第71話「【白】の感想」
同窓会が明けた翌月曜、通勤電車の中で、俺はスマホを取り出した。
画面に表示されているのは、奈南とのトーク画面だ。
昨夜のうちに、俺は送る文面をいくつかメモ帳に作っていた。
<昨日はありがとう>
<久しぶりに会えて楽しかった>
<また今度ご飯でも行こう>
どれも間違ってはいないと思うが、どれも少しだけ足りない気がした。
短すぎると会話が終わるし、踏み込みすぎると忌避感が強くなる。
久しぶりに再会した相手だからこそ、その間くらいが丁度いい。
しばらく見比べた末、俺は2つの文面を繋げた。
<昨日は久しぶりに話せて楽しかった。またご飯でも行こう>
そう打って、送信ボタンを押すが、既読はすぐにはつかなかった。
それから会社に着き、パソコンを立ち上げ終わり、未読メールを舐め始めた時、ポケットの中でスマホが短く震えた。
<こちらこそー!また行こう!>
シンプルなメッセージだが、思わず口元が少しだけ緩む。
断られてはいないだけで十分だった。
画面上部に表示された送信時刻と受信時刻の差は53分で、文章は短いが、しっかり記号が付いている。
社交辞令か否かは分からないが、少なくとも、返信に困るような内容ではなかったらしい。
俺は既読を付けてしまわないように画面を閉じると、オフィスへ視線を戻した。
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昼休みに入り、自席で昼食のサンドイッチを摘みながら、俺はスマホを取り出した。
開くのは、メモ帳に新しく立ち上げた、奈南管理用のデータだ。
<南奈南用メモ>と書かれた項目の最下部へ、新しい行を追加していく。
<
同窓会翌日返信
返信時間:53分 ※朝の準備や通勤時間帯を考慮すると実質即レス寄り
記号・絵文字:有
誘いへの反応:否定無し
温度感:良好
>
入力を終えた俺は、同窓会後の初回連絡としては十分だろうと思いながら、それを少しだけ眺める。
少なくとも、迷惑がられている反応ではないため、次の接触を考えられる。
日程を決めるのはもう少し後でもいいが、間を空けすぎる意味もない。
奈南の返信内容を思い返しながら、頭の中で次のやり取りを組み立てる。
仕事の話から入るか、同窓会の話題をもう少し引っ張るかが問題だが、どちらでも問題はなさそうだった。
画面の中には、箇条書きの記録が静かに並んでいる。
それを見ていると、昨日まで曖昧だった状況に輪郭が生まれていくような感覚があった。
きちんと情報を積み重ねてまとめていけば、管理可能な存在として少しずつ理解できるようになる。
少なくとも、俺はずっとそうやってきた。
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数日後。
何度かメッセージをやり取りするうちに、次の日曜の夕方、奈南との食事が決まった。
店をどうするか尋ねると、奈南からは予想通りの返事が返ってくる。
<どこでもいいよー>
こういう時、本当にどこでもいい人間はほとんどいないが、一方的に決めるのは相手の気分を損ねる。
俺はスマートフォンの予定表アプリを開き、【青】の色がついたメモを見返す。
値段が高すぎず、かといって安っぽくもないような、会話をするにはちょうどいい店を3つ選んだ。
どれも久美子が選んだ店だった。
<この辺りでどうかな?候補3つくらい送るから気になるところとかある?>
俺はそう打って、URLを添えて送信した。
送信してから数分後に、奈南から<2番目のとこかな!>と、短いメッセージが届いた。
俺はそれを見て頷き、すぐ予約サイトを開き、そのままカップルシートを押さえる。
これで店は決まり、あとは当日を待つだけだ。
スマートフォンを閉じながら、俺は次に話す内容をメモ帳を見ながらぼんやり考える。
すると、急に部屋のインターホンが鳴った。
俺がインターホンのモニターを確認すると、真子がスーパーのビニール袋を掲げていた。
俺はチャイムに返事をせず、そのまま玄関の解錠ボタンを押した。
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そして迎えた日曜日、初めての二人きりの食事。
店内は落ち着いたBGMと照明ということもあり、いい雰囲気で会話が自然に続いていた。
奈南はグラスを傾けながら、仕事の話や友人関係の話、最近ハマっている趣味の話を次々と口にする。
俺はその言葉に、注意深く耳を傾けていた。
絶対に、途中で話を遮らず、相手の話が一区切りつくまで待ち、地雷にならずに自己開示が出来るよう質問する。
奈南が少しだけ言葉を選んだ時は急かさず、続きを待つ。
そうしているうちに、気付けば奈南は次から次へと話を続けていた。
「うちの上司さあ……」と始まった話が、「でもまあ、悪い人じゃないんだけど…」で終わり、そこからまた別の話題へ移る。
俺はグラスを口元へ運びながら頷いた。
「それは大変そうだな…」
「でしょ?」
「奈南なら上手くやってそうって思っちゃうけど。」
「全然だよー。」
会話の端々で奈南は肩の力の抜けた、自然な笑い方を見せてくれた。
それが可愛らしくて、俺も笑顔になる。
しばらく奈南が話をしていると、突然、「あ、ごめん。」と、我に返ったように言った。
「私ばっかり話してない?」
「全然。それに面白いし。」
俺が首を振ると、奈南がグラスを置いた。
「ほんと?」
「うん。」
俺もそれにつられて、返事をしながらグラスを置き、話題を切り替えることも、必要以上にフォローすることもしなかった。
奈南は「そっか」と笑うと、すぐにまた別の話を始めた。
その様子を見ながら、俺は内心で小さく安堵する。
少なくとも、今日の空気は悪くなく、会話も途切れていないため、順調だと思った。
食事が終盤に差しかかり、テーブルの上の料理もだいぶ減った頃だった。
奈南がグラスを持ったまま、ふっと笑う。
「なんかさ……直樹って、話聞くの上手いよね。」
「ん?」
奈南が何気ない自然な調子で言ったため、俺は少しだけ目を瞬かせた。
「そうかな?」
「うん……なんかちゃんと聞いてくれるじゃん。……私、結構どうでもいい話とかしちゃうんだけどさ。直樹って最後まで聞いてくれるから、話しやすい。」
その後に、何か小声で言った言葉は聞き取れなかった。
俺はそれを聞き返すより先に、奈南が俺の目を見て笑ったことに安堵した。
俺もつられて少し笑い「ありがと。」と返して、グラスに口をつけると、酒の通った体内の道で、胸の奥が少しだけ熱くなる。
今日の会話、店選び、空気感、全てにおいて失敗はしていない。
奈南の言葉は、その感覚を裏付ける材料として十分だった。
店を出ると、「また行こうねー!」と言いながら、奈南は手を振った。
俺は「おう、そうだな。」と答えながら、その言葉を頭の中で静かに反芻していた。
夜、自宅へ戻り、部屋着に着替えた頃、スマホが短く震える。
画面を見ると、真子からのメッセージだった。
<寝てていいから鍵開けといて>
俺は数秒だけ画面を眺める。
奈南と食事をしていた特別感から、今は真子の連絡へと思考が切り替わる。
<り>
俺が一文字だけ返すと、すぐに既読が付き、<あざ>とだけ返ってきた。
俺はそれ以上やり取りを続けず、メモ帳アプリを開く。
そこには、もともと同窓会対策として作ったデータを<奈南用メモ>へ変えて、更新している。
今日の内容を思い出しながら、箇条書きを追加していく。
<
・話を聞くのが上手いと言われた
・質問中心の進行は有効
・相槌の頻度は現状維持
・仕事の話題への反応良好(上司の話題が良い)
>
入力を終えると、今日得られた成果が記録として蓄積されていくことに喜びを感じた。
奈南の言葉が頭の中で何回もループする。
『直樹って、話聞くの上手いよね』
俺は満足しながらメモ帳を閉じた。
次に会う時もきっと大丈夫だと思いながら、俺は真子が来るまでの時間を潰すために、動画配信アプリを開いた。




