第4話 「Leave it to us.(僕に任せて)」
『まどかちゃんにとって、見た目って重要なの?』
その言葉が、頭の中を駆け巡る。
そんなつもりなんて、全然無かった。ただ、「ジミー」なんてあだ名、あなたに相応しくないと思った。
凄く綺麗な目をして、暖かい雰囲気を持っているあなたは地味なんかじゃない。
それを皆に知ってもらいたかった。
あんな悪口や陰口を叩かせたくなかったの。
でも、それは結局、私の自己満足だったかもしれない。
今の直人さんを、否定するような言葉を口にしてしまったのかもしれない。
どうしよう。私、嫌われてしまったかな。そうしたら、きっと立ち直れない。
だって四年間、ずっと好きだったのよ。直人さんは知らないと思うけど、でも私はあなたの一挙一動を見ていた。
誰の手を借りずに、プレゼン資料を作り。
日本人相手だともたついているけど、それが英語圏内に入ると、別人じゃないかと思うほど饒舌になって。
私は英語苦手だから、話している意味、全然分からないけど。でも、最後は納得しているらしい外国人のお客様の顔を見ていれば分かるわ。論破したっていうの。
そしてあなたは微笑んで、最後に言う言葉。
「Leave it to us.」
私たちにお任せください。そう言う頼もしい姿を、社内の人たちは知らない。
だからこそ、私は出来るだけ、彼の力になりたいと思っていたのに。
見た目で判断するような、最低な女に思われてしまったかもしれない。
人生で初めて味わうくらい、ずずーんと地の底まで落ち込んでいった。
午後一番に始まる打ち合わせ……そのために、私は給湯室でコーヒーを作り、トレーに載せて第三会議室の扉をノックした。
広いこの会議室の中央に、すでに五人が揃ってる。
二人はこの会社の人間……直人さんと開発部の男の人だ。後の三人は、外国からいらしたお客様。今日は、サンフランシスコじゃなく、ええと、そのすぐ下のサンノゼだったかしら……。
「失礼致します」
そう言って、私はコーヒーをお客様から配り始める。ちらりと端末を操作している直人さんを見た。彼もふいに、顔を上げて私に目を向けた。
どきん、と心臓が高鳴った。
軽蔑の眼差し? 違う? その瞳は今、どんな色なの?
「…………!!」
お客様の、声にならない悲鳴が聞こえた。
はっとして意識を戻すと、…………うそっ!!
私、淹れて来たコーヒーカップを総倒しにしてしまい、それがお客様に掛かってしまっていた!!
「たっ……大変申し訳ございません!!」
私は慌ててトレーの上に置いてあった布巾を机に載せ、そしてポケットからハンカチを取り出してお客様のスラックスに押し当てた。
跪く私の上で、激しい言葉が聞こえる。ああ、怒ってらしてる。どうしよう……こんな失敗初めて。もう、泣き出しそう。
必死になって、スラックスの染みを落としていると、普段では絶対聞けないような声が聞こえた。
「We're extremely sorry. She is usually not a person to perform such a blunder.」
(大変申し訳ございませんでした。彼女はこんな失態をする女性ではないのですが)
その穏やかな声は……直人さん?
「She must have been fascinated by your wonderful mustache, Mr. George. Japanese businessmen seldom grow facial hair, you see.」
(きっと、ジョージ氏のその見事な口ひげに見とれてしまったのでしょうね。日本人のサラリーマンは、口ひげを蓄えることはあまりありませんから。)
言ってること、全然意味分からない。だけど、私が拭いているスラックスの主が、可笑しそうに笑ったのは分かった。
「I see. If I have managed to capture the heart of such a beautiful woman even for a moment, I should accept a little punishment like this.」
(そうか、この美しい女性の心をひと時でも手に入れられたのなら、これくらいの罰は甘んじて受けなくてはならないな)
お客様は、にこりと笑って私のハンカチを握り締めた手ごと掴んで、私を立ち上がらせた。そして、胸に手を当てて優雅に腰を落としてくれた。
「There's no need foryou to worry any more. Would you care to serve me a fresh cup of coffee?」
ぽかんとしている私に、直人さんは小さく教えてくれた。
「もう、気にしなくていいって。新しいコーヒーを淹れてくれるかなって……笑顔もサービスしてくれると、嬉しいって」
びっくりした私は、直人さんとにこにこ笑うお客様を見比べて、そして頭をぺこりと下げてトレーを手にした。
そしてね、引き攣りませんように。そう祈りながら、新しいコーヒーを差し出しながら、
「I'm very sorry.」(大変申し訳ございませんでした)
そう言いながら、私が浮かべることが出来る、最上級の微笑みを浮かべた。お客様はにこりと笑って許してくださったし、直人さんはそこからスムーズに打ち合わせに持って行ってくれたし。
良かった、何とかなった。
ほっとして、給湯室に向かいながら、はっと気付いた。お客様……笑顔もサービスって……『smile』って単語、言わなかったよ。
それくらい、私にも分かるのに。
直人さん、気を遣ってくれたのね。私が、沈んでいたこと、気付いてくれたのかな。
あの英語のやりとり、全然私には分からなかった。どう、フォローしてくれたのかな。後で教えてもらおう。そして、たくさん謝って、私の気持ち、もっと伝えていこう。
まだまだ、全然言葉が足りない私たち。
いつも不安で、いつもどきどきして、どこまでも心が揺れ動く。
そんなんじゃダメだと思うの。もっともっと、私がどれだけあなたを好きなのかを知ってもらいたい。
そしてね……出来れば、あなたの気持ち、もう少し知りたいよ。そうしたら、私はもっときっと、安心出来ると思う。
午前中に会議で使った食器を洗いながら、私は後で直人さんにこっそりメールをしようと決めた。
『夕ご飯、一緒に食べよう?』
待ってるから。ご飯がダメなら、一緒に飲もう? 少しでも、一緒にいたいの。
あなたを傷つけた。そのことを謝りたい。
私をフォローしてくれた。そのことのお礼を言いたい。
そして何より、私の気持ちを伝えたい。好き。大好きなの。どんな姿でも構わない。あなたのことが、大好きなのよ。
その気持ちが、伝わればいいな。
恋してるだけの時よりも、ずっと大変かもしれない今の状態。
だけど、あなたから『好き』って言ってもらいたいから。だから。
たくさんの言葉のやりとりをして、心を通わせたいな。そう、思った。




