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恋するアフロディーテ  作者: 沙莉
恋と好きの意味

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8/15

第3話 口は災いの元、恋は後悔の先

居室に戻ると、もう石橋さんは会議に入ってしまったようだ。


申し訳ないけど、凄くほっとした。そしてそう思う自分に、溜息をつく。


私生活のことと仕事を一緒くたに考えてしまっている。私は、企画室の庶務。その中の社員がこの場にいないことに、ほっとしているなんて。ダメじゃない。


直人さんとのことは、私用なんだから。他の人には、関係ないこと。だから、なるべく迷惑を掛けないようにしなくちゃ。


それを、石橋さんにもお願いしよう。そして、はっきりと伝えよう。


私が好きなのは、直人さん……不破さんなんだって。石橋さんの思いに応えられずに、ごめんなさいって。


改めてはっきり言えば、きっと分かってくれるはず。


一緒に戻ってきた直人さんは、もうフリーズしたパソコンを立ち上げて、仕事を再開してる。今日、打ち合わせがあるって言っていたものね。その資料を作らなくちゃいけないんだ。


忙しいはずなのに、私のために時間を割いてくれて……申し訳なく思う反面、何だか、心がほんわかした。


そしてね、気合が入った。


私、一人じゃない。直人さんが、私たちのために、石橋さんへのことを、考えてくれるって言ってた。


その言葉があれば、きっと大丈夫。


よっしゃ、頑張ろう!!


私もパソコンを立ち上げなおし、本日の私のスケジュールを組みなおして。通りすがりに挨拶してくれる、他の部署の人にもにっこりと笑顔を浮かべて。


頑張るぞ。そう、再び心で気合を入れなおした。




きーんこーんかーんこーん。




昼休憩を知らせるチャイムが鳴った。この会社、始業、昼休憩、終業の時間を知らせるチャイムが鳴る。何だか学生時代に戻ったような気分になる。


そして伸びをしたり、深く溜息をつく社員達の間を縫って、私はまだカチャカチャキーボードを打ち続ける直人さんの隣に立った。


「不破さん、まだまだ終わりそうもない?」


私の言葉に、手を止めた直人さんが私を見上げた。何だか不思議そうな顔をしている。


意味が、分からないみたい。私はくすりと笑って、お財布を彼に見せた。


「お昼の時間よ。よかったら、一緒に食べよう?」


そう言ったら、直人さんはボンッ! と音がなるんじゃないかって思うほど、勢いよく顔を真っ赤にして。


そして、再びパソコンのディスプレイに目を向けてしまった。


「えっと……もう少しで、終わるんだけど……」


ああ、キリが悪いのね。ならば。


「それじゃあ、先に食堂に行っているね。場所、取って置くから」


そう言って、私は向こうで待っていた同じ企画室の里佳と、総務の真菜、それに人事部の小百合の下に行った。


大体、想像通りの反応だった。でも、拒否しなかった。私と、一緒にお昼ご飯を食べるのを。それだけで、凄く嬉しい!


にまにまと笑っていると、真菜が私を覗き込み、そして里佳に囁いた。


「あの噂、本当だったんだね。まどかがまさかの恋に墜ちたって。相手があのジミーだって、本当だったなんてねー」


聞こえないように言っているつもりだろうけど、私に全て丸聞こえ! それに、まさかって何よ。私の好みの男性のタイプなんて知らないくせにー!


憤然としている私を見て、小百合が苦笑して言った。


「まどか、凄く嬉しそうね。お邪魔しちゃ悪いし、私たちは別の席で食べよう?」


「ええー!? 不破さんとまどかが、どんな雰囲気でいるのか見たいのに!」


里佳はそう不平を垂れるけど、でも私は小百合の意見に大賛成よ! そうよ、友達にやっと春が来たのよ!?


恋する乙女に、幸福を与えると言うジンクスを持つ私に、やっと訪れた幸せな時間。本当に待ち望んでいた時間なのよ。


直人さんの隣ってね、何だか暖かくて、何も話さないでもほんわかした気分でいられるのよ。


空気が、居心地いいっていうか。そして私を見下ろしてくれるその眼差しが、とても柔らかくて好きなの。


そんなこと、友達には言わないけど。恥ずかしいから。


混雑し始めた食堂に、私は端っこのテーブル二つを陣取り、里佳たちは私たちが見えるような斜め向かいのテーブルに座って食事を始める。


私たちを、どうあっても見学したいらしい。まるで珍しいもの……珍獣でも見るように、興味津々な様子で。


私はふんと鼻を鳴らし、出入口に目を向けた。直人さん、まだ時間が掛かるのかな。午後一だって言ってたものね、会議。


それを、誰の手も借りず、一人で資料を作っちゃうんだから、凄いと思う。


私にも、手伝うスキルがあればなあ……。


うちの会社は、ソフトウェア開発会社。企画室っていうのは、結構エリート揃いで。あの里佳ですら、国内屈指の大学を卒業して、即戦力として採用された優秀な人材だ。


私に対しては、普通の女の子でいてくれるけど、でも会議でちらりと見た里佳は、私の知っている彼女じゃなかった。


スクリーンに向かって説明している里佳の表情は、毅然としていて美しく。質問に答える声は、自信ありげに澄み渡っていた。


綺麗だな、やっぱ。自分の仕事に自信を持っているのって、いいな。そう思ってた。


私みたいに、見た目で採用されちゃって、余り仕事のことで期待されていないのって辛い。


だから、せめて企画室の人たちが気持ちよく仕事が出来るように、心配りをしていっているつもりなんだけど、でも。


私事で、石橋さんはキレちゃうし、それのことで企画室の雰囲気悪くなっちゃうし。


何か上手くいかないなあ……いけない、また、落ち込んでいきそうになってしまった。


そう思った瞬間、左の隣に、ふわっといい香りがした。


見上げると、直人さんが立っていて、驚いたように私と私の手元を見ている。


「まだ、食べてなかったの?」


やっと、終わったんだ。時計を見ると、休憩はあと十五分くらいしかない。色々考え込んでいるうちに、こんなに時間が経ってしまった。


私は申し訳なさそうな顔をしている直人さんに、笑顔を浮かべて首を振った。


「いいの、不破さん、食事取ってこなくちゃ」


「あ、ああ。ごめん」


言いながら、直人さんは慌てて食券を買って、お手軽なカレーライスを手にして戻ってきた。


私の隣に座りながら、ふいに手を伸ばした。私の注文した日替わりランチのスープの器。それに触れながら、眉を寄せて俯いた。


「すっかり冷めちゃってる……」


「気にしないで、私、元々猫舌だから。さあ、食べちゃおう? 午後は頑張らないといけないんでしょ?」


ヘコんじゃった直人さんを励ますかのように、私はわざと明るい声を上げて食事を始めた。


待っていられるの、返って辛かったかな。ウザいのかな。先に食べていた方が良かったのかな。


ぐるぐると後悔の念で、頭の中が渦を巻く。


でも、それを気付かせないように、私は直人さんに色々と話しかけていたんだけど。



「本当だったんだな」


「山岸さんー! 何だよ絶対似合わねえって!」


「寄りに寄って不破とはな。もっとアタックすりゃあ良かったよ」



小さな声だけど、私の耳に届いた会話。耳を澄ませば、あっちこっちで似たような声が聞こえる。


私と直人さんを、噂してる。



「あんなさー、オタクっぽいの、どこがいいのかね?」


「さあな。美女と野獣じゃなく、美女とオタク。絵にもなんねえよな」


「ま、山岸さんもきっと、そのうち飽きんだろ。そん時がチャンスだな」



ムカッ!


オタク!? なにそれ。ていうか、別に直人さんがオタクでもいいわよ。いいじゃないの。好きなことに没頭している人のことを言うんでしょ?


オタクのどこが悪い! 私だって、ある意味オタクだわ。メイクオタクよ。それが何か!?



今までペラペラ話していた私が、急に黙りこくってしまったものだから、直人さんがふいにカレーを食べる手を止めて私に目を向けた。


「山岸さん、どうしたの?」



心配、掛けるわけにはいかない。


直人さんに、迷惑かけたくない。



そう思った私は、大きく首を振って、スープのためについていたスプーンを手にした。


「カレー、美味しそうね。一口ちょうだい?」


「え? あ、うん……」


照れた直人さんが、それでも私が掬いやすいようにお皿をこちらへと押しやってくれた。


安っぽいレトルトカレーの味だけど、でも、直人さんからもらったというだけで、どこの高級レストランにも敵わないような素晴らしい味がするのはどうしてかしら。


「美味しい。ありがとう」


にっこりと笑ってお礼を言うと、直人さんは再び真っ赤になり、私から目を逸らしてしまった。


そんな仕草が、とっても胸にくる。きゅんとなる。


そして、悔しい。


私と一緒にいることで、直人さんへの口撃が周囲から増してしまっている。


直人さんへ、申し訳ないような気持ちになり、それが段々膨れ上がっていった私は、食事を終えて居室へと戻るすがら、彼に言ってみた。


「あのね、思ったんだけど……」


「え?」


突然の私の言葉に、首を傾げる直人さん。


「不破さん、髪の毛を少し切れば、随分と印象が変わると思うの」


だって、もったいない。せっかくいい素材を持っているのに、それを隠そうとしているんだもの。


うん。きっと、今みたいな影口を叩かれないで済むわ。だから。


「髪を切って、眼鏡もね、コンタクトにしてみたりして。スーツも、ちょっとだけ不破さんの体格には大きいような気がするの。スタイルいいんだから、思い切ってもっと細身のにしてみたら、きっと……」


そうよ、もっと不破さんは持っているものに相応しい、いい男になるはず。


そう思わず意気込んで言い募ると。



「まどかちゃん」



人が、こんなにいるのに。


まだ、仕事中なのに。



直人さんは、私を名で呼んだ。



「は、はい……」


思わずかしこまって返事をしてしまった。だって、直人さんの眼差しが、悲しげに揺れているような気がした。



そして次の瞬間、私は墜ちるところまで墜ちていく。



「やっぱり、まどかちゃんにとって、見た目って重要なの?」




私は、言ってはいけないことを言ってしまったのだろうか。


きっと、そうだ。


見た目で判断する……私の中身も知らないで告白をしてくる、あの社員達とか、石橋さんと同じことを私はしてしまった。


私は、直人さんのことが好きなのに。見た目なんて、どうでもいいのに。


それなのに……傷つけてしまった。



口は災いの元。後悔先に立たず。


幼い頃、母に言われた言葉がリフレインした。

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