第6話 一年後の約束、一生の告白
直人さんは、私と繋いだ手に僅かに力を込め、そして真っ直ぐに私を見下ろした。
直人さんの瞳の色、深い色合いね。それに、凄く澄んでいて、綺麗。
その瞳に、私、吸い込まれていきそう……胸のドキドキが、バクバクに変わるのはすぐ。
もう、私、このまま昇天しちゃいそうで……。
「まどかちゃん、あの、俺……」
直人さんは、赤くなってしまった頬のまま、それでも私から目を外さない。いつもだったら、こうして見詰め合うと、すぐに照れて目線を逸らしてしまうのに。
「俺、……見た目もこんなんだし、思いを言葉にするの、ヘタだし。まどかちゃんを満足させてあげられる自信なんて、これっぽっちもないけど、でも」
バクバク以上の興奮って、無いと思ってた。
だけど、今の私のこの心境を表すのであれば、バクバクを超えてバックンバックン、心臓が本当に口から飛び出てしまうのではないかと思うほど。
私は今、どんな表情を浮かべているのだろう。何か、直人さんに相槌でもいい。声を掛けたいのに、言葉が出ない。
直人さんは、きゅっと私の手をもう一度強く握り、そして真剣な顔で続けて言った。
「誰にも、まどかちゃんを渡したくない。自分勝手だって、分かってる。一年もまどかちゃんを放っておく俺に、こんなことを言える資格なんてない。だけど、それでも俺は、まどかちゃんを絶対手放したくないんだ」
「直人さん……!」
ここまで深い思いを抱いてくれているなんて。私は嬉しくて、嬉しすぎて。
思わず直人さんにぎゅっとしがみついた。私の身体を受け止めてくれた直人さんは、もう真っ赤っ赤になってしまった顔を私の髪に埋めて続けた。
「一ヶ月に一度の帰国が精一杯だった。ごめん、それでも、……こんな俺でも、待っていてくれる?」
最後の一言は、少し不安気な色を出している。
直人さん、やっぱり分かってないわ。私がどれだけ、あなたのことが好きなのか。
自分に自信のない直人さんだけど、私にとっては直人さんはどんな素敵な芸能人でも敵わないほど、素晴らしい輝きを放っているのよ。
私の心を、あなたの一挙一動が掴んで離さないの。
私は直人さんにしがみ付きながら、赤く染まった耳元へ囁いた。
「待ってる。待ってるわ。直人さんが安心して帰ってきて、少しでも癒されるように、私、頑張るから」
「まどかちゃん……俺、ちゃんとしたい」
直人さんは、私から僅かに顔を上げ、私と直人さんは間近で再び見詰め合う。
ちゃんと……? その言葉の意味が分からずに、首を傾げた私だったけど、直人さんは長い睫をゆっくりと瞬きし、そして恥ずかしそうな笑みを浮かべて言った。
「だけどまだ、まどかちゃんに俺、相応しいって思えない。自信が持てないんだ」
「そんなこと、無いわ。どうして……」
「うん、どうしてかな。いいのかな、俺で……俺なんかでって、そんな思いが俺にあるんだ。だけど、きっとこの出向をこなしたら、少しは俺も自信が持てるような気がする」
直人さんの笑みが、ふいに柔らかくなった。胸が再び、ドキドキ激しく鳴り始める。
「出向から、帰ってきたら、アメリカでの仕事を終えて、まどかちゃんの下に帰ってきたら……俺と、結婚してくれる?」
け……
結婚!!
私はカーッと顔を赤くしてしまい、空気を求める魚のように、口をパクパクと動かすことしか出来ない。
これは、夢? 今私、夢を見ているのかしら。
直人さん、そんな私を相手に結婚だなんて! 何て勇気のある発言を!! だって……私みたいな、家事一般を全く出来ない女をもらっても、ただ大変なだけなのに。
脳内大パニックの私を、直人さんは心配そうに覗き込んだ。
「まどかちゃん……? やっぱり、嫌? 俺と結婚するの」
え、何で、どうして。
違うの、そうじゃなくて。
私は大慌てで首を振った。
「ち、違うわ。直人さんこそ、私みたいな家事オンチをお嫁さんに貰っても……私、きっと直人さんに迷惑掛けてばかりになっちゃうと思うし……」
「そんなことないよ。さっきも言ったけど、二人で出来ることは二人でやっていこう? 家事全部、まどかちゃんがやる必要なんてないんだ。俺の母親も言ってただろ? 俺、家事は結構得意だから。安心して?」
直人さんは、そうにっこりと笑って、私に顔を寄せた。
あまりの展開のスピードに、私は驚いて、驚きすぎて。目を閉じるのも忘れ、直人さんの温かい唇の感触で、はっと気づいて、慌てて目を閉じた。
ちゅ、ちゅとまるで羽毛が触れるように、柔らかなキスを繰り返し、直人さんはそっと唇を離し、私の額に彼の額をこつんとくっつけた。
そして、私を上目遣いで見上げ、目を細めて微笑んだ。
「一年後。俺を、貰ってください」
そう言うなり、恥ずかしそうに顔をまたもや赤く染めてきゅっと目を閉じた。
待ってる。待っていてくれている。私からの返事を。
そんな直人さんを間近で見つめていた私は、段々直人さんがくれた言葉の数々を理解することが出来て、そして喜びが一挙に沸いてきて。
私は、思わず直人さんの頬をそっと両手で触れ、私から顔を寄せた。
少し驚いたような直人さんだけど、私と唇を合わせながら、私を強く抱きしめて。
さっきとは全然違う、深い熱いキスを私にくれた。
息が絶え絶えになるほどの、燃えるような口付けの後、私はなぜか浮かんでしまった涙を止めることが出来ないまま、何度も何度も頷いた。
「ありがと、直人さん……ありがと……」
こんな返事しか出来ない私を許してね。だけど、感激しちゃって、嬉しくて。興奮を超えて、何も言葉にならないの。
だけどそれから、直人さんは私を抱っこしてくれて、緩やかに揺らしながら、時折頬にキスをして。
「幸せにするように、頑張るから。まどかちゃんの一番が、ずっと俺でいられるように、頑張るから」
そう囁いてくれた。
幸せよ、今もうすでに。あなたと出会ったその日から。
一番よ、永遠に。私の中には、もう誰も入り込む隙間なんて生まれないわ。
それを、これから少しずつでもいい。分かってもらおう。私の暴走すぎる愛情を、これからもずっと受け止めて欲しいから。
私と直人さんは、二人で抱き合いながら、これからのことを色々とお話した。
楽しい、幸せな時間。
引越しをする時間がもったいないから。少しでも、二人でいる時間が欲しいからと、直人さんはこのアパートに来てくれることになった。
「いいの? こんな狭いところだけど」
私のアパート、二部屋あるけど、二部屋とも4畳半しかないんだもの。心配する私に、直人さんはくすりと笑って頷いた。
「充分だよ。仕事を持ち帰ってきちゃうかもしれないけど、ノートPCがあれば大丈夫だし」
そっか。直人さんがそう言ってくれるなら。
嬉しいな。うん、凄く嬉しい。
すぐそこにある、直人さんと二人のめくるめく幸福に満ちた生活を思い浮かべ、ニマニマと笑ってしまった私をふいに見下ろし、直人さんは私を揺らす手を止めた。
「そうだ、まどかちゃんのご両親に挨拶したい」
「へ?」
「本当は、もっと早くにご挨拶に伺わなくちゃならなかったんだけど……こういうことになったし、一年後のこともあるし。一応、婚約って形を取りたいから」
婚約!
ボンッと私は顔を真っ赤にしてしまっただろう。結婚する約束を、婚約というのよね。ということは、今、すでに私は直人さんと婚約したことになるの?
な、何か凄い響きね。婚約……。
「まどかちゃんの実家の方では、ちゃんと結納とか形式を取る家庭が多いの?」
「ゆ、結納、ですか……ええと、どうかしら。私の従兄妹が結婚したときのことを聞けば分かると思うけど……」
「そうか、そうだね。うん、じゃあご挨拶に行ったときに、色々相談させてもらおう。早速今週末に伺ってもいいかな?」
直人さんは、カレンダーを見上げながら嬉しそうに微笑んでいる。
それをぽかんと見上げながらも、私も段々嬉しくなってきた。
うん、そうね。私の両親に、会ってもらおう。きっと喜んでくれるわ。直人さんのことを認めてくれるはず。
お父さんとお母さんに、後で電話しなくちゃ。
私、結婚することになったの。相手はね、とっても素敵な人なのよ。私が好きで好きで、ずっと好きで堪らなかった人なの。とても私、幸せなの。
そう言ったら、どんな反応をするかしら? 早く直人さんに会ってもらいたいな。今から、楽しみ。
私は直人さんにぎゅっと抱きつき、幸福感に酔いしれていた。
直人さんの婚約者。恋人っていう響きよりも、ワンランク上に上がったみたい。
ふふ……ふふふ。
嬉しい。この暖かい腕の中は、一生私だけのもの。その確約を得られたようで、私は湧き上がる笑みを止めることが出来なかった。
「うふ……」
時折漏れてしまった笑みに気づいた直人さんが、私を覗き込んでくすりと笑った。
「今、妄想中?」
「へっ……!?」
「南條さんに、聞いた。まどかちゃん、よく妄想してるって。俺のこと、考えてくれてるの?」
「え、あの、ええと……」
私は戸惑いながらも、心の中で両手を振り上げて叫んでいた。
里佳ー!? 何を、何ていう余計なことを直人さんに言うの!! 嫌だ、恥ずかしいじゃないの!!
心の中で絶叫を上げた私を、直人さんはぎゅーっと胸に閉じ込めて、
「可愛い、まどかちゃん。愛してる……」
その囁きに、私は力の全てが抜けてしまった。
凄いわ、直人さん。私のこの妄想癖をも受け止めてくれるだなんて。
何て……何て大きな心の持ち主なの!
私はジーンとしてしまい、直人さんの胸にもたれ掛った。
幸福感と、感動と。そしてますます湧き上がる、あなたへの愛情と。
それが全て溶けて交わり、私は今までの人生で最高に暖かい気持ちの夜を過ごした。




