第30話「実績解除【紫】」
「……じゃあ、始発まで。」
俺は絞り出すように声を出すと、真冬は軽く頷く。
「よし決まりね。」
真冬は軽い調子でそう言うと、自販機で缶コーヒーを2本買い、その片方を俺へ投げてくる。
「ほら。敗者復活お疲れ様会。」
「優勝逃したのに敗者復活って変だろ。」
「リセットした時点で実質優勝みたいなもんだから。」
真冬は納得したように頷きながら歩き出し、俺もその後を追った。
深夜の中野は、繁華街らしく終電前特有の浮ついた空気が漂っていた。
ポケットの中でスマホが震えるが、俺は確認しなかった。
今だけは、さっきの興奮を味わっていたかったからだ。
「そういえばさ。今日の配信、アーカイブ残るらしいよ。」
歩きながら、真冬が不意に口を開く。
「マジか。」
「WSFから試合の切り抜きも上がるんだって。全部。」
そう言って、真冬はニヤニヤしながらスマホを掲げる。
「あと配信コメント欄、たぶん今見ても面白い。」
「やめとけって。」
「えー、見るー!」
そんな会話を楽しみながら、結局、俺たちは駅近くのラブホテルへ入り、適当に部屋を取った。
真冬は靴を脱ぐなり鞄を放り出し、ベッドへ倒れ込む。
「疲れたー……」
「お前、途中から普通に配信楽しんでただろ。」
「そりゃ楽しいよ。直樹めっちゃ勝つし。」
真冬はベッドへ寝転がったまま、スマホで大会アーカイブを開く。
数秒後、モニターへ配信映像が映し出された。
『――リセット!!グランドファイナル、フルセット突入!!』
実況の絶叫や周りの歓声もしっかり乗っており、先ほどの興奮が再び湧き上がる。
俺も真冬の後ろから画面を見ると、画面内では真冬が俺へ飛びついている。
「うわーぉ、これめっちゃ映ってる。」
「……ほんとだな。」
「しかもコメント、ぷくくっ。」
真冬が笑いながら画面をスクロールする。
<ていうか名前並びがもうカップル大会なんよ>
<まふゆの「なおき」呼びがリアル>
<なおき顔赤くね?w>
<今のハイタッチ、夫婦のそれ>
<なおき「見るな見るな」でガチカップル感ある>
「ほら、夫婦って言われてる。」
「ネットの連中、好き勝手言いすぎだろ。」
「えー、でもちょっと面白いじゃん。」
真冬は肩を揺らしながら笑う。
「名前並びがカップル大会は、ちょっと分かるかも。」
「お前まで乗るな。」
「だって、<まふゆなおき>って、なんか語感いいし。」
真冬は冗談半分みたいな口調でそう言いながら、スマホをくるくる回した。
「ほら、なおまふ派もいる。」
「派閥できてるの意味分からん。」
「人気コンテンツじゃん、私たち。」
そう言って笑う真冬の横顔を見て、俺は少しだけ息を詰まらせる。
久美子といる時みたいに、恋人として正しい反応を返す必要も、真子みたいに言葉の裏を探る必要もない。
ただゲームをして、勝って、騒いでいるだけなのが、ただただ心地よかった。
「……直樹、ちょっと嬉しそう。」
「気のせいだ。」
「いや絶対気のせいじゃない。」
「ほら。また言われてる。」
「読むなって。」
「いやでも、これ、客観的に見たらまあまあそう見えるかも。」
真冬は他人事みたいに笑う軽さに、逆に俺だけが妙に意識してしまう。
モニターの中では、勝った瞬間の俺たちが何度もリプレイされていた。
ハイタッチに肩を掴むほどの距離が鮮明に画面に映り、自分でも思っていた以上に自然だった。
「……なんか変な感じだな。」
「なにが?」
真冬との関係が曖昧すぎて、上手く言葉にできない。
ただ隣で同じゲームをして、勝って、騒いでいただけなのに、そこには他の誰より自然な熱量があった。
「でも、大会の直樹めっちゃ楽しそうだったよ。…配信見てても分かる。」
真冬が、不意にそんなことを言った。
「……そうか?」
「うん。待ち合わせした時より全然生きてる感じするよ。」
その言葉に、少しだけ胸が引っ掛かる。
真冬は俺の隣へ転がってきて、ベッドへ肘をつきながらスマホを眺める。
距離が近いため、真冬の汗と香水が混ざった匂いが微かに近づく。
「ねえ。……今日、お金とか無しでも普通にここ居るの、なんか変だね。」
真冬は笑いながらそう言った。
最初に会った時、俺たちは金で成立する関係だった。
なのに今は、大会帰りにそのまま同じ部屋へ来て、配信を見返して笑っている。
「……たしかに。」
「まあでも、その方が楽か。」
真冬はそう呟くと、スマホをベッドへ放り投げると一気に部屋が静かになる。
モニターから波の音だけが聞こえる中、不意に真冬の指先が、俺の手へ軽く触れる。
確かめるような曖昧な接触のくすぐったさに、俺が視線を向けると、真冬は少しだけ笑った。
「なに。」
「……いや。」
どちらから何を言うまでも無く、自然と距離が近づく。
キスをした瞬間、自分でも驚くくらい自然だった。
久美子への罪悪感も、真子への警戒も、その一瞬だけは頭から消えていた。
ただ、何も考えずに居られる熱だけがあった。
その熱が大会の影響か否かを考える前に、俺は真冬の服に手をかけた。
それに応えるかのように、真冬は俺の首へ腕を回したまま、小さく笑った。
「……なんか今日の直樹、前より男らしいね。」
「そうか?」
「うん。大会でアドレナリン出たって感じ?」
唇が離れた距離のまま、真冬が覗き込むようにこちらを見る。
その視線に押されるように、俺はもう一度真冬へ口付けた。
軽いはずのキスなのに、さっきまで騒がしかった配信の熱とは違う種類の鼓動が、胸の奥でゆっくり大きくなる。
真冬は笑ったまま、ベッドへ身体を預け、その拍子に、少しだけ捲れたトップスの隙間から、細い腰が覗いた。
くびれのラインに沿うように、小さな臍ピアスがオレンジ色の照明を反射する。
「……それ、この前のピアスから変えた?」
「ん?これ?3日前に変えたけど、よく気付いたね。」
真冬は自分の臍へ軽く触れる。
「配信では見えてないから、これを知ってるのは直樹だけだね。」
小悪魔っぽく笑いながらそう言う真冬の身体は、狩野みたいな繊細な骨格とはまた違う。
健康的に細く、動きに合わせてしなやかに形が変わる。
特に、腰骨の少し内側へ落ちる窪みが扇情的だ。
指をその窪みにそっと滑らせると、真冬が少しだけ肩を揺らす。
「……くすぐった。」
「そこ、なんか綺麗だなって。」
「なにそれ。骨フェチ?窪みフェチ?」
「否定はしない。」
「ぷっ、へんたーい。」
真冬は声を殺して笑いながら、俺の胸を軽く押す。
その軽さが、逆に心地良かった。
誰かを管理するとか、矛盾がどうとか、そんなことを考えなくていい。
今ここで真冬といる時間だけ、頭の中のノイズが薄くなる。
真冬は笑顔のまま、俺の首元へ額を寄せ、そのまま首筋へ小さく唇が落ちた。
「……真冬?」
「んー?」
返事をしながら、真冬は悪戯っぽくもう一度首元へ触れる。
軽く吸われる感覚に、ぞくりと背筋が震えた。
「……おい。」
「なに。」
「跡つくだろ。」
そう言いながらも、止める気になれない。
むしろ、自分でも驚くほど、その感覚が気持ち良かった。
普段なら真っ先に考えるはずの、「隠せるか」、「久美子に見られないか」、「整合性が崩れないか」と言った思考が、うまく浮かんでこない。
真冬はくすっと笑いながら、首元へ軽く額を押し付け再度俺に吸い付いた。
「直樹、跡付いたら困るのかなー?」
「……さぁな。」
大会終わりの高揚感か、真冬といると頭が空になるからか、理由は分からない。
ただ、今だけは管理することは考えなくいい気がしていた。
真冬の指先が、俺のシャツ越しにゆっくり胸元をなぞる。
その度に、張り詰めていた神経が少しずつ緩んでいく。
「……直樹。」
名前を呼ばれ、視線を落とすと真冬は少し眠たそうな目でこちらを見上げながら、小さく笑った。
その表情が妙に愛おしく見えてしまい、俺は何も言えなくなる。
俺は真冬の髪へ指を通し、そのままゆっくり身体を重ねる。
真冬は抵抗することなく、「いいよ。おいで。」と言い、小さく目を閉じた。
薄暗い部屋の中に、波音の映像の隙間に、俺と真冬の息遣いだけが途切れながら響いた。
これで第一話の5人については全員実績解除となりました。
紫がこのタイミングなのは、実績解除は単純な身体の関係ではなく、無課金かつ少しの心の繋がりが発生している状態という定義です。




