第69話「【白】い一張羅」
同窓会まで、あと2週間ほどまで迫った平日。
最近、何となく同期からの冷たい視線が増えたように思い、昼休みに食堂に通えなくなっていた俺は、自席でおにぎりを齧ることが増えた。
空いている方の手で、何となくスマホを手に取って開くのは、<南奈南>と書かれたSNSアカウントだ。
高校卒業以来まともに会っていない相手だけに、今どんな生活をしているのか少し気になっただけ。
本当に深い意味はないと、何度も何度も自分に言い訳しながら眺める。
いつものようにプロフィール画像を開き、そこから投稿を遡る。
旅行の写真、カフェの写真、友人との集合写真。
ここ最近何度も見直してるだけあって、俺は少しずつ投稿の傾向を整理し始めていた。
休日は都内西側へ出かける確率が高く、カフェはチェーン店より個人経営の店が中心。
酒の席は頻繁にあるようだが、それほど強くはなさそう。
写真に映る交友関係も、高校時代とはかなり変わっているようだ。
今日の巡回を終えるころには、昼休みの大部分が過ぎていた。
「結構、都内いろいろ巡ってるみたいだよな。」
俺が小さく呟きながら画面をスクロールするのは、同窓会で話すことになるかもしれないからだ。
そのために、少しくらい近況を知っておいても損はないと考え、さらに投稿を遡っていく。
天気情報や、家の近くで見つけたもの等の投稿から、おおよそどこに住んでいるのかは分かる。
上京してからはテーマパークにも頻繁に行き、音楽ライブも興味があるようだ。
美容や健康にも気を遣っており、小洒落た穴場的な雰囲気のカフェには目がない。
断片的な情報が少しずつ繋がり、頭の中に現在の南奈南という人物像が組み上がっていく。
その作業を続けていると、不思議な錯覚に陥る。
まるで大学時代も社会人になってからも、奈南の近況をずっと知っていたような。
まるで卒業してからの空白そのものが存在しなかったかのような。
午後の始業を知らせる鐘が鳴り、俺はスマホを止めて椅子にもたれた。
モニターには相変わらず精査が終わらないテストケース表を開いたままだが、視線はほとんど内容を追っていない。
頭の中では、いつも同窓会のことを考えていて、手につかないというのが正確だ。
会場に着いたらどう動くか、着いたら誰に声を掛けるのが自然か、奈南は1人で来るのか、それとも誰かと一緒にくるのか、席順はどうなるのか、奈南を見つけたらすぐに話しかけるべきか、それとも一度周囲と挨拶を済まさせてからの方が自然か。
俺は気付けば、頭の中で当日の流れを何度も何度も順番に組み立て始めていた。
高校時代の友人関係を思い出しながら、参加者一覧と照らし合わせることも毎日やっている。
誰と誰が仲が良かったか、今でも交流が続いていそうな人間は誰か、奈南の近くにいそうな人間は誰か等、情報が足りない部分は想像で補いながら、当日の動きを何パターンも考えていく。
別に大した手間ではないし、久しぶりの集まりなのだから、少しくらい事前に考えておくのは普通だろう。
そう思いながらも、気付けば俺は同窓会当日の行動を、かなり細かいところまでシミュレーションしていた。
結局仕事はあまり進まないため、俺は定時で退勤し、帰路とは反対に向かう電車に乗って、丸の内に向かった。
降りてから目的もなく歩いているうちに、気付けばアパレルショップの前に立っていた。
同窓会では高校卒業以来会っていない人間も多い。
どうせ行くなら、それなりの格好をしておいた方がいいだろう。
本当にただそれだけで、誰かのための準備ではない。
一体俺は脳内で誰に言い訳してるのか分からないまま、店内を何周もしながらジャケットを眺める。
その疑問は、鏡の前で袖の長さを確認し始めた頃には、もう消えていた。
派手すぎず、地味すぎず、年齢相応で、それなりに清潔感があるもの。
服装コーディネートが投稿されるSNSと比較しながら、鏡の前で羽織り、肩幅や着丈を確認する。
普段なら試着すら面倒で、目についたものを適当に買うのだが、今日は何故か細かいところが気になった。
袖の長さ、靴との相性、中に着るシャツの色、店員に相談しながら何着も試し、俺はスマホを取り出した。
同窓会の参加者一覧を開いて、奈南のプロフィール画像から投稿に飛び、直近の彼女の服装が映ってる写真を漁る。
奈南の清楚風のコーディネートを見たあと、もう一度鏡をで自分の格好を見る。
彼女の投稿には白やベージュのトーンが多い。
ジャケットの襟元を整えながら、俺は小さく首を傾げた。
「もう少し、白い色の方がいいか……?」
店員は何も言わなかったが、俺は結局、追加で別のジャケットを試着室へ持ち込んだ。
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夜、真子はいつも通り俺の部屋へやって来た。
コンビニ袋からダイエットドクペと新発売らしいポテトチップスを取り出し、そのまま下着が見えるのことも気にせずソファへ寝転がる。
テレビではゲーム実況動画が流れていて、部屋の空気はいつもと何も変わらない。
俺も隣へ腰を下ろし、スマホを眺め始めた。
同窓会の参加者一覧、奈南のプロフィール画像、高校時代の写真。
何度も同じ画面を往復してることに気づいた時、不意に真子がこちらへ顔を向けた。
「最近スマホ見る率高くない?」
「そう?」
「うん。ソシャゲ?」
真子はポテトチップスを一枚口へ放り込みながら、質問を重ねた。
「今度、高校の同窓会あるから…」
俺がそう言うと、
「へー。」と言いながら真子の視線が、部屋の隅に置いてあった紙袋へ向く。
「それ?買ったの?」
「ああ、同窓会用で…」
「見せて。」
俺は紙袋からジャケットを取り出して広げると、真子は数秒だけ眺める。
「どう?」
「別にいいんじゃない?」
そう言ったあと、真子はすぐに動画へ視線を戻した。
「どっちでも。」
「どっちでもって、どういう意味?」
「直樹が着るんでしょ?私が着るわけじゃないし。」
真子はドクペを飲みながら肩をすくめると、すぐに興味を失ったように動画へ視線を戻す。
それで話は終わった。
誰が来て、どんな同窓会なのかとか、真子は何も聞かなかった。
しばらくして、真子は「あ、これうまーだよ?」とポテトチップスを一枚差し出してくる。
俺はそれを受け取って、口へ放り込んでスマホを見返す。
部屋の中では、いつも通りの時間だけが過ぎていた。
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深夜、静まり返った部屋の中で、隣から全裸の真子の規則正しい寝息が聞こえていた。
真子が完全に眠ったことを確認してから、俺は枕元で再びスマートフォンを手に取る。
青白い光が暗闇の中で顔を照らした。
奈南のプロフィール画面から同窓会のページへ移動し、参加予定者の一覧を上から順番に眺める。
奈南の名前を見つけ、今日も同窓会のイメージトレーニングを始めた。
当時同じクラスだった連中に話しかける順番、部活の仲間の話題、奈南とよく話していた女子たちとのトークテーマ。
考え始めると、次々に確認したいことが出てくる。
俺は会場への地図を開き、立地を確認する。
万が一、抜け駆けできた場合に備え、使えそうな店も近くに何軒か探す。
「まあ、知っておいて損はないしな…」
誰に聞かせるでもなく呟く。
久しぶりに会うのだから、少しくらい準備しておくのは当然だ。
俺はカレンダーアプリを閉じると、スマートフォンのメモ帳の一番上、<同窓会準備メモ>と書かれたデータを開く。
そこには、奈南が最近よく行っている店、最近の趣味、好きそうな話題、高校時代の共通の思い出、会話が途切れたときに振れそうなネタ等、思いつくまま箇条書きをしたものだ。
今思いついたものも書き足して、行数を少し増やしていく。
画面の中の空白は少しずつ文字で埋まる状況に、手応えを感じながら、時刻表示を見ると、もう午前1時を過ぎていた。
「……そろそろ寝るか。」
そう呟いたあとも、俺の指はもう少しだけ画面の上を動き続けた。
真子の静かな寝息をBGMにしながら。




