第23話「【紫】の趣味」
ドアの向こうから入ってきた女を見て、俺は一瞬だけ視線を止めた。
サイトの写真では明るい茶髪のストレートヘアだったはずだ。
しかし、実際に現れた彼女は、金髪に近い派手なカラーへ変わっていた。
紫寄りのインナーカラーに、ゆるく巻かれた髪。
さらに写真より少し年上に見え、二十代後半くらいだと推測した。
だが、パネマジというレベルではなく、不思議と嫌な感じはしなかった。
むしろ、俺が最初に目へ入ったのは体型だった。
白くて細いその身体は、無駄なく締まっていて、胸も慎ましい。
露出度の高い服から覗く鎖骨と肩のラインに、思わず唾を飲み込んだ。
そして何より空気感が真子に少し似ていて、距離感が軽い。
これから初対面の男とナニするために部屋へ入ってきたはずなのに、自然体に見える。
「うわ、お兄さん結構若いじゃん。私、高岡真夏ね。入っていい?」
真夏は、そう明るく笑いながら部屋へ入ってくる。
「あ、どうも。佐藤です。」
営業用の軽いノリだと分かるのに、その明るさが妙に心地良かった。
だが、真夏は挨拶もそこそこに、俺の手元にあるスマホを指差した。
「あ、そのケース。カオカタ好きなん?」
「……え?好きっていうか持ちキャラ。」
「えー!偶然!うちもうちも!カオカタ好きすぎて源氏名高岡にしたんだもん!」
俺は一瞬、思考が停止したが、すぐに真夏の源氏名から理解した。
「カオカタの逆読みってこと!?…ってか、格ゲーやんの?」
「やってるやってる!一応20段だよ!佐藤くんは?」
緊張していた空気が、一変したのが分かる。
営業トークとして、客の持ち物から話題を広げるのは基本中の基本だ。
そんなこと分かっているのに、会話のが驚くほどスムーズで楽しくなる。
「今、コンシューマー版は24段。ゲーセンは全然だけど。」
「うわ、マジ!?あとちょっとで文字段位じゃん!つっよ!!」
真夏が大袈裟なくらい目を丸くした。
その反応が、真子との約束をドタキャンされた俺には妙に気持ち良かった。
明日菜みたいな尊敬とも違い、久美子みたいな無条件の肯定とも違う視線だ。
ちゃんとゲームを知っている人間から、「すごい」と言われる感覚が癖になりそうだった。
「いや、家庭用勢だから。ゲーセンだと家のアケコンと感覚違って普通にボコられる。」
「それでも24はやばいって!」
ケラケラ笑いながら、真夏は自然な動作で俺の隣へ腰を下ろす。
一気に距離が近くなるのに、不思議と警戒感がなく、ただ単純に会話のテンポが楽だった。
「ねー、フレ申していい?佐藤くんみたいな強いカオカタ使いと普通に遊びたいんだよねー!」
「……いいけど。俺、インするの深夜か土日だぞ?」
「最高じゃん。私もだいたい平日昼出勤だから、ゲームは夜型なんだよねー。」
真夏はそう言いながらスマホを取り出す。
その仕草がやたら自然で、一瞬ここがラブホテルだということを忘れそうになる。
「検索するからID見せてー!」
「はい。」
「Naoki_s_4649……って、これ本名?」
「あ、バレた。」
「ウケる。警戒心なさすぎじゃん。」
「そっちも、mafuyouuuuuって。真冬って本名じゃないの?」
「しまった!由布真冬だとバレてしまった!?」
「えっ、苗字は自分でバラしてんじゃん!」
その掛け合いが面白くて、思わず2人で笑い合う。
たった数分前まで感じていた緊張が、いつの間にか薄れていた。
こんな風に、初対面の相手と普通に盛り上がったのは、いつ以来だろう。
でも真冬との会話には、妙な気楽さがあり、正解を探らなくていいし、変に格好つけなくていい。
「ってか、直樹のトロフィー実績やば、ほぼコンプじゃん……それにプレイ時間3500時間って何。」
「いきなり名前呼びかよ……」
「え、どっちでも良くない?うちのことも真冬で良いよ。バレたし。」
「オッケー、…で、まぁ、俺はモテないからゲームに逃げてただけ。」
「えー、ゲームは逃げじゃないでしょ。恋愛より楽しいし。」
「……それは間違いない。」
自然と笑いが漏れた瞬間に、俺は真冬といると、妙に呼吸が楽だったことに気付いた。
「あ!ってか、結構やってるゲーム被ってるね!」
「ほんとだ、真冬って、格ゲーだけじゃなくて、オープンワールド系もやるんだね。」
「話題作だけー、って感じだけど好き寄りではあるなー。」
雑談しながら笑顔を絶やさない真冬を横目に見ながら、俺の中で新しいラベルが生成される。
恋愛でも情緒的な依存も伴わない関係性。
ただ、特定の目的を果たすため、使い勝手の良い外部インターフェースのようなもの。
そう定義した瞬間、先ほどまでの胸のざわつきが嘘のように消えた。
真子という不確定要素に対し、予備のサーバーを手に入れたような感覚。
「じゃ、格ゲーで盛り上がりきる前に、こっちの『試合』から片付けよっか?お風呂一緒に行こ。」
俺の緊張が溶けてきたのが分かったのか、真冬が艶っぽく微笑んだ。
そのままゆっくり、俺の首筋に手を回し、軽く触れるだけのキスをした。
責められる感覚に慣れていなくて、思わず身体が強張ってしまう。
「ふふ、そんな緊張しなくても大丈夫だって。」
真冬は笑いながら俺の肩を軽く叩き、今度は妖艶に笑った。
これで、第一話の五色が揃いました。




