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恋するアフロディーテ  作者: 沙莉
思いを言葉に乗せて

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第2話 前門の魔王、後門の閻魔大王

自分で、全然気づかなかった。


結構、私って心と行動、別に出来るかもって思い込んでいた。


直人さんが、アメリカに行っちゃうその日まで。


私は、私の出来ること……直人さんに、ただ笑顔を向け続けよう。そう思って、そしてその通りにしてきたつもりだったのに。




直人さんから、衝撃の……本当に衝撃よ。心臓が口から飛び出るかと思った、あのサンフランシスコ長期出張の話を聞いてから数日後。


いつものように、総務部内で仕事をしていた私の机に、突然衝撃が走る。


どかんと、突然デスクを蹴り飛ばされた!


びっくりして顔を上げると、そこには鬼のような形相の里佳と、そして腕を組んで私を見据える真菜がいた。


二人とも、とてつもなく怖い顔で、私は驚いて瞬きを繰り返していると、里佳が唐突に私の胸倉を掴み……ひえぇ、強引に立ち上がらされた。


「あ、あの、南條さん!? こいつはちょっと、デンジャラス過ぎる行為では!?」


「てかさ、ヤバくね!? すげえヤバッ! てか、てか! 山岸さんー!」


私の傍で、仕事を教えていたあの元マーケティング二人組、島村さんと三沢さんが、豪快なアイラインを引いた目を見開いて、慌てて私と里佳の間に入り込もうとするけれど。


里佳は、ぎろりと二人を睨み付け、


「うるさい。まどか、こっちに来るのよ」


そう言って、私の胸倉を掴みながら歩き始めた。


ひい、首、マジで首が絞まる!!


「ちょ、ちょっと里佳! やだ、待って、歩く、自分で歩くから!!」


慌てふためき叫ぶと、里佳は低く舌打ちをし、私から手を離して目を眇めた。


「……逃げんじゃないわよ」


何よっ、怖すぎよ!?


ビクビクモード全開で、真菜に助けを求めようと振り返るも、彼女も里佳と同じような表情を浮かべている。


私、何かしでかしたのかしら。二人を怒らせるようなこと、何かした……?


不安な気持ちで、今までの行動を思い返しながらも、どうも思い当たることが無い。


何が一体あったの。心臓バクバクになりながらの私の前を、里佳が歩き。


そしてオドオドと歩く私の後ろを、真菜がぴったりと付いてくる。


前門の狼、後門の虎どころじゃないわ。


前門の魔王、後門の閻魔大王って感じ。


振り返ると、真菜がニヤァと笑い、その笑みがまるでこれから何か判決を言い渡されるようで、超怖すぎる!!


ビクビク絶頂の私を連れた二人は、第五会議室に入り、そして私を一人座らせた。


里佳は、バンッ! と私の目の前のテーブルに大きな音を立てて、手を付いた。


ビクーンと身体を震わせた私は、それでも何が何だか分からなくて、二人を精一杯強い眼差しで見上げたつもりだったんだけど……ウサギが虚勢張っているようなレベルだったかもね……。


「ちょっと、何よ、突然に。まだ仕事中よ? 理由も言わないで、こんなことして。ひどい、……じゃない……よ……」


語尾が小さくなったのは、あまりにも里佳の目ヂカラが強かったから。思わず肩を竦めてしまった。なんとも情けない私。


その私に、里佳はぎろりと睨みつつ、身体を私に寄せて囁いた。


「あんた、いちいち言わないと分からない?」


「わ、分からないわよ。何よ突然!」


そう反論すると、里佳の目が更に眇められ、私はピクーンと直立不動になってしまう。


「ええと、あの、里佳さん? 何で怒ってるのか、教えてくれませんか?」


わーん、分からないよぉ!


降参して、私がそうビクビクモードのまま聞くと、深い溜息をついたのは、里佳ではなく真菜だった。


彼女は私を挟んで里佳と逆側に立っていたんだけど、ふとテーブルに腰掛け、私の肩に手を当てた。


「まどかさあ、すんごい分かりやすいね、何かあったかって」


「……え?」


ドキッとした。


私、誰にも直人さんの出張の話、言ってない。だって発表あるまで、言うべきじゃないと思ったから。


だから、私がどんなに悲しい思いをしているとしても、それは誰にも言わなかった。総務に所属する以上、他の部署の人の個人情報とか機密とか。割と筒抜けになってしまう立場でいるからこそ、余計。


そして私情を仕事に挟むのはよくないと分かっているからこそ。


私はずっと、誰にも相談せずに、我慢してきた。


「まどか、あんたさ、ここんとこずっと、お悔やみみたいになってる。沈んだ顔して、笑顔こそ浮かべているけど、胡散臭いったらないのよ。作り笑顔でーす! って言わんばかりになってるよ」


ひっ! マジですか!!


私は私なりに、普通に振舞っていたつもりだったのに……。


なんて単純に出来ているんだろいうか、私って人は。


何かがあった、という事実がすでに周囲にバレていたことにショックを受けていたのに、更に里佳は私に畳み掛ける。


「さあ、全部包み隠さず吐き出すのよ。あんたのことだから、どうせ不破さん関係でしょ。何? あんたのそのウザい愛情表現に嫌気が差して、とうとう不破さん、逃げた?」


「何でよ! 違うわよ!! 酷いわ、里佳!」


私は思わず目を見開き、里佳の腕をギュギューッと掴んでしまった。


な……何ていうことを!!


確かに私の愛情表現は、その、ええと……行き過ぎ?


そんな感もあるけど。


そしてそれをちょっと気にしてはいるけれど


でも、ウザいだなんて、何て失礼な!


憤慨している私に、里佳は唇の端を上げて笑い、テーブルにつけた手を伸ばし、私の頬を撫でた。ひーっ!! 怖すぎる!


「言っちゃいな? 楽になるわよ。さあ、吐くのよ。あんたのその、見ている方がブルーになるような態度の原因は何?」


何とまあ、酷い言い様……。


だけど、だけど。


気に掛けて、くれたのね。私に何かあったって、気づいてくれたんだ。


ここのところ、一人で悶々としていたものだから、私はそれだけで何だか涙腺が緩んで来てしまって……だって、あまりにも嬉しくて。


「ふぇぇん……!」


情けなくも泣き出してしまい、里佳の腕に縋り付くと、ぽかりと頭頂部を殴られた。


「馬鹿者、原因を聞いているのよ!? うっとおしいから、まだ泣くんじゃない!」


ひ、酷すぎる! 真菜に至っては、腕を組んでニヤニヤと笑うばかり。その笑みが逆に怖いんだけどな。


何か……万が一、私と直人さんが喧嘩したって理由だったりしたら。


里佳はともかく、真菜はこの笑みのまま、直人さんを締め上げそうで。そして言うのよ、きっと。


「ふざけんじゃないわよ、まどかをこんな状態にして……! 私の仕事がまた増えるじゃないのよ!!」


そう言いながら、私のこと、心配してくれているんだよね。そう思うと、更に泣けてくる。


だけど泣きそうになると、里佳が「泣くな!」って怒るから、私は必死で堪えながらも、直人さんのサンフランシスコ行きの話を二人に話してしまった。


「い、言わないでね、まだ、他の人に言わないでね、だけどね。私ね、頑張ったのよ。笑顔で、『待ってるから、頑張って』って言ったのよぉ!」


そう言って、私はもう耐え切れず、どこか脳内で何かが切れてしまったかのように、里佳も真菜も怖いけど、どっちかっていうとまだ里佳のほうがマシかと思い、振り払われるのを覚悟の上で、縋り付いてわんわんと泣いてしまった。


そう言えば、これだけショックなことがあったにも関わらず、私、大泣きしたの初めてだ。


泣いて泣いて、ちょっと落ち着いてきた頃。


「……まどか、信じられないことではあるけど、あんたがあの不破さんに惚れて惚れてどうしょうもないこと、再確認出来たわ」


本当に失礼極まりない里佳の声が、私の頭上から降り注ぐ。だけど彼女は、抱きつく私を振り払わない。


きつい言葉と優しい思い、相反する不器用な里佳が、私は大好きなんだけど……一番不器用なのは、きっと私ね。


ひっくひっくとしゃくりあげていると、里佳は何かを真菜にぽんと投げた。


「真菜、電話帳から不破さんの携帯番号を検索して、即効電話を掛けるのよ」


「了解。まーったく、手間隙掛けさせて……まどかに奢らせるの、久保田の万寿でも足りないわね、これじゃ」


ブチブチ言う真菜をちらりと見ると……嘘でしょ!?


真菜は、私のスマホを慣れた手つきで操作している。


ど、どうして私のスマホを。ポケットに入れてあったのに。いつ!? いつの間に、取り上げられたの!?

そして私のセキュリティーはどうなっているの!


「ああ、あったあった」


真菜は、途端に笑みを浮かべて携帯を耳に当て、そして。


「……ああ、不破さん? 総務の横峰です。……まどかに随分としでかしてくれたみたいですね。長期に渡って離れるってことのフォロー、一つも無いんですか、あなたは。もう少しまともな人かと思っていたけど、見込み違いでした。という訳で、あなた、まどかと別れて下さい」


「は……ええええええ!?」


私は盛大な声を上げ、ぽかんと里佳から真菜へと眼差しを移し、そして、スマホを奪い取ろうとしたんだけど、里佳が私を羽交い絞めにして離さない。


「ちょ、里佳、離して!! 真菜、やだ、ヘンなこと言わないで!!」


私は必死になって叫ぶけど、里佳はどれだけの力持ちなのよ、私を軽々と掴んだままで歌うような軽い口調で耳元に囁いた。


「あんなヘタレと別れるチャンスよ? 男なんて、星の数ほどいるんだから」


「シスコに、一年でしたか? その間に、まどかを一人ぼっちにさせて、ただ待っていろなんて、虫のいい話ですねえ。大丈夫です、まどかには、私が責任を持っていい男を宛がいますから。ご心配なく」


真菜はほくそ笑むかのような口調で言い、そして電話を切った。


呆然。


里佳と真菜、一体何を考えているの。信じられない。


怒りよりも、まず呆然。それが先に来てしまい、私の脳内は完全にフリーズしてしまった。

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