第12話「【緑】と新人歓迎会」
うちの部署の歓迎会は、正直言えばかなり疲れた。
配属されたばかりの新人である俺や狩野は、ほぼ全員へ挨拶を強制され、瓶ビール片手に各テーブルを回った。
名前を覚えていない上司や先輩に同じ自己紹介をしながらお酌に回り、空いたグラスを見つければビールを注ぎ、何を言われても笑顔で応対した。
「頑張ってくれよ!」と何度も肩を叩かれながら、過去の武勇伝や、昔の炎上案件等、どの上司・先輩も話が止まらない。
愛想笑いを続けているうちに、気付けば開始から2時間半が経っていた。
ようやくお開きの空気になり、上司たちが店を後にした後、3年目の茶髪の先輩が大きな声を上げる。
「はいはい、真面目会終了ー!若手だけで二次会行くやつー!」
「うわ、出た。」
「佐藤、お前も来いよ。まだ新人で猫被ってんだろ?」
俺が近くにいた先輩にいじられると、周囲が笑う。
断るほどの理由もなく、俺はその流れに乗った。
3年目以下のほぼ全員が移動した先の居酒屋は、一次会よりずっと狭く、座敷席だった。
「とりあえず、生を人数分と鏡月2本ね!」
先輩の雑な注文が、俺の後ろの方で聞こえた。
先輩達はネクタイを外したり、髪を解いたり、さっきより遥かに雑なテンションになったことが分かる。
中には酒癖の悪そうな先輩も居り、うちの部署に配属になった女性のうち一番綺麗な狩野が囲まれていた。
「佐藤は研修の時から優秀って評価だけど、真面目すぎて面白くねーわ!」
赤ら顔の先輩に絡まれ、俺は「普通ですよ。」と適当にグラスを合わせた。
その時、俺の視界の端で、隣の列に座っていた狩野里香が、隣の先輩から執拗に酒を注がれているのが見えた。
「ほーら!狩野ちゃん行くよー!」
狩野は困ったように眉を下げながらも、断り切れずにグラスを受け取った。
そこへ、鏡月がそのままなみなみと注がれていく。
「お前、女子相手に容赦ねー!ストレートはやばい!」
「いやいや、若いうちは気合いっしょ!」
そう言って先輩達が笑うと、狩野も愛想笑いを返していたが、明らかに困っていた。
「狩野ちゃん細いしなー。酔ったらすぐ倒れそう。」
「でも、こういうスレンダー好きなやつ絶対いるよな。」
酔った先輩の一人が、笑いながら狩野の肩へ軽く手を置く。
「いや絶対モテるって。守ってあげたくなる系?」
「分かる分かる。なんか折れそうだし。」
そのまま指先が、肩から二の腕へゆっくり滑った。
狩野の身体が一瞬だけ強張ったのが分かったが、狩野はそれを振り払えなかった。
「お前、それ普通にセクハラだからな?」
別の先輩が笑いながら茶化しているが、本気で止めている空気でもなかった。
「いやいや、褒めてんじゃん。」
「狩野ちゃん絶対こういう男苦手そう。」
「ていうかスレンダーから、逆に細身好きには刺さるんだよな。」
「お前それ変態寄りだろ。」
さらに下卑た笑いが起き、それでも狩野は困ったように笑っていた。
否定もできず、怒ることもできず、ただ空気が早く流れていくのをひたすら待っているようだ。
グラスを持つ指先だけが、少し強く力んでいるように見えるのは、空気を壊さないことを優先して、全部飲み込んでいるためだろうか。
「グラス空いてるやつ、適当に詰めろー!」
酔った先輩の声で、座敷の席順が少し崩れる。
そのタイミングで、俺は空いた自分の隣を軽く叩いた。
「狩野、こっち来る?そこ完全に潰しにかかってるし。」
「……え、あ。」
狩野は一瞬だけ周囲を見たあと、「ちょっと移動しますね……」と小さく会釈して席を立った。
「なんだ佐藤、保護者かよー。」
「えー、狩野ちゃんそっちいくのー?」
狩野の隣に座っていた先輩が、がなり声を上げた。
「いや、明日使い物にならなくなったら困るじゃないですか。俺と狩野が明日朝当番何ですから。」
適当に返しながら、俺は狩野の前に置かれていた鏡月のグラスを取る。
「これ俺、飲みますから。」
「かっこつけ優等生ムーブじゃん!」
「いやいや、合理的って言ってください。」
周囲が笑っているその空気に紛れるように、「……ありがと。」と、狩野が小さく呟いた。
俺は新しく来た烏龍茶を、狩野の前へ滑らせる。
「それ飲んでいいよ。俺も追加で頼むから。」
「……うん、ありがとう。」
さっきまでより、狩野の声の硬さが少しだけ抜けていた。
「……飲み会、苦手?」
何となく聞くと、狩野は少しだけ困ったように笑った。
「苦手、というか……こういう激しめのノリは、断るタイミングが分からなくて。」
「まあ、ああいう人いるよね。」
俺はそう言いながら、メニュー表を適当に開く。
別に慰めたいわけじゃないが、面倒事は少ない方がいいくらいの話だった。
「でも、ちょっと意外だった。」
狩野が、烏龍茶のグラスを両手で持ちながら言った。
「何が?」
「さっきみたいに、ちゃんと止めるタイプなんだなって。」
「止めたっていうか、あれ以上飲まされると明日の朝が面倒だっただけ。」
「ふふ、合理的。」
少しだけ笑った狩野は、さっきまでより自然に俺の方を見ていた。




