第24話「【紫】の交渉」
真冬は悪戯っぽく笑いながら、俺のシャツの裾へ指をかける。
その仕草があまりにも自然で、俺は反応が少し遅れた。
「え、あ……」
「直樹、こういう店は初めてって感じだね。」
からかうように笑いながら、真冬は俺のボタンを1つずつ外していく。
距離が近くなり、真冬の香水とシャンプーが混ざった甘い匂いが、鼻腔へ入り込んでくる。
こういう時、普通はもっと気まずくなるものだと思っていた。
だが真冬は、変に空気を作ったりせず、ゲームセンター帰りにラーメンに行くみたいな軽さで、自然に距離を詰めてくる。
「肩、力入ってる。」
「……そりゃ入るだろ。」
「大丈夫だって。ちゃんとここも食べてあげるから。」
真冬はそう言って俺の股間を指で弾いて笑うと、シャツをハンガーへ掛けた。
そして俺の方へ振り替えると、そのまま首元へ軽く唇を寄せた。
一瞬だけ身体が強張るのを感じ取ったのか、真冬はまた小さく笑って、今度は口に向かって深く口づけをしてきた。
俺に抵抗する隙も与えず、熱い舌が滑り込んでくる。
貪るような口づけの途中で、硬質な何かが俺の舌を掠めた。
口内の熱の中で、温い金属の感触が異物として強烈に自己主張してくる。
驚きで目を丸くする俺を他所に、真冬はその金属の粒を器用に使い、俺の舌裏や上顎を愛撫するように転がした。
未経験の痺れる感覚に、思わず鼻から熱い吐息が漏れる。
その金属の刺激に翻弄され、気付けば俺自身が彼女の頭を抱え込み、その深い粘膜の熱に酔いしれていた。
ようやく唇が離れた時、俺の口元はだらしなく緩んでいた。
「……舌ピ…してるんだ。」
俺が荒くなった息を整えながら言うと、真冬は「んー?」と満足気に目を細め、ピンク色の舌をぺろっと突き出した。
中央に嵌め込まれたシルバーのボールが、唾液に濡れてテロテロとした光を放つ。
「そだよー。これ、皆に評判良くてさー、すっごい良いらしいから、後で期待しててよ?」
耳元で囁かれた真冬の掠れた声に、背筋をゾクリとした熱が駆け抜けた。
「反応かわい。」
その言葉に、俺は妙に体温が上がった。
久美子の時みたいな失敗したくない緊張や、真子の時みたいな勢いに呑まれる感覚とも違う。
真冬は、相手を安心させながらも、淫靡な雰囲気で境界線を越えてくる。
気付けば、抵抗感や居心地の良さよりも、興奮が勝っていた。
「ほら、お風呂行こ?」
真冬が俺の手を引き、そのまま浴室へ向かう。
白い照明に照らされた細い背中が、やけに艶っぽく見えた。
「ほら、直樹も早くー。」
まるで長年の友達でも呼ぶみたいな気軽さで、真冬が俺を呼んだ。
その声に誘われるように、そのまま浴室へと歩いていく。
お互いが裸のまま浴室へ入ると、湯気の立った狭い空間の中で、真冬は慣れた手付きでシャワーを調整しながら、ちらりと俺を見る。
想像以上にスレンダーな肢体だった。
病的では無いが、浮き出ていて欲しい部分の骨はしっかりと確認できる。
肩鎖関節から鎖骨、8番目あたりから下の肋骨、腸骨の羽に、くるぶしと、随所に魅力が見て取れる。
キュッと引き締まっ身体から感じる骨のラインが、濡れた肌に張り付く髪と相まって暴力的なほどに扇情的だ。
そして、その平坦で白い下腹部の窪みに、小さなラインストーンのついたピアスが埋め込まれていた。
それがシャワーの雫を弾きながら、真冬の透き通るような白肌を余計に淫らに引き立てている。
真冬は濡れた手で自分の細い腰をなぞりあげながら、俺に向かって悪戯な笑みを浮かべた。
「直樹って、細身の子が好きそうだよねー。」
滴る水が鋭い鎖骨の窪みを伝い、ほぼ膨らみがないという美しい胸の膨らみへと滑り落ちていく。
「……え、そんなこと分かる?」
その一連の視覚刺激があまりに眩しく、俺の視線は完全に彼女の骨格にロックされていた。
「分かるよー。だって、さっきから鎖骨とかくびればっか見てたし。」
見透かされたような指摘に、思わず言葉が詰まる。
真冬はケラケラ笑いながら、スポンジを泡立てる。
揶揄うのに不快にならないという、その距離感が絶妙だった。
踏み込み過ぎないのに、自然と俺の緊張をほどいてくる。
「肩、力入りすぎ。はい、リラックスリラックスー。」
「……まぁ、こういうとこ初めてだから。」
「そうだよねー、よしよし。」
真冬は俺を包み込み、あやすように頷いた。
「じゃ、今日は優しく、気持ちよくさせたげるね。」
その言い方が、俺にはすごく大人びて聞こえた。
泡だらけになった真冬の指先が首筋を滑るたび、緊張と熱が少しずつ混ざっていく。
真冬は、俺の呼吸や反応を読むのが上手く、どんどん俺の感じる箇所を的確に触った。
どこが気持ちよく感じ、どこが不快なのか、全部分かった上で、少しずつ安心させるように距離を詰めてくる。
だから気付けば、最初に感じていた後ろめたさも緊張も、かなり薄れていた。
浴室を出たあとも、真冬はゲームの話を途切れさせなかった。
「そういや次のアプデ、カオカタ弱体化らしいじゃん。」
「あれマジだったら普通に萎える。」
「だよねー!前回も弱体化だったのに、絶対運営エアプだって!」
笑いながら肩へもたれかかってくるため、あたった髪の毛が少しこそばゆい。
「そろそろ、こっちの雰囲気にしてあげるね。」
妖艶に笑いながら俺に手を添える真冬の仕草に、俺の感覚が少しずつ麻痺していく。
ここが金を払って来る場所だということを、忘れそうになるくらいに。
そのまま俺は、真冬の意思のままベッドの上で転がされた。
「……ねぇ、直樹。」
不意に、真冬が少しだけ声色を変えた。
さっきまでの軽い調子とは違う、甘く落ちるような声音だ。
細い指が胸元をなぞり、そのまま耳元へ唇が近づく。
「もっと気持ちよくなりたい?」
その一言だけで、俺の頭が一気に熱くなる。
真冬は俺の反応を見ると、小悪魔みたいに笑った。
「お小遣いくれたら、最後までいいよ?」
俺はその言葉に、一瞬だけ迷った。
普段の俺なら、こういう想定外の追加コストには慎重になる。
費用対効果や必要性を検討し、妥当だと判断してから決断する。
だが、その時の俺は、それまでの行為による快感で、自分でも驚くほど簡単に財布の紐を解いた。
「……お願いする。」
「ありがと。じゃ、今日はいっぱい甘やかしてあげる。思うようにしていいからね。」
真冬が微笑みながら俺の頭を撫で、近くにあった帽子に手を伸ばす。
それ見た瞬間、俺の中で何かが完全に切り替わった。
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数十分後。
ベッドへ仰向けになりながら、俺はぼんやり天井を見つめる。
その時には身体の力が抜け切っていた。
「直樹、顔やば。完全に溶けてるじゃん。」
真冬が楽しそうに笑いながら、隣へ転がってくる。
「……プロって、こんな凄いって思わなかった。めちゃくちゃ良かった。」
少ない経験しかない俺でも、気持ち良さの質が全然違うのが分かった。
真子、久美子、明日菜の3人とは一線を画すプロの技。
相手の反応を読みながら的確にツボを捉えた、これまでに味わったことの無い感覚。
「んふふ、でしょー?でも、褒めても何も出ないよ?」
「……愛液が出るじゃん。」
「えー、出させてくれるのー?…こうやってかなぁ?」
そう言って真冬は俺の右手を、そっと自身の秘部に導いた。
俺の品のない会話すら、心地のいい反応をくれる。
「……ハマりそう、やば。」
真冬の接客の技術から、思わず漏れた呟きに、真冬が吹き出す。
「ははっ、そんなに良かったんだ。ハマってもいいけど、ちゃんと生活できる範囲で遊びなね。」
その笑い声を聞きながら、俺は妙に満たされた感覚を覚えていた。
「それはそうだけど、気持ちよさもそうだけど、優しさに包まれた気がしてさ…」
「だから言ったじゃん。初めてなら優しくするって。」
その瞬間、真冬が始まる前にセットしていたアラームが鳴った。
「あ、時間そろそろだ。シャワー浴びよ!」
その宣告で、俺は延長不可だと釘を刺された事を思い出した。
名残惜しさしか感じない、またもう一回が欲しくなる。
このまま延長できないことに、想像以上の物足りなさを覚えている自分がいた。
「わかった。シャワー行こう。」
俺が立つと、真冬は全裸のまま俺の腕を組んだ。
俺の右の二の腕から、真冬の薄い胸の感触が伝わり、再び中心に熱が集まるのを感じた。




