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恋するアフロディーテ  作者: 沙莉
重なり合う思い

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第3話 恋を成就させるレストランの秘密

直人さんと私を乗せたタクシーが、緑の並木の間を走り抜ける。


タクシーの運転手さんに私の実家の店の名を告げると、彼はしたり顔でミラー越しに私たちを見て頷いた。


「ああ、最近あそこに訪れるカップルが増えたんですよねえ」


「え、そうなんですか?」


初めて聞いた。何と言っても、実家に帰るのは久し振りのことだから。


私が目を見開くと、運転手さんは車を走らせながら教えてくれた。


「この間もね、雑誌に載ってたしねえ。『二人の恋を成就させるレストラン』ってね。ほら、恋人岬ってあるでしょ。あんな感じで、今や観光名所ですよ」


恋を成就!? 驚いて、目をぱちくりさせていると、隣の直人さんがくすくす笑って囁いた。


「さすが、まどかちゃんのご両親だね」


その言葉の意味が分かった途端に私は頬が熱くなり、直人さんを上目遣いで見上げた。


もう、意地悪。私がそのことに触れられると恥ずかしがるの、知ってるくせに。


私の異名は、『アフロディーテ』。メイクを施すと、その女の子の恋を叶えさせるという妙なジンクスがある。


でも、まさかうちの両親まで、似たような噂が広がっているなんて。何か、信じられない。


雑誌で紹介されたことは、今までにも何度かあるけれど。けど、どうしてそんな紹介のされ方をしたのかしら? 首を傾げていると、タクシーは一軒の店の前で止まった。


私が先に降り立ち、支払いをしてくれた直人さんがタクシーから降り、そして目の前の店を、瞬きを繰り返して見上げている。


……驚いている。


そりゃそうよね。


緑の中の静かな住宅地に、ぽつんと立った白亜の城のような造りの店。


それほど大きな店じゃないけど、目立つことこの上ない。


私、幼い頃はよく友達にからかわれたものだわ。




『まどかの家ってさー、ラブホみたいだなー!』




……そう。私の実家のこのレストランは、まるで一昔前のラブホテルのようなド派手な佇まいなのだった。


「ええと……何ていうか、その、ええと……可愛い店だね」


ふふ、直人さんたら気を遣って、言葉を選んでくれている。私はくすりと笑って、直人さんの鞄を持つ手にぶら下がるように掴まった。


「この派手な造りは、母の趣味なんだって。住まいはね、裏の母屋なの。そこに祖父と一緒に、両親住んでるのよ。でも、先に両親に会って貰ってから母屋に行こう?」


そう言うと、直人さんは急に表情を改めて、緊張した面持ちで頷いた。


その直人さんを見上げる私もまた、緊張しているわ。どうなるか、分からない。読めないんだもの、うちの両親の行動は。


ドキドキドキドキ……心臓の鼓動がマックスになりそうになる前に、私は直人さんの腕を引き、扉の前へと促した。


木で出来た、複雑な彫りのある扉をそっと開くと、カラン、とドアベルの音がする。


中は、窓がたくさんあるために、明るい日差しが店内に降り注いで照明がいらないくらい。そして店内は、あらら、本当だ。タクシーの運転手さんが言っていたように、カップルで賑わっていた。


そして扉の音に気付いた給仕の女性が私に気付き、目と口を大きく開くと、慌てて厨房の中へと入っていった。


あの女性は、随分と前からこの店で働いてくれている。私のことも、もちろんよく知っている。ここで待っていれば、両親が来るだろう。


何となくそわそわと周囲を見渡している直人さんの腕をぎゅっと掴むと、彼は我に帰ったようにはっと私を見下ろし、そして強張った顔のまま、口を一瞬パクパクさせたけど。


何か言いたいのに、言葉にならなかったみたい。凄く……初めて見るくらい、相当緊張している。


思わず心配になった私が、背伸びをして直人さんの耳元に唇を寄せ、


「大丈夫? ちょっと顔色が悪いみたい」


だけどそう言った途端、直人さんはボンッ! と顔を赤くしてしまった。


「ま、まどかちゃん、あの、む、胸……」


あ、そうか。直人さんの腕にしがみ付いたまま背伸びしたから、胸を彼の腕に押し付ける形になってしまった。


急に私も恥ずかしくなってしまって、「ごめんなさい!」と言いながら、僅かに身体を離すと、直人さんはほっとしたように、やっとうっすらと微笑らしきものを浮かべてくれた。


「あの、俺、実は、彼女のご両親に会うのって初めてなんだ」


は、初めて!!


何てこと……知らなかったわ!


しまった、だとしたらもっとちゃんとうちの両親のことを話しておくべきだったかも。ていうか、初めてがうちの親だなんて、直人さんが気の毒かも……。


いやいやいや、初めてかもしれないけど、でもこれが最後な訳だし!! もう二度と直人さんは、女の子の両親に会うことなんて無い訳だし!


一人頭の中で思考が格闘していると、厨房から白いコック服をまとった二人が現れた。


その二人を見て、ピッ! と身体を正した直人さんは、ふと首を傾げて私に小さく囁いた。


「あの、まどかちゃん、一人っ子だよね?」


「ええ、そうよ」


直人さんの言わんとしていること、私には分かるけど……そうよね、そういう反応よね。


向こうから来るコック服は、男女。


男性は、にこにこととても爽やかな笑顔を浮かべていて、帽子から零れる少し長めの髪は明るい茶色。


女性は、長い焦げ茶の髪を頭のてっぺんでお団子に結って、私と直人さんを嬉しそうに見比べている。まるで砂糖菓子で出来たような甘い笑みは、とても私は敵わない。


二人とも、見た目は四十歳に入ったか入ってないかといった感じだ。


「あの、結婚してるっていう従兄の方、夫婦でここに働いているの?」


そう来たか。


でも、私の従兄が結婚してるなんて、よく覚えていてくれたなあ。そういえば、結納はどうするとかの話のときに、ちらっと従兄妹の話をしたんだっけ。


私の言葉一つ一つ、直人さんの脳裏に刻まれていると思ったら、私は嬉しくて、思わず頬が緩んでしまった。


だけど、ちゃんと教えてあげなくちゃ……そう思った私の身体が、直人さんから引き離され、ギューッと強く抱きしめられる。


「まどかー! お帰り、待っていたよ!」


ギュギュギュー!! と強く抱きしめられるものだから、私は苦しくなって、バンバンと白衣の上から背中を叩いた。


「い、痛い痛い! お父さん、苦しい!」


「お、お父さんー!?」


直人さんの珍しい叫び声が、シーンと静まり返った店内に響き渡った……。








あの後、呆然としている直人さんを、とりあえず簡単でもいいから、両親に紹介しようと思ったんだけど。


お父さんは、爽やかフェイスにニコニコと笑みを浮かべて、直人さんの名前すら聞かずに、


「それじゃ、忙しいからまた後でね!」


と、再び厨房へと戻っていった。


そしてお母さんは、私をじっと見て、そして満足そうに頷いて(メイクチェックしたんだ、絶対そうだ)、今度は直人さんをじっと見つめた。


直人さんは、ビキーンと固まり、そして慌ててお母さんに深々と頭を下げた。


「あ、あの、初めまして。え、あの、その、まどかさんとお付き合いをさせて頂いております、不破直人と申します!」


直人さんはそうどもりながらも一気に言い切り、下げた頭を上げると。


お母さんは、甘い甘い笑みを深め、そして更に「ふふふ……」と微笑み、


「そう、いいお名前ね。それじゃ、まどか、ナオちゃん。悪いけど、また夜に会いましょうね。じゃね!」


ナ、ナオちゃん……。


この直人さんに向かって『ナオちゃん』……。


ぽかーんとした私と直人さんを置いてそう言うや、お父さんの後を追い、やはり厨房へと戻ってしまった。


休日のこの日は、レストランも繁忙期。でも、休みの日じゃないと帰って来れないんだもの、仕方ない。


だから、日帰りでも来れるこの家に、一泊二日で来ることにした。ちゃんと、直人さんを紹介したいんだもの。そして、直人さんと両親と話をしてもらって、結婚をすること、許して貰いたい。


絶対、反対はしないと思うけど。


うちの両親は、見た目若いけど、実際年齢も若い。


大学で知り合った二人、すぐに恋に落ちて、結婚したいと思ったんだけど、当然周囲は反対する。


だけどそれを突き通すために、既成事実を作った。……つまり、私。


私を作ってしまえば、そしてそれを安定期に入るまで隠しておけば、両家の親も渋々許すしかなくて。


めでたく親の脛を齧りながらも、恋を実らせたという……我が親ながら、なんと大胆な。


そして宛がわれた新居は、嫁……つまりお母さんの実家なんだけど。お祖父ちゃんが、きっと監視役を申し出たに違いない。


だけど、お父さんはそれを堅苦しくも辛くも思わなかったらしく、飄々とそこで生活を送り、大学を無事に卒業し、その後お母さんと共に専門学校へ行き、調理師免許を取り、更には幼い私を置いて、お母さんを連れてイタリアへ修行と称した幸せ一杯の旅行を満喫し。


そして、この嫁の実家の敷地に、手八丁口八丁で、自分たちのためのレストランを建ててもらったということだった。全資金、お祖父ちゃんに出させて。


娘の私でも思うわ。


ずうずうしいにも、程がある!


だけどお父さんの凄いところが、全く周囲から言われても堪えない。


「佳奈子と一緒にいられるのなら、僕は何でもするよ。……ふふ、何でもね」


それがお父さんの口癖。それを聞くたび、背筋がぞくりとするのは、私だけじゃないはず。


そして天然のお母さんは、いつもぽわーんとしていて、それをお父さんが言うたびに大はしゃぎだった。


「きゃー、リョーちゃん、大好きよぉー!」


……こんな両親の元で育った私は、中学生のときに限界を悟り、一人上京をすることを決意した。たまたま、行きたい高校が東京にあったので、親に申し出たら、お父さんは反対するどころか、下宿先をあっという間に見つけてくれた。


「まどか、僕はね、きみの自主性を大事にしたいんだ。その年で自立したい。素晴らしい。大いに結構なことだ! 頑張るんだよ、まどか」


……そんなことを言っていたけど、でも、ニコニコ笑顔がにやけているように見えたのは何でよ。


どうせお母さんと二人、また新婚生活の再来のごとく、イチャイチャしたいだけじゃない!


でもまあ、それもいいかと、私は高校生の時に上京し、そして街を歩いていたらスカウトされて、気付いたら雑誌のモデルなんてやっていた、という訳です。



ということを、祖父もいない広々とした母屋の居間で、直人さんに説明をした。


直人さんは、私の知られざる過去……恥ずかしい、とてつもなく恥ずかしい過去話を聞かされ、ずっと口を半開きにしていた。


は、ははは……言葉も無いわね。そりゃそうよね。



凄く濃いと自覚していた私の両親。やっぱり直人さんが見ても、濃かったか……。


ちゃんと、直人さんを紹介出来るのかしら。そしてあの両親は、直人さんを受け入れて、まともに接してくれるのかしら。


頑張ろう、私。直人さんを、絶対この手で護るんだ。


一人、固く決意した私だった。

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