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初彼女持ち新卒SE、入社2日目で理想の美人同期と寝て、恋愛管理系クズになる  作者: Pyayume
最終章「リブート」

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第78話「【白】の検索」

木曜日の朝、スマートフォンのアラームで目を覚ますと、隣では奈南が既に起きていて、洗面所で髪を整えていた。


「おはよ。」


「おはよー。先に起きちゃった。」


まだ少し眠そうな顔で笑う奈南に、俺は「目が覚めるように、コーヒーでも淹れるよ。」と言った。


「ほんと? 飲むー。」という明るい返事を受けて、俺はキッチンで2人分のコーヒーを淹れる。


昨夜のことが嘘みたいに、朝の空気は穏やかだった。


奈南はマグカップを両手で包み込みながら「おいしい。」と小さく笑い、出勤時間が近付くと手際よく身支度を整えていく。


「じゃあ、またね。」


奈南はそう言って、少し背伸びをするようにして俺の唇へ軽くキスをした。


「おう。また連絡する。」


「うん!」


小さく手を振りながら駅へ向かう奈南の背中を見送り、俺も会社へ向かうため自宅を出る。


改札を抜けた辺りで、スマートフォンが短く震え、すぐに画面を開くと奈南からのメッセージだった。


<お泊まりさせてくれてありがとう!パスタ、すっごく美味しかったよ。また会えるの楽しみだね!>


昨日の夜、あんな話をした後なのに、文面はいつもと変わらない事実に、俺は思わず小さく笑った。


文面から見ても、いつもの奈南だということが分かる。


俺は歩きながら、頭の中で彼女との関係を確認する。


好きと言い、手も繋ぎ、キスもして泊まりにも来る。


今朝だって、いつも通り笑っていた。


客観的に見れば、何一つ問題はない恋人そのものだ。


それなのに昨夜、静かなソファの上で奈南がぽつりと漏らした言葉が、俺の中でどうしても消えてくれない。


『なんかね……一緒にいるのに、時々、急にさみしくなることがあるんだ。』


奈南の言う「一緒に居るのにひとりみたい」という矛盾だけが、脳の奥で不気味に点滅し続けていた。


「……何なんだろうな。」


そう呟きながら、俺は会社へ向かう人波の中へ紛れていった。


---


昼休みになり、俺はいつものように自席でコンビニのおにぎりを頬張りながら、自身のクラウド領域にアクセスした。


午前中の作業は問題なく消化したが、脳の片隅では昨夜の「さみしい」がずっと点滅し続けている。


画面には<奈南用メモ>と、抽出したトーク履歴、デート写真、日付・場所・飲食代・会話内容を記録したスプレッドシート等、いつものデータ群が整然と並んでいる。


俺はキーボードに指を置き、過去の発言を1つずつ遡っていった。


『安心するんだけど……たまに不思議になる時ある……』


『高校の頃もこんな感じだったっけ?』


『直樹ってさ……たまーに、何考えてるか分かんない時あるよね?』


『すごく優しいし、安心するんだけどさ……なんか、時々すごく……遠いところにいる感じ?』


『全部お見通しって感じなのに、直樹のことは見えないというか……』


『一緒にいるのに、時々、急にさみしくなることがあるんだ』


『直樹のこと好きだし。……なのに、なんか、急に一人みたいな気持ちになる時があるの』


俺はそれらを抽出し、腕を組みながら眺めた。


入社してから積み上げてきた学習結果が、正しく機能しているようにしか見えない。


だからなぜ『さみしい』という結果が生成されるのか。


俺はカーソルを点滅させたまま、画面を睨み続け、共通項や原因を、輪郭だけでもいいから探していく。


「……何なんだよ。」


俺が小さく呟いた時、ようやく自分の中だけでは答えが出ないことに気付いた。


ブラウザを開き、検索窓にカーソルを合わせ、思いつく限りの言葉を打ち込んでいく。


<彼氏 正解ばかり>


<彼氏 優しいのに寂しい>


<一緒にいるのに寂しい>


<恋人 本音が見えない>


検索結果には、恋愛コラムや質問サイト、匿名掲示板の書き込みが大量に並んだ。


俺は片っ端から開き、必要そうな部分だけを拾い読みしていく。


しかし、数十分も経たないうちに、眉間に重い疲労が溜まり始めていた。


そこに書かれていることが、どうにも理解できなかったからだ。


<もっと自分を出しましょう>


<弱さを見せることで距離が縮まります>


<完璧な彼氏をやめてみましょう>


<感情を共有することが大切です>


<頑張りすぎない方がいい、あくまで自然体で>


「……だから、それって何なんだよ」と、呟きながら、俺は思わず椅子に深くもたれかかった。


自然体とはなんだろうか、弱さをみせるとは何だろうか。


そんなものが適切な入力であると、どう証明してきたのだろうか。


仮にそれを実行する場合、どのタイミングで、どんな言葉で、どの程度の粒度で、何を言えばいいのだろうか。


具体的なことは何一つ書いていない。


例えば、『仕事で失敗したんだ』と事実だけを伝えればいいのか。


『仕事で失敗して、結構へこんでる』と感情まで添えればいいのか。


『今日ちょっと上司に怒られてさ』と原因だけを切り出せばいいのか。


『正直、今日はあんまり元気出ない』と状態だけを伝えればいいのか。


『なんか最近、自分でもうまくいかなくてさ』と曖昧に濁して言えばいいのか。


『俺、結構ダメだったかもしれない』と自己否定を混ぜればいいのか。


『こんなこと奈南に言うのも情けないけど』と前置きを付ければいいのか。


ソファに座ったまま黙り込み、奈南の方から聞いてくれるのを待てばいいのか。


いつもより食欲がない振りをして、『ちょっと仕事で色々あってさ』とだけ漏らせばいいのか。


『今日は話聞いてほしい』と最初から目的を明示した方がいいのか。


『俺もさ、たまには失敗するんだよ』と自嘲的な笑い話みたいに言えばいいのか。


『実は、今日はちょっとしんどい』と短く結論だけ伝えればいいのか。


先にため息をつき、しばらく沈黙してから『仕事のことで少しな……』と切り出せばいいのか。


『こういう時って、どうしたらいいと思う?』と助けを求めればいいのか。


『ごめん、今日は少し甘えてもいい?』と言えばいいのか。


『大丈夫だから気にしないで』と言いつつ、気付いてもらうのを待てばいいのか。


『俺、今ちょっと自信なくしてる』と本音をそのまま言えばいいのか。


『情けない話なんだけどさ』と笑いながら打ち明ければいいのか。


何も言わず、ただ「今日はくっついてたい」とだけ言えばいいのか。


それとも、そもそも「弱さを見せる」という行為自体が、俺の理解しているような手順や言葉で再現できるものではないのか。


それとも、もっと別の何かなのか。


今の俺には判断基準が見つけられなかった。


恋愛コラムの筆者たちは、まるで当たり前のことのように心を開くと書いている。


しかし、その心を開いた状態がどういうものなのか、誰も具体的に説明してくれない。


料理ならレシピがあり、プログラムなら仕様書があるが、ここには何もなく、ただただ曖昧な言葉ばかりが並んでいる。


「自然体って何だよ……」


そんな曖昧な言葉を見ているうちに、不意に脳の奥底から、一つの声が浮かび上がった。


『直樹くんは、私を見てなかったんだよ』


久美子の放った、もう終わったはずの記憶。


その声が、『なんか……一人みたいな気持ちになる時があるの』という奈南の声と、同じ場所を指しているような感覚が脳裏をよぎった。


それを消すかのように俺は頭を振った。


俺は奈南を傷付けないように気を遣い、喜んでくれるように考え、時間も優先している。


あの頃とは、条件も入力も違うんだから、出力の意味も違うはずだ。


『私を見てなかった』


『一人みたい』


この言葉は似ているように見えても、原因は別だ。


そう結論付けたようとした瞬間、久美子の声がもう一度だけ頭の奥で再生された。


もしかして俺は、ずっと何かを間違えてきたんじゃないか。


そんな考えが、白い画面に映るカーソルみたいに、一瞬だけ輪郭を持ちかけた。


怒られないように、失敗しないように、嫌われないように、思えば、ずっとそうやって生きてきた気がする。


じゃあ、愛されるって何なんだと思った瞬間、俺の思考は、反射的に別の方向へ逃げた。


愛される方法なんて曖昧なものを考えることは、全く意味の無いことだ。


必要なのは、もっと具体的な対処法だ。


その言葉を頼りに、俺は新しいタブを開いた。


<彼女 寂しい 対処>


<彼女 本音 聞き出し方>


<恋愛 改善方法>


白い検索画面の上で、カーソルだけが規則正しく点滅していた。

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