる? 午後も無理しないでね>


送信。


夕方になっても返信が来ない日は、追撃するように労いの言葉を送る。


<今日もお疲れ様。疲れてるだろうし、無理して返信しなくていいからね>


週末のデートも、これまで以上に奈南優先で組み立てた。


行きたそうな店、疲れにくい移動経路、混雑しない時間帯、長居できるカフェから帰宅時間と、俺は一つ一つ、細かく調整していく。


不満になりそうな要素を事前に排除し、減点される可能性を潰す。


それが最善だと思っていた。


だが、修正を重ねれば重ねるほど、返ってくる結果は、少しずつ俺の予想から外れていった。


<ありがとう>


<わざわざ調べてくれてありがとう>


<いつも気遣ってくれてありがとう>


<ごめんね、助かる>


文字としての<ありがとう>は増え、奈南の感情から出る言葉は消えていった。


どこか他人行儀な謝意だけが積み重なっていく。


それでも俺は、まだ悲観していなかった。


原因は分からないが、まだ改善できる。


入力が足りないだけかもしれない。


もっと適切なタイミングで、もっと正確に、もっと奈南のことを理解して、考えればいい。


この謝意は、静かな撤退の始まりでは断じて無いと、信じて。


---


ある日の深夜。


最近では十分ほどで終わることが増えた、いつもの通話の最中だった。


受話器の向こうから、布団に身体を預けるような小さな衣擦れの音が聞こえる。


しばらく他愛のない話をした後、奈南が小さく息を吐いた。


「ねぇ、直樹。……そんなに頑張らなくていいんだよ?」


「え?」


俺が思わず聞き返すと、奈南は少し困ったように笑った。


「なんかさ、最近の直樹、すごく頑張ってる感じする……だから、そんなに無理しなくていいんだよ?」


その声は穏やかで、責めているわけでも、怒っているわけでもなかった。


ただ、本当にそう思っているような、優しい声だった。


「いや、別に無理なんかしてないけど…」


声に出しながら、俺は思わず眉をひそめる。


「奈南、最近忙しそうだからさ。俺ができることやってるだけだよ……それ、負担になってる?」


「ううん、全然……負担とかじゃないよ。いつも優しくしてくれてるし、本当に感謝してる。」


その返事に、俺は小さく笑った。


「だったら無理じゃないだろ。俺が好きでやってるんだから、気にしなくていいよ。」


これは俺がこれまで学習してきた、正しい恋人の在り方だった。


相手を気遣い、優先し、困らせないし、傷付けないと、そうやって積み重ねてきた結果なのだから、それを無理と呼ばれる理由が、俺には分からなかった。


受話器の向こうで小さな沈黙が落ち、やがて奈南が「……うん…そうだね。」と小さく答えた。


「直樹は、そうだよね……ごめん。変なこと言った。」


それだけ言うと、奈南は少しだけ笑った。


「いや、別にいいけど…」


「うん。」


再び沈黙が落ち、その日の通話はどちらかともなく切れてしまった。


そのまま、俺は今の通話の声色を思い出していた。


奈南は、何かを諦めたようにも、何かを飲み込んだようにも聞こえた。


だが、その意味までは、俺には分からなかった。


「電話終わり?続きしよーよ。」


背後のソファで寝転がっていた真子が、コントローラーを振りながらあっけらかんと言った。


「ああ、悪い。」


俺はスマホをテーブルへ置き、コントローラーを握り直した。


「じゃ、続きやるか。」


「よしきた!」


真子が笑って、画面の中でゲームが再開される。


さっきまで奈南と話していたことも、受話器越しの沈黙も、胸の奥に残った微かな違和感も、ゲームの音に少しずつ掻き消されていった。


---


そして数日後、夜の10時過ぎにスマホの着信が鳴る。


奈南の名前を見て、俺はすぐに通話ボタンを押した。


「もしもし?」


「うん……」と言う奈南の声は、いつもと変わらなかった。


少し疲れたような、柔らかい声で、そのことに、俺は少し安心する。


だが「ごめんね、直樹。」という一言で、何かがおかしいことだけは分かった。


「何が?」


俺が聞き返すと、小さな沈黙が生まれ、受話器の向こうから、微かな息遣いだけが聞こえる。


そして奈南は、静かに言った。



「……ちょっと、距離置きたいかも。」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ