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初彼女持ち新卒SE、入社2日目で理想の美人同期と寝て、恋愛管理系クズになる  作者: Pyayume
第五章「デッドロック」

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第50話「【赤】のまぜそば」

月曜日の朝、少し早めに出勤した会社の食堂で、俺は買ったばかりのブラックコーヒーを口に運んでいた。


脳の動きが明らかに低下していて、強烈な睡魔と倦怠感が、思考を容赦なく圧迫していた。


理由は明確で、昨日一睡もできなかったからだ。


真冬にホテルを断られたという例外処理、生活圏をゆっくり侵食してくる久美子、スマホの通知欄にちらつく明日菜からの依存度が高いメッセージ、最近同じ課の同期から指摘された里香、そして予測不能な真子。


順調に管理出来ていたと思っていたが、水面下で絡み合い、俺の処理能力を奪い合い、徐々に精神的な疲労として溜まっていった。


「直樹おはー。なんか死にそうな顔してない?」


昨日夜間当番だったのか、真子が目を擦りながら俺の対面の席に腰を下ろした。


社内のコンビニで買ったであろう台湾まぜそばを、乱暴に開封しながら眠そうに笑う。


「私は眠たガールだから、このジャンキーパワーで回復するんだけどねー!」


その姿を見た瞬間、俺の胸の奥に言いようのない安堵感が広がった。


真子は最初から変わらず、俺に対して何も求めていない、何も確認しない、説明もいらない、故に期待もされない。


俺が誰と会っていようが、何をしていようが、真子は真子のままで、どうしようもなく楽だった。


「いや、ちょっと寝不足でさ……昨日眠れなくて寝てなくて……」


「ふーん。仕事してた私と一緒だねー、お疲れー。」


真子は興味なさそうな相槌を返すと、台湾まぜそばに麻婆豆腐をかけて、ぐちゃぐちゃに混ぜ始めた。


「あ、そいや今週の水曜直樹ん家行っていい?」


「ん?何かあった?」


「全消し戦でホーリーカウンター練習したいんだよね。昨日、サーバー監視しながら動画見てたらやりたくなった。」


「ほんと落ちゲー好きだな。練習しなくても真子に圧勝出来る奴はほとんどいねーよ。」


「いや、大学の時、サークルに1人だけ居たんだよねー。」


真子はまぜそばを混ぜながら続ける。


「何使っても勝てなくてさ。……プロになれんじゃないって思ったけど、普通に社会人やってるゲーマーが。」


「そんな奴いるんだ。仲良かったん?」


「元カレ。」と、真子は何でもないように言った。


「いきなり元カレの話かよ。」


「直樹が、圧勝できる奴がいないとかいうからー……でも、まじでゲームだけは強かったんだよねー。」


「褒めるなよ。」


「褒めるっていうか、事実だし、とうとう1回も勝てずに終わったから。」


「そこだけ未練あるんだ。」


「そうそう。だから直樹と練習する!午後は動画見てイメトレする!」


「ってか仕事しろよ。……まぁウチの来るのは良いけど。」


「話わかるー!定時退社日だからすぐ上がれるしねー。」


その軽さに、思わず肩の力が抜けたと同時に、真子との接続は維持されていることが確認できた。


俺は、崩れかけた均衡が、辛うじて保たれている気がした。


そのまま真子と雑談してから自席に戻ろうかと思っていたが、平穏は続かなかった。


「あ、佐藤じゃん!お前も朝飯?」


「昨日の大会見たぞー。」


朝食を摂っていたのか、同期数人が近くを通りかかり、そのまま足を止めた。


「結構でかめの大会で3位とか、すげーじゃん。」


「配信アーカイブ見たって話、さっきしてたんよ。」


「佐藤が格ゲーやるの初めて知ったわ。」


次々に掛けられる声に、俺は曖昧に笑うしかなかった。


「まあ、ゲームくらいしか趣味ないから……」


俺の反応に、別の同期が笑った。


「つーか、佐藤の彼女って年上のギャルなんだな!清楚系が好きなのかと思ってたわ!」


「は?」


「ほら、あの女の人……何だっけ?」


するともう一人がスマホを取り出し、俺が真冬とでた大会SNSのリザルトPOSTを開く。


「これこれ!なおまふの『まふ』の方!派手髪のギャルじゃん!」


「これ、彼女じゃないよ。」


「マジで?距離近いのに!?」


俺の返事に大げさなほど、同期の1人が驚いた。


「他の動画で抱き合ってるのとかあったぞ?」


「付き合って無いのに、こんな感じかよー。」


若干の羨望を含みながら、周囲が笑ったのにつられて俺も笑う。


笑い声の中、麺を啜っていた真子が、「へー。」とだけ呟いたが、俺以外は気付いていなかった。


「あれ?」


同期の一人が首を傾げた瞬間、俺は嫌な予感がした。


「そういや佐藤って、土曜デートじゃなかった?」


「ん?」


「金曜の同期会の時さ、佐藤は仕事で来れないって話になってて。」


「あー、あったあった。」


別の同期が思い出したように笑う。


「一次会終わった後だ。古見さんが『明日デートだから今日は帰る』って言ってたよな。」


「え、佐藤って古見さんと付き合ってんの?」


俺と久美子の関係を、今知ったらしい同期が驚いた表情で声を上げた。


「お前、知らなかったのかよ。」


「食堂で飯食ってるの何回も見たぞ。」


「俺も見た。」


「てか入社前からじゃなかったっけ?」


「結構長いよな。」


周りの話題が久美子へ流れ、そこで問題が起きた。


同期の1人が、俺の向かいでまぜそばを啜っている真子を見た。


「あれ、でも今は小松と飯食ってるじゃん。」


「確かに。」


「小松と佐藤も、なんか研修の時からよく一緒にいるよな。」


突然振られた真子は、口いっぱいに麺を頬張ったまま顔を上げた。


「んー?………まぁ、直樹とゲームするしねー。」


それだけ言って、また麺を啜る。


「うわっ、軽っ!」


「小松らしいな。」


笑いが起きるが、真子は本当に何も気にしていない。


だからこそこの会話は厄介だった。


「でも昨日の大会もその前の動画も、佐藤ずっとギャルと一緒だったよな。」


「それな。」


「え、待てよ。ってことは佐藤の相手は、古見さんに、小松、……んで大会の相方のギャルってこと?」


同期がそう言いながら指を3本立てて、俺に見せてきた。


「それと、あと狩野さんもだろ。」


別の同期がそう言いながら、指を4本立ててきた。


「は?」と、俺は思わず反応してしまう。


「いや、この前誰か言ってなかった?」


「何を?」


「狩野さんと佐藤、年休被ること多いって。」


「あー。」と、別の同期が思い出したように頷く。


「確かに、佐藤の部署でちょっと話題になってるらしいやつか。」


「そうそう。しかも歓迎会で、先輩に弄られてる狩野を庇ったんしょ?」


「それはただの偶然と佐藤の男気なだけじゃね?」


「そうだな。古見さんと付き合ってるのに、さらに同期に行くわけねーか。」


「まあそうだな。」


誰も深くは追及しない雑談だったが、俺だけは違った。


俺の知らない場所で共有されていた情報が、同期たちの記憶の片隅に残っていた事実に、背筋が冷える。


「で?」と同期が笑いながら、俺を覗き込んできた。


「佐藤、交友関係どうなってんの?女ばっかじゃん?」


「まじで羨ましいわ。くそリア充じゃん。」


そして別の同期が何気なく言った。


「でも佐藤って、いつも誰か女と一緒にいる印象あるわ。」


「言われてみればそうだな。」


誰かがそう言って笑い、その場もまた笑いで流れた。


しかし俺は、『佐藤はいつも誰か女といる』という印象だけが、同期たちの中に蓄積されているという事を理解し、その危険性を把握した。


まだ、点はまだ点のままだが、いつか誰かが思い出した時、その点同士は勝手に繋がる。


そんな予感だけが、胸の奥に重く沈んでいた。

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