第5話「【青】と予定表」
アラームが鳴る前に目が覚めた俺は、反射的にスマホへ手を伸ばした。
そして直ぐにカレンダーアプリを開く。
画面には、ところどころ【青】で表示された久美子との予定が見える。
昨夜の「浮気か?」という一言は、俺の即興と真子の機転で対応が出来ている。
指でスクロールしながら、未だ予定が入っていない時間を確認する。
久美子が関与も干渉もしない時間帯に、まだ存在しない真子との予定を思い描く。
罪悪感というものは、薄ら感じないわけではない。
だが、それ以上に、真子との楽な関係性や快楽に加え、複数の条件を矛盾なく成立させているというゲーム攻略に近い悦もあった。
「……真子との予定……入るかな。」
俺はそう小さく呟いて、スマホを閉じた。
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研修室に入ると、久美子がこちらに気づいて歩み寄ってきた。
少しだけ緊張した表情で、スマホを差し出す。
「直樹くん、これ……私も入れて、共有、してみたの。」
画面には、俺が使っているのと同じカレンダーアプリ。
共有依頼先に俺のメールアドレスが記載されている。
「お、ありがとう。これで予定合わせやすくなるね。」
「うん……お互い、分かってた方が安心かなって。ほら、これからグループ研修とかも始まるし、飲み会も増えそうだから、直樹くんと過ごせる日はこれで分かるなーって。」
久美子はそう言って、少し照れたように笑った。
その言葉を聞いた瞬間、俺の中で別の意味に変換される。
予定が見えるということは、裏を返せば予定を演出出来るということだ。
「いいと思う。合理的だし。」
「合理的って……ふふ、直樹くんらしい。」
俺の言葉に久美子は嬉しそうに頷いた。
「じゃあ、今日一緒に帰ろうね。」
久美子の言葉に曖昧に返事をしながら、俺は頭の中で別の予定を組み始めていた。
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「ねー直樹、ローション用意した?」
隣に座った真子が、頬杖をついたまま小声でニヤついてきた。
「……は?」
唐突すぎる問いに、俺は思わず眉をひそめた。
「次のチャレンジはローションの方が良くない?」
そう言う真子の顔は悪気がなく、笑顔のままだ。
「……別に、真子に関係ないだろ。」
「アドバイスしてあげたのにさー。」
そう言ってケラケラ笑いながら、真子は椅子を少し揺らした。
「……っていうか、買う時間なかっただろ。」
「いや普通に、ネットでポチれば次の日届くじゃん。」
俺の返しに、真子は気にした様子もなく答えた。
「……そういうもんか。」
「そうそう、出来ることかれやればいいんだよ。」
真子の口調はあまりにも軽く、深刻さもなかったが妙に頭に残る。
「……まぁ真子は、ほんと雑だな。」
「直樹は難しく考えすぎ……なのでは?」
その瞬間、俺の中の考えが整理された気がした。
結局、過程がどうとかじゃなく、上手くいくかどうかの話なのかもしれない。
そう考えると、真子の言葉は妙に合理的に思えた。
「ってか、今日さ、少人数で飲み行くかもなんだけど、直樹も来る?」
真子が急に話題を切り替えた。
「……いや、やめとく。」
「そ。狩野もいるけどねー。来ないん?」
「いや、行かないけど……っていうか何で狩野?」
「え?久美子とは違って、狩野も細身スレンダーの貧乳じゃん。直樹の好みの、さ。」
「……別に、そういうのが好みって訳じゃ。」
俺がそう言うと、真子は「ふーん。」と興味を失ったように視線をスマホへ戻した。
引き止める気配は一切なく、必要なときだけ近づいて、不要になれば離れる。
その距離感はある種合理的で、同時に制御不能だった。
俺は、真子との関係を切るべきかと一瞬考える。
しかし、切る理由が、思いつかなかった。
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今日も研修が終わり、予定通り久美子と駅前のファミレスに入る。
「この前ね、前バイトしてた時の子と話してて……」
話を聞きながらも、俺は時計が気になってしまう。
「それでね…」と、楽しそうに話す久美子の表情は安定している。
久美子が機嫌良好の状態で関係維持が出来ていると、俺は感じた。
「……そっか。いいじゃん。」
そう返すと、久美子は安心したように笑った。
ふと気になって再度時計を見ると、間も無く午後9時を回ろうとしていた。
真子の方は、そろそろ飲み会が終わったのだろうか。
飲み会終わりだったら、真子は誘えば家に来るのではないか。
そんな下衆い考えが脳裏を支配する。
「今日はありがとう。沢山話せてよかった。今度の土日、桜見に行こうね。」
俺の反応が鈍かったのか、久美子は唐突にそう言うと帰り支度を始めた。
「そうだね。今日は遅くなったから帰ろうか。」
俺は伝票を取ると、久美子とともにファミレスを後にした。
改札に着くと、「じゃあ、今日は帰るね。また明日ね。」と、久美子に笑顔で言われた。
「おう、また明日。」
「うん。後でまた連絡するね。」
そう言って久美子は、俺の帰路とは別の改札に消えていった。
久美子の背中を見つめながら、俺はスマホを取り出し、メッセージ画面を表示させる。
目当てのトークルームをタップすると、端的な文を打った。
<今どこ?>
その一文に返信が来るのに、それほど時間はかからなかった。




