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恋するアフロディーテ  作者: 沙莉
重なり合う思い

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第1話 長野への序曲、譲れない未来

アメリカ、サンフランシスコにある提携企業との合同開発が決定した。


そこまで行き着くのに、かなりの時間を要した。正直、もう駄目かと思っていた。


ところが、何度と無く改良を重ねた俺の資料を見てくれた開発部長と企画室長が会議を繰り返し、俺の案を進める方向に決定してくれた。


その時の喜びは、どんな言葉で表せばいいのだろう。


俺はすぐにでも、まどかちゃんに報告をして、一緒に喜びを分かち合いたいと思ったのに。


彼女の声で、社内放送が流れた。


初めての、ことだった。


そしてまどかちゃんも、その初めてのことに緊張したんだろう。


『不破な……直人さん、企画室の不破、なお、直人さん、総務部内会議室に至急お越しくださいませっ!』


その前までは、流暢なアナウンスをしていたのに。


彼女の、真っ赤になって照れた姿を想像し、俺はくすりと笑って立ち上がった。


すると、隣の石橋が俺を見上げて眉を寄せている。


「……例の件、本決まりになったんだろ?」


珍しい。石橋から、俺に声を掛けるなんて。彼は、俺のことが嫌いなようだから。


俺は呼び出しの意味を何となく感づいていたから、資料を簡単にまとめたものを手にしながら頷いた。


総務部内会議室。そこに、呼び出された。普通の会議じゃない。


俺のこれから先の未来を決める、大事な会議。そんな気がした。


石橋は、無言のままの俺を見上げ、ふんと鼻を鳴らす。


「そうか。良かったな。まあ頑張れや。後、こっちのことは俺らに任せとけ」


そう言って、にやりと笑った石橋の言葉の意味が分からずに、俺は首を傾げながら総務部に向かった。


無意識に、まどかちゃんの姿を探した。だけど彼女もまた、忙しい身。デスクにその姿は無かった。


仕方ないと自分で思い込ませ、重い扉をノックした。




正直、甘い考えを持っていた。


企画したそのプロジェクトは、開発部と提携企業との間で進むだけのことだと思っていた。だが、開発部長は、


「不破、お前の企画は前例が無い。ちゃんとお前の目で軌道になるまで見届けてこい。動き始めてこそ、企業としての利益を見込めるんだ。そこまで、責任を持て」


……確かに、そうだと思った。


開発部に丸投げするわけにはいかない。企画した俺が、同行して道を切り開く手助けをしなくてはならない。確かに、理解できる。


だけど……どうする。


頭に思い浮かんだのは、まどかちゃんのことだった。


彼女を、一人日本に残しておく? 危険が待ち受けているのを分かっているのに?


すでに石橋は、このことを察知して、さっき俺にあんなことを言ったのだろう。


『後、こっちのことは俺らに任せとけ』


まどかちゃんが寂しがる隙を狙ってる。それが分からないほど、俺はバカじゃない。


だけど、せっかく主任に昇格したまどかちゃんを、俺のワガママでアメリカに連れて行くことなど出来ない。


まどかちゃんは、自分では分かっていないけど、とても頑張っている。自身を犠牲にしてまでも、会社に貢献しているんだ。


ほら、あの『アフロディーテ』。そう俺が言うと、まどかちゃんは恥ずかしがって嫌がるけど、でも。


あれだって、社内の人間関係を円滑にするのに、充分貢献しているじゃないか。


山岸さんに相談すれば、恋が成就する。


それだけでも、社内の女性たちを和ませ、共通の話題を提供し、不協和音を減らすことに繋がっているんだ。


そのことに、まどかちゃん本人は気づいていない。


ただ、メイクをするのが好きなだけ。


そう言うけど、それだけでこれだけ男にモテるまどかちゃんが、やっかみの眼差しを受けないで済むはずはない。俺ですら、分かる。


南條さんは、「まどかはバカだから。計算が無いから」と言った……バカは余計だけど、計算が無いから、というのは当たっていると思う。


まどかちゃんの行動に、計算が無い。素直なその行動や素振り……だからこそ、まどかちゃんの魅力が引き出されているんだ。


そしてそんなきみを見て、俺もいつも胸がドキドキして堪らない。


楽しそうに浮かべる笑顔。輝く瞳。俺に伸ばすしなやかな指先。




……キスをねだる、官能的な表情。




俺がいなくなった後、まどかちゃんはきっと寂しがるだろう。


そして、それを誰かが補填する……?




嫌だ。




アメリカに、出向が決まった。断れない。俺が、企画したことだから。


だけど、まどかちゃんをアメリカへと連れて行くことなど出来ない。


……その間、彼女を不安にさせたままでいいのか。


悩んだ俺は、ある決意をし、企画室長に相談を……というか。僅かに脅しを込めて申し出た。


これを飲んでくれない限りは、アメリカへは行けないと。


一ヶ月に一度の帰国。本当は、二週間に一度と要望した。だけどそれは無理だと言われた。


そんなやり取りの中、まどかちゃんからだと知らせる電話着信の通知が光った。


仕事中に? どうしたんだ、今まで一度もこんなことなんて無かったのに。


……何か、あったのか。


室長に軽く頭を下げ、電話に出た俺の耳に聞こえてきたのは、まどかちゃんの声じゃなかった。


『……シスコに、一年でしたか? その間に、まどかを一人ぼっちにさせて、ただ待っていろなんて、虫のいい話ですねえ』


まどかちゃんの親友の横峰さんの言葉に、俺は反論する語彙が見出せなかった。


確かに、そうだ。


虫のいい、話だ……。


『大丈夫です、まどかには、私が責任を持っていい男を宛がいますから。ご心配なく』


続けて言った、横峰さんの笑いを含んだような言葉。


直後、電話が切られ、俺はスマホを持ったまま、呆然と立ち尽くしてしまった。


「不破、どうした? おい、不破?」


室長の声に、はっと我に帰った俺は、


「一ヶ月に一度の帰国という条件ならば、俺は向こうで全力で会社のために頑張ります。この条件が無ければ、この企画は無かったことにしてください」


「は……!? な、何言ってるんだ、お前は。このプロジェクトが、どんだけ大きなものか、分かってるのか!?」


分かってるさ。だって、俺が企画したんだから。


だけどそれを引き換えに、まどかちゃんを失うなんて。そんなこと、あり得ない。考えたくない。


優しくて、可愛くて、まるで砂糖菓子のように甘いまどかちゃん。ずっとずっと、俺の傍にいて欲しい。


こんな俺を、好きだと言ってくれた。


見た目はダサいし、上手い言葉一つ言えないし。まどかちゃんを満足させてあげている自信なんて、これっぽっちもないけど、でも。



それでも、ずっと傍にいたい。まどかちゃんと、共に生きて行きたいんだ。



その想いを、口にした。凄く、勇気が要った。だけど、まどかちゃんを失うという恐怖感に比べれば、……



口から、心臓が出そうな緊張感。


そんな中、俺は目をぎゅっと閉じた。だって。返答が怖い。


否定の言葉を、聞くのが怖い。


「一年後。俺を貰って下さい」


そう口にしたはいいけど、何と情けないプロポーズの言葉。というか、これをちゃんと、プロポーズと受け取ってくれるのだろうか。


だけどまどかちゃんは、目に涙を滲ませ、そしてぽろぽろと綺麗な雫を零れ落としながらも、俺にぎゅっと抱きついた。


絶対、離さない。誰が何と言おうと、離すもんか。


ここまで一人の女性に、固執した思いを抱くことなど無かった。


だけど、まどかちゃんは別だ。


四年前、……いや、もう五年になるか。初めて出逢った時。


その時よりも、気持ちが進化して、突き進む想いが止められない。




愛してる。




ただ、その想いが俺を突き動かす。


俺は、きみだけのものだから。だから、きみも俺だけのものでいて。




俺がいなくなり、きっと不安になるだろう。寂しく思うだろう。


出来るだけ、帰ってくる。だけどそれを補うために、俺は出来ることをしていこう。




まどかちゃん、きみを絶対手離したくないから。




結婚は、まだ度胸がない。もう少し、待って。


もっと俺自身、自分に自信を持っていけるようになってから。でなければ、まどかちゃんに失礼だと思うんだ。こんな俺が夫だと、他の誰かに、まどかちゃんに紹介させたくない。




だから、せめて。約束だけ、させて欲しい。




そう、俺の自分勝手な要望を彼女は聞いてくれた。




それだけで、俺はアメリカで頑張っていける気がした。




明日、まどかちゃんの実家へとお伺いすることになっている。


まどかちゃんの実家は、長野で小さなレストランを経営しているそうだ。そのための荷物をまとめながら、時折彼女に目を向けると。




華やかな、嬉しそうな笑顔が返ってきた。




俺、凄く恥ずかしがりだし、言葉を紡ぐのも、想いを伝えるのもヘタだけど、でも。


まどかちゃんと一緒にいられるように、頑張るから。




小さな鞄のジッパーを閉めながら、片手をまどかちゃんに伸ばし、俺から身体を寄せて。


きょとんとした彼女の唇に、キスをした。




明日、きっと、明日。


俺たちの未来が動き始める。


どんな反応をご両親がしても、俺は決して諦めない。絶対、諦めない。認めてもらえるまで、頑張るから。




唇を離し、間近で見たまどかちゃんの表情は、俺を見上げ、一瞬戸惑いを浮かべていたけれど、でも。微笑んで、もう一度俺にキスをねだってくれた。




何度でも。


きみが、望むなら。


それが俺も、嬉しいから。




俺とまどかちゃんは、何度も何度も、柔らかく、暖かく、そして時折深いキスを繰り返した。

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