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恋するアフロディーテ  作者: 沙莉
重なり合う思い

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第5話 一人目の撃破、そして真打ち登場

「まずは、ボスキャラを召喚しなくちゃなー」


にこにこと笑いながら、お父さんは嬉しそうにスマホを操作し始めた。


い、一体何が始まるの。ていうか、うちの親って何を考えているの!?


二十四年間も付き合っているけど、未だにさっぱりとこの二人のこと、理解出来ないわ。隣の直人さんを不安げに見上げると、彼は私の視線を感じ、こちらを見下ろした。


その表情は少し緊張気味ではあるけれど、私のように不安な色はない。むしろ、自信に満ち溢れているかのようにも見える。凄いわ、どうして。


この妙な親の前で、どうしてこんなに堂々としていられるの。やっぱり直人さんって器が大きいのかしら。


私が改めて直人さんの素晴らしさを再確認している中、お父さんの至極呑気な声が居間に響き渡る。


「やあ、健太、起きていたかい?」


けっ、……健ちゃん! 健ちゃんに電話しているの!?


ヒクッと私が顔を引きつらせたのを見て、直人さんが不思議そうに首を傾げて覗き込む。


「まどかちゃん? 健太って誰?」


「え、ええと……」


どう答えればいいのか迷う私より早く、お母さんが手酌でビールを注ぎながら、あっさりと返事した。


「私の姉の息子。つまり、まどかの従兄よぉ」


「ああ、ご結婚されているっていう方ですか?」


「やあだあ、違うわよ。そっちは孝太。お兄ちゃんの方よ」


そう、私には母方の従兄が二人いる。


三つ年上の考ちゃんは、数年前に結婚しているけど、一つ年上の健ちゃんはまだ独身。っていうか……。


「今ねえ、まどかが彼氏を連れてきてるんだよ。……え? あはは、違うよお、冗談なんかじゃないって。本当に本当だよ。何でもね、まどかと同棲した後に結婚したいんだそうだよ」


お父さんのその言葉に重なるように、地鳴りのような音が響き、バンッ! とこの居間の扉が勢いよく開かれた。


ビクーッ! と身体を硬直させる直人さん。その彼の目に映るのは、少し日焼けした顔を真っ赤にし、汗をダックダク掻いて、肩で息をしている、スマホを耳に当てた男の人。


彼は、凄まじいばかりの形相で居間を見渡し、ぎろりと私を見るや、ドドド、と突進してきた。


「ひゃあ!」


あまりにもその勢いが恐ろしく、私が妙な悲鳴を上げると、直人さんがさっと私の前に腕を翳した。


私を、庇ってくれているの?


じーん、と感動してしまう中、お父さんはスマホを親指でタップし、お気楽に笑った。


「早かったねえ、健太。ま、同じ敷地内に住んでるんだからこんなもんか」


「ま、まどか、お前結婚って、結婚って!」


私に手を伸ばしかけた健ちゃんは、口をぱくぱくさせていたけれど、私の目の前に翳された腕に気付き、眉を寄せて直人さんに眼を向けた。


それはもう、鋭い眼差しで。


「……何だお前。引っ込んでろや」


「そうはいかない。まどかちゃんが、怯えてるじゃないか」


直人さんはそう言い、真っ直ぐに健ちゃんを見据えた。


バチバチバチッ! と、二人の間で見えない火花が散っている。


ひい、怖いっ! 直人さんから、今まで感じたこともない色のオーラを感じるわ。なんていうか、こう、怒りに満ちているというか。静かな怒りっていうか。


思わず身を竦めた私を挟み、立ち上がった二人の男が対峙し、睨み合っている。


先に口火を切ったのは、健ちゃんだった。


「お前か、まどかを騙くらかしたのは。モヤシみてえなヒョロヒョロしたガタイしやがって。そんなんで男って言えんかよ」


「騙した? 何を根拠にそんなことを言うのか分からないな。俺はまどかちゃんとこの先ずっと一緒にいたいから、ご両親に結婚の許しを得にお邪魔したんだ」


凄い。最初から威圧モード満載の健ちゃんに向かって、直人さんが、あの、直人さんが。


とても照れ屋さんで、口ベタな直人さんが、臆することなく堂々と受けて立っている。


凄い、凄すぎる……だけど私は感動ばかりしている場合じゃないことに気付き、慌てて立ち上がり、体育会系でガッチリ体質の健ちゃんの腕に縋る様にして見上げた。


「待って、落ち着いて、健ちゃん。あのね、彼ね、不破直人さんって言ってね……」


言いかけた私をちらりと見た健ちゃんは、鼻先で笑って私の言葉を遮った。


「はっ、興味ねえ。名前何ざどうでもいい。そこのお前、とっとと帰れ。まどかをてめえなんかにやるもんか」


「ちょ、健ちゃん、私の話を……」


「帰れ帰れ。なあ、まどか。だから言っただろう、都会になんか出るもんじゃねえ。こうやってお前は騙されて、数年後はヤク漬けにされたり、売春宿で働かされた挙句、内蔵売っぱらわれたりすんだぞ」


何ていう時代錯誤な、そして果てしなくトンチンカンなことをこの人は言うの!


健ちゃんはとっても心配性で、私が上京するのも一番反対して、その後も年中連絡くれたりとかして。私を放置しっぱなしの両親とは真逆に、うっとおしいほどの愛情を注いでくれていたんだけど、でも。


あまりにぶっ飛んだ話に、私がしばし呆然としていると、健ちゃんはもう直人さんなんて目に入らないかのように、体ごと私に向き直り、そして肩にごつい手を掛けた。


「もう、十分都会を満喫しただろ? そろそろ戻って来い。俺がどんなにお前のことを心配しているか分からないのか?」


……分かるよ。分かるけど。


健ちゃんは、男女の間柄の愛情ではなく、家族としての愛情を私にたくさん注いでくれる。


それが嬉しいけど……時折、少し、いや、かなりうっとおしいけど。でも、私は本当に直人さんが好きなんだもの。もう直人さんしか見えないんだもの。


「あのね、健ちゃん。私、直人さんのこと……」


言いかけた私の身体が、ぐいと引かれる。そして暖かい胸に抱かれた。


はっとして顔を上げようとするけれど、強い力で押さえつけられて、身動き出来ない。


ただ、頬に感じる胸の鼓動がやたら早い。そしてここから、言葉にならない直人さんの思いが伝わってくるような気がした。


……直人さん、直人さん……好きよ。大好き。


腰に手を回し、ぎゅっとしがみ付くと、頭上で直人さんの、耳に心地いい、低く冷静な声が聞こえてくる。


「俺は頼りないかもしれないけど、本気でまどかちゃんを愛してる。まどかちゃんがいつも笑顔でいられるように、努力していくつもりだ」


「はっ、どうだか。お前みたいなやつに限って、最初は上手い事言って、すぐに浮気に走んだよ。そんでまどかを泣かせるに決まってる。そんなんだったら、昔から知ってる俺がまどかを……」


「どうして決め付けるんだ。俺は絶対浮気なんかしない! そして、まどかちゃんを誰にも渡さない!!」


健ちゃんの言葉を阻止し、きっぱりと言い切った直人さんに、お父さんから口笛が。お母さんから「きゃー、情熱的!」と黄色い悲鳴が掛けられ、私も思わず直人さんを見上げると、彼は自分の言った発言にはっと気付いたようで、瞬きを繰り返し、私を見下ろした。


私の感極まって潤んだ瞳を見て、直人さんはボンッ! と音が鳴るかのような勢いで、顔を真っ赤にしてしまった。


「あ、いや、その、ええと……ま、まどかちゃん」


「はい……」


直人さんのドキドキが早くなる。私もあなたと同じスピードで心臓がバクバク鳴ってるわ。どうしよう、私、今どんな表情を浮かべている?


「あの、まどかちゃん、俺、本当に絶対、浮気なんてしないから。アメリカに行っても、日本でも。俺には、まどかちゃんだけだから」


「……うん」


信じてるわ。あなたを、信じてる。


だから私、待っていられる。


もう一度、直人さんの暖かい胸に身を寄せると、私の身体を強く抱きしめてくれる腕。


この腕の中で、私は幸せな気持ちでそっと目を閉じた。


すると、背後から盛大なため息が聞こえ、はっと振り返ると、健ちゃんが真剣な顔で私を見ていた。


「まどか、お前、いいのかそれで」


私もまた、直人さんにしがみ付きながらも、健ちゃんを真っ直ぐに見つめて頷いた。


「いいの。直人さんがいいの。私には、直人さんしかいないの」


そう答えると、健ちゃんはさっきよりも深いため息をついて、苦笑を浮かべた。


「あーあ、とうとうまどかも嫁に行くのか……くそー、何だこの気持ちは。まるで娘を嫁にやるような屈辱感。何か腹立たしいなあ」


健ちゃん……そうよね、私のこと、ずっと心配していてくれていたものね。


私は直人さんから身体を離し、健ちゃんににこりと笑みを向けた。


「ありがと、健ちゃん。私、幸せになる。絶対、なるわ」


「……おうよ、この俺の反対を押し切って嫁に行くんなら、幸せにならなきゃ承知しねえ」


そう健ちゃんも笑い、そして指先で軽く私の額を突っついた。


そして健ちゃんは、間近で直人さんを見つめる。さっきのような、攻撃的なものではないけど、でも強い眼差し。


「おい、お前。直人っつったか」


「……」


直人さんは返事をしない。ただ、小さく頷いた。


それを見て、健ちゃんは僅かに目を眇めて、声を低くし、


「まどかを泣かせるなよ。浮気なんて、離婚の理由の一部でしかねえ。男が女を泣かせる材料なんて、腐るほどあるんだ」


「……分かってる」


短く答えた直人さんを、健ちゃんはしばらく眺め、そして口元に笑みらしきものを浮かべて、ぽんと彼の肩を叩いて扉に向かって歩き始めた。


途中、にこにこと始終を見守っていたお父さんに声を掛ける。


「そういや、許したんだろ、結婚。式とかどうすんだ」


「いや、まだ許してないよ」


「は?」


「今はね、ミッション真っ最中なんだ」


そう言うお父さんの言葉の意味が分からないんだろう、健ちゃんは首を傾げていたけれど、私に振り返り、


「まどか、ま、頑張れや」


そう言って、最後はにっこりと笑みを浮かべて手を振り、部屋を出て行った。


その途端、私と直人さんから深い安堵のため息が漏れ、それに気付いた私たちは、お互いを見て思わずくすりと笑ってしまった。


「さて。ボスキャラ一人目、退治できたね。勇者ナオト、おめでとう」


は? 勇者ナオトって。


もー、お父さんもお母さんも、まるっきり面白がっちゃって!!


「ちょっともう、二人とも、いい加減にしてよ! 今ので直人さんの真剣な気持ち、理解出来たでしょ!? もういいじゃないの!」


憤然として私が言うと、お父さんは人差し指を立て、それを左右に揺らした。


「まだまだ。じゃあ次は、二人目のボスキャラだ。……ああ、帰ってきたよ」


お父さんの声に合わせるかのように、さっき閉じたばかりの扉が開かれる。


そこから現れたのは、着流しを纏った早老の男性。


まさか、まさか次のボスキャラって……お祖父ちゃん!? 嘘でしょ!?


お父さん、笑みを不気味に深いものに変えているけど、もう、やだ! 何を考えているのか、本当にさっぱり分からない!! もう本当に嫌っ!!

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