第6話 有言実行の勇者と、運命の求人
直人さんの凄さを、まざまざと見せ付けられたような気がした。
有言実行って言葉さながらに、直人さんはこうと決めたら行動が早い。
その日、いつの間にか収集したのか分からないけど、たくさんのプリントアウトした紙をごっそりと持ち帰ってきた。
うちのテーブルに広げられたその紙を手に取ると、どこかのホテルのウェディングプラン。
「す、凄いわね……」
「うん、探したらね、色々あったんだ。間近でも使えるプランが結構あって、片っ端からとりあえず印刷してきた。あ、事情話して、総務部長の許可を得たから大丈夫だよ」
何のことを言っているのか分からなかったんだけど、どうも会社のプリンターを使ったことについてのようだった。
そうね、備品関係は総務の範疇だし……って、ウェディングプランを印刷してもいいですかって、総務部長に話をしたの!?
な、直人さん、意外に大胆な……。
思わず台所でフライパンを振るう直人さんを呆然と見てしまった。
お夕飯は、私が作るって言ったのに。「疲れてないから、大丈夫だよ」って、直人さんが作ってくれることになった。申し訳ないけど、「作ってる間に、資料色々見てみて?」って言われたら、もう私もそれ以上言えなくて。
いい香り漂うお料理が運ばれるまで、様々なウェディングプランの紙を端から眺めていた。
直人さんお手製のハンバーグを、ワインと共に有難く頂きながら、あまりの美味しさに頬を緩めていると、ふいに直人さんが床に置いた資料の山に手を置いた。
「それじゃ、煮詰めていこう。まどかちゃん、まずは会場だけど。場所的にはどこがいいかってある?」
「え? 場所? そうね……」
「例えば、駅前がいいとか、海が見えるところがいいかとか」
「海……いいわね、海……」
ぽわーんと頭の中で、海の見えるチャペルを妄想してにんまりしていると、直人さんは頷いて、いくつかの紙を排除していった。
「そう、それじゃホテルと結婚式場、どっちがいい?」
「ホテルだと、教会はホテル内よね?」
「うーん、そうだね。ほとんどそうかな」
「それじゃ結婚式場がいいわ」
「うん、分かった」
そしてまた、いくつか紙が排除される。
そして、
「招待客の人数だけど、まどかちゃんの方は大体何人くらい呼ぶ予定?」
「料理は和食、洋食、和洋折衷があるけど、どんなのがいい?」
「お色直しが出来るパックもあるけど、何回くらいお色直ししたい?」
そう質問を繰り返され、答えるたびに排除される紙が増えていく。
す、凄いわ直人さん。この印刷したウェディングプランの全てが頭に入っているのかしら。動きに迷いがない。ハンバーグを食べながらなのに、サクサクと決めていくその姿を見て、私は意識外で言葉を発していた。
「何か……直人さんが仕事が出来るって、分かる気がする」
「ええ?」
「だって、ちゃんと調べて、それを頭に入れてから仕事に掛かるのね。企画の仕事も同じでしょ?」
心から関心しながらそう言うと、直人さんは少し照れたようで、顔をほんのり赤くして俯いてしまった。
「そ、そうかな……」
「うん、そうよ!! 頼もしいわ。これなら私と直人さんの望みどおりの式、きっと挙げられるわね」
割とぶっつけ本番タイプの私と違って、下調べ万全で事に取り組む直人さん。彼に任せれば、大丈夫。
それに、ちゃんと私の意見を最優先してくれる。
さっきまで、少し不安だったけど、それが全部吹き飛んでいってしまった。
そして残されたいくつかの式場を、改めてネットで二人で調べて、見比べて。
「よし、ここがいいみたいだね。明日、仕事が終わったら二人で行ってみよう」
「早速!?」
「うん、早ければ早い方がいい。それじゃ、明日、まどかちゃんはご両親に招待出来る親戚の人数を確認してもらって?」
直人さんはそう言いながらも、自身は早速スマホから実家に電話を掛けている。
「あ、母さん? うん、帰ってきた。今回はそっちに戻れない。ごめんね。で、突然だけど、来月、式を挙げることにしたから」
直人さんは、そんな感じで淡々と報告をしている。いいの!? そんなんでいいの!? って私がやきもきしちゃうくらい、平然と。
だけど電話越しのお母様は、興奮したような声を上げ……ふふ、喜んで下さってるみたい。
そして招待するお客様の取り纏めを了承してくださった。凄い、本当に、一ヵ月後だなんて。ちょこっと無謀だなと思っていたりしたんだけど、実現出来る実感が沸いてくるわ。
ドキドキしてきた胸を押さえて、電話する直人さんを眺めていたら、パチンとスマホカバーを閉じた直人さんがふと笑みを浮かべ、私に片手を伸ばした。
その腕に、身体を預ける。直人さんの香りが、私の鼻腔を充満して、一ヶ月足りなかった分を補うかのように、私は両手で直人さんの身体にしがみ付いた。
それに応えてくれる、直人さんの暖かさが気持ちよくて。私はそっと目を閉じて、胸に頬を摺り寄せた。
「……まどかちゃん」
「なあに?」
「俺、凄く……どうしてかな。焦ってたのかも」
焦ってた?
なんで?
その質問を口に出来ない。だって、直人さんが私を抱きしめる力が強まったから。
苦しいのは、直人さんの力強さじゃない。直人さんの気持ちが、私に流れてくるから。
「まどかちゃんと婚約して、きみが俺のものになってくれたのに。だけど、心のどこかでずっと不安だったのかも知れない。婚約して、すぐにきみを放ってアメリカに行ってしまうだなんて……、俺、捨てられるのが怖かったのかも知れない」
直人さん……。
私はただ、その懺悔のような口調の声を聞くことしか出来なかった。
そして、私の想いを込めて、ぎゅっとしがみ付いていた。
直人さんは一気に言うと、小さく息をついて、私に込めた力を緩めた。
「まどかちゃん、ありがとう」
何に対しての、ありがとうなのか、正直分からなかった。
だけど、私も……私もね、直人さん。あなたにたくさん、ありがとうの気持ち、心にある。
そっと閉じた目を開くと、間近に直人さんがいて。その表情は、苦しそうな、困ったような、そんな複雑なものだった。
私は彼を安心させるように、柔らかくなりますようにと祈りながら、微笑を浮かべた。
そっと直人さんの頬に手を這わせ、私から顔を寄せた。
「……愛してるわ」
そう、囁きながら。
私はずっと、あなたのものよ。
口下手で、照れ屋さんで、恥ずかしがり屋さんなあなたをずっと、愛していくわ。
だからあなたも。私だけを見ていて? 見ていて貰えるように、頑張るから。昨日よりも綺麗になるように、頑張るから。
私の心の呟きは、きっと通じたに違いない。
隣で眠る直人さんの寝顔が、とても穏やかで幸せそうだったから。
その姿を見れる私は、何て幸せ者なんだろうと改めて思った。
そしてそれから仕事が終わると、直人さんは日本にいる間、毎日私を連れて、決めた結婚式場に足を運んだ。
行くたびに、順調に事が運んでいく。担当の係員の人と真剣に話をしていた直人さんは、必ず私に確認してくれる。
「これで、いいかな?」
私がにっこりと笑って頷くと、それでこの話は確定となる。
それを繰り返していたこの日、どうしてか、何となく掲示板に目が止まった。
スタッフ募集のチラシがいくつも貼られているそこを、本当に何の気無しに見ていたら。
心臓が、射抜かれた。
バクバクバクバク、胸の鼓動が止まらない。
一枚の紙から、私の目が離せない。
「……まどかちゃん、どうしたの?」
心配そうな直人さんの声が聞こえるけど、私は取り憑かれたかのように、目線を動かすことが出来ずにいた。
『記念写真・雑誌・パンフレット等の撮影スタジオにて メイクアップアーティスト見習い募集中』
その文字が、私の脳裏を占めてしまった。




