第13話「【緑】の態度」
周囲では、別テーブルの先輩たちが恋愛トークだのソシャゲだので騒いでいる。
その喧騒から半歩外れた場所みたいに、俺と狩野の周囲だけ少し静かだった。
「研修の時も、結構そういう感じだったよね。」
「どういう?」
「なんか、人に合わせるより、自分のペース崩さない感じ。」
言われてみれば、これまでの人生でもそうだったかもしれない。
必要以上に群れるのは疲れる。
だから研修中も、雑談に混ざるより、真子とゲームの話をしている方が楽だった。
「そういえば佐藤って、研修中ずっと小松さんと一緒にいたよね。」
狩野が、何気ない調子で言った。
「あー、席隣だったし。」
「結構話してたし、付き合ってるのかと思ってた。」
「違う違う。ただゲームの趣味合うだけ。」
そう答えると、狩野は「……ふーん。」とだけ返し、グラスへ口を付ける。
ただ、その直後。
さっきまでより、少しだけ話しやすそうな空気になっていた。
「狩野って、同期の飲み会あんまり来ないよね。」
「佐藤もそういうイメージだけど?私は、まあ……人多いの苦手で。」
狩野は苦笑しながら烏龍茶を持つ。
「休みの日も、家いること多い?」
「うーん、どうだろ。テーマパークとかは結構行くかも。年パス持ってるし。」
「え、意外。」
「よく言われる。」
狩野がそう言って少しだけ恥ずかしそうに笑う。
「なんか、ああいう細かいディティールにこだわり抜かれた非日常、めっちゃ好きなんだよね。」
「へえ。」
「暇な日は1人でも普通に行くし。学生の時は、夕飯食べに行くとかでインパしてたこともあるし。」
「ガチ勢じゃん。」
そう返すと、狩野は珍しく少しだけ声を出して笑った。
「佐藤って、テーマパークとか行くタイプに見えない。」
「まあ、ほぼ行ったことない。」
「え、ほんとに?」
狩野が少し意外そうに目を丸くする。
「学生の頃、研究とバイトばっかだし、人多いの苦手だし。」
「あー……何かめっちゃ想像つくかも。」
狩野は小さく笑いながら、枝豆を摘まんだ。
「でも、そういう人ほど行ったらハマるかもよ。作り込まれた夢の空間の心地よさに。」
「作り込まれた空間って?」
俺の疑問に、狩野が少し得意げな顔になった。
「エリアごとに音とか匂いとか違ったり、アトラクションのQラインも世界観が設計されててストーリーが感じ取れるし、パレード待ちの人の流れとかも、ちゃんと考えられてるし。」
そこまで一気に喋ってから、狩野は「あ、ごめん」と少し恥ずかしそうに笑った。
「いや、いきなり饒舌になったな。」
「好きなものの話だと、ちょっと抑えられなくて……はは。」
そう言った狩野の表情が、俺の目には少し幼く見えた。
部署では5年次くらいの落ち着きが見えるのに、好きな話をしている時だけ年相応に笑顔になる。
「佐藤は?そういう夢中になる趣味ないの?」
「ゲームくらい。」
「小松さんとやってるやつ?」
「まあ、それも含めて、ゲーム全般かな。」
そう答えると、狩野は一瞬だけ視線を止めたあと、「ふーん。」とだけ返した。
狩野は真子のことは少し気にしていたらしいが、さっきまでみたいな警戒感はもう薄かった。
「でも、ゲーム好きなら絶対ハマると思うけどな。」
「そんなに?」
「うん。なんか、最適化好きそうだし。」
「何それ。」
「アトラクション回る順番とか、待ち時間アプリ見ながらルート組んだりするの、好きそう。」
「……それはちょっと楽しそう。」
俺が思わず本音をこぼすと、狩野が可笑しそうに笑った。
「でしょ?」
その笑い方は、さっき先輩達に囲まれていた時の愛想笑いとは全然違っていた。
気付けば終電が近くなり、二次会も流れ解散になった。
「じゃ、また明日。」
「うん。今日はありがと。」
店の前で軽く会釈した狩野は、少しだけ柔らかい表情のまま駅の方へ歩いていく。
俺も反対側のホームへ向かいながら、スマホを取り出した。
通知欄には、久美子からのメッセージが来ていた。
<歓迎会終わった?>
そのタイミングで、通話画面が表示される。
「もしもし。」
『直樹くんおつかれ。既読ついたからかけちゃった。……今帰り?』
「うん。」
駅のホームへ降りながら、俺はさっきまでの二次会を適当に思い返した。
『どうだった?』
「まあ、一次会は想像してた会社の飲み会って感じだったかな。二次会は若手だけだったから、結構カオスだったけど。」
『あー……若手だけになるとそうなりそうだね。』
「狩野が、めっちゃ飲まされてた。」
『え、大丈夫だったの?』
「まあ、途中で席移動させた。」
そう言うと、電話の向こうで久美子が少し笑った。
『ちゃんと助けたんだ。直樹くんえらい。』
「別に。明日朝から同じ当番だし、潰れたら面倒だからだよ。」
『ふふ、直樹君って照れてる時そういう言い方するよね。』
電車がホームへ滑り込んでくる。
『でも、そういう時ちゃんと動けるの、私は好きだよ。』
その言葉に、俺は一瞬だけ返事に詰まった。
「……そっか、あ、電車来たから切るね。」
俺は返事を聞かずに通話を切って、電車へ乗り込む。
スマホをしまい、窓へ映った自分の顔を見る。
その直後、ふと頭の中に浮かんだのは、さっき少しだけ嬉しそうに笑った狩野の顔だった。




