表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋するアフロディーテ  作者: 沙莉
戸惑いの先に

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
45/58

第4話  明かりの灯る部屋、待っていた体温

私の行動次第で、料理の種類を決めるという賭けが、私の知らないところで催されて。


その結果、私と尾崎主任の昇進祝賀会は、フレンチになった。


あのマーケティング担当二人組が、張り切って色々検索してくれたようで、とてもお洒落で可愛い店をセッティングしてくれた。


個室に集まった、総務部メンバー十名ちょっとと、総務部長。


女性ばかりの部署で、部長ただ一人が男性で、少しばかり気まずそうだった。


企画室長と同期だという部長は、みんなに煽られて、ビールが入ったグラスを持って立ち上がる。


「えー……この度は、長き間主任を務めてくれていた尾崎くんが、功績を認められて係長に昇進することになりました。そして、総務に異動して間もないながらも、企画室で培った才能を存分に総務でも発揮してくれていた山岸くんが、主任に昇進することになり……」


部長の言葉が、しんと静まり返ったこの個室に響き渡る。


いいのかしら、私で。


私なんかが、主任なんて務まるのかな。


いまだそんな不安はあるけど、でも違うことで気をとられてしまう。


私の辞令後に、あの会議室に呼び出された直人さん。そこには、社長も専務もいた。


もちろん、企画室長もいて、何の呼び出しなのか、とても気になる。


きっと同席していた尾崎主任や部長に聞けば、すぐに内容は分かると思うけど、私がそんなことを尋ねるのはおこがましい。とても聞けなかった。


あの後、私は仕事に追われてしまい、結局会議室に直人さんが入るのも、出てくるのも見ていない。


だからこそ、余計に気になって仕方が無い。


今日の祝賀会は、突然催されたものだったから、定時後に慌てて直人さんにメールを打った。


『今晩、総務のみんながお祝いをしてくれることになったの。一緒にお夕飯食べれなくて残念。ごめんね』


結局、直人さんとは会えず仕舞い。せっかくお祝いをしてくれるというのに、内心がっかりしていた私のスマホに、驚くべき速さで返信が来た。


嘘でしょ、今までだって、返信くるまで、最低十分は掛かっていたのに。三分以内だなんて、奇跡だ。


ドキドキしながらスマホを開くと、そこには顔文字、絵文字の類が一切無い、直人さんらしい文面が並んでいた。


『良かったね。俺のことは気にしないで、楽しんで来て』


うん……うん、ありがとう、直人さん!


私はスマホをぎゅっと握り締め、一人ニヤニヤと笑みを浮かべて、隣で店までの道を歩く真菜を、ぎょっとさせてしまったんだけど。


でも、やっぱり気になる。直人さんの呼び出し……一体、どんな話だったんだろうか。


明日はプライベートで会えるよね。何となく、聞いてみようかな。もやもやしたままじゃ、嫌だもの。


何でかな、今までだって、直人さんは毎日のように会議を繰り返していたけど、気になったことなんて一度も無かった。


だけど今回ばかりは、心に何かが引っかかって仕方が無い。社長がいたせいなのかしら。それとも、私が社内放送で直人さんを呼び出したから?


それで、気になっているのかな……そうかも。こんなこと、初めてだったから、きっとそれで気にしているに違いないわ。



ふと思いに沈んでしまって、それに気づいて意識を急上昇させたら、部長の挨拶はまだまだ続いていたようで。


「えー、とまあ、そういう訳で、まあめでたい。尾崎くん、山岸くん、きみたちのこれからの活躍に益々の期待を込めて……」


「部長ー、長いっすよー!」


「そそ、てかさ、もう料理冷め始めてんじゃね? ヤバくね?」


部長の言葉を阻止したのは、本日の幹事の二人組。ぎょっとして私たちが彼女らに目を向けると、二人はけろりとして立ち上がり、手にしたグラスを高々と掲げた。


「尾崎係長ー、山岸主任に幸あれー!」


「いえー! ボンバイエー!」


ボ、ボンバイエー? 何それ。


何がなんだか分からないまま、乾杯をさせられて、私は驚くことしか出来ない。


てか、私だけじゃない。他のみんなも戸惑いながらも彼女たちに釣られて何となく乾杯をしてしまっている感じ。


しかし凄いな、この二人組……。部長の長丁場の演説を阻止し、乾杯を強制的にし始めた途端、もうお肉にがっついてるし!!


口を半開きにしてしまっていた私に、隣に腰掛けた尾崎主任……まだ来月までは、主任でいいのよね……? が、囁いた。


「これからあなたが、あの子達を取り仕切っていくのよ。頼んだわね」


「は……ははは……」


まあね、もうあの子達の性格、大体把握しているし。それに口は悪いけど、性根は悪い子じゃないから、きっと上手くやっていけると思う。


やっていかなくちゃ、いけない。


それが私に課せられたものならば……引き受けた以上は、全力で頑張っていかなくちゃ。


心の中で、一人固く決意していた私のグラスに、ビールが注がれる。


ふと見上げると、まさに話題の渦中の二人組が、照れたように私の傍に立っていた。


「山岸さん、おめでとうっす!」


まるで体育会系の男子のような話し方の、島村さんがビールを注いでくれていた。私は少し驚いたけど、でもにこりと笑ってそれを受けた。


「ありがとう、これからもよろしくね? 頼りないと思うけど……あなた達の力を貸してね。三沢さんも、頼りにしてるわ」


「えー、マジ、マジ? うちらなんて、クソの役にも立たないけどぉー」


三沢さんは、そんな砕けた口調で言うけど、でも照れているのが分かってしまう。


この子達、見た目と口調で大分損をしている。本当は、普通の他の社員と、なんら変わりないのに。


与えられた仕事は、ちゃんとしっかり頑張ってくれるはず。


ここのところ、私は二人を見て、そう確信しているもの。


すっかりとご機嫌になった島村さんと三沢さんは、尾崎主任や部長にもお酌をして回り、その後、仲の良い総務部員同士で元気に盛り上がっている。


それをにこにこして眺めていたら、尾崎主任が僅かに体を私に寄せた。


「やっぱり、あなたを推挙して良かったわ」


「え……?」


「ふふ、これから楽しみね。総務が一枚岩になることを目標に、頑張っていきましょうね」


そうね、そうよね。


今は何となく、仕事をバリバリやっている社員と、だらけながらサボることばかりを考えている社員と、真っ二つに別れてしまっている。


みんなで動かしていける部署になると、いいな。そうなると、真菜のグチが少しは減ると思うんだけど。


私はくすりと笑って、大きく頷いた。




直人さん、私、頑張っていけそうよ。みんな、いい人たちばかりだもの。


企画室で庶務をやっていた時に感じていた遣り甲斐とは、少し違うけど。でも、一人で気張らなくもいいって分かったの。


みんなが協力して、まとまって……そんな部署になっていけるように、私、頑張ってみるわ。




心の中で、一人私は呟いた。


今朝、直人さんに抱きしめてもらったから。大丈夫だよって、言ってくれたから。


そして、私のために考えてくれるって、言ってくれたから。何も、不安に思うことなんてないって気づいた。


私には、あなたがいる。それだけで、私を突き動かす原動力になる。




楽しい時間は、あっという間に過ぎていく。


もう気づけば二十二時近くになっていて、明日も仕事の私たちは、慌てて帰路に着いた。


アパートまでの道のりを、コンビニで買ったビールを入れた袋をプラプラぶら提げて歩いていく。割と私の家の周囲は、電灯が多くて助かっちゃう。


さーて、シャワー浴びて、一杯引っ掛けて寝るかなー? 寝る前に、直人さんに電話しちゃおうかな。こんな遅くに、迷惑かな……。


そんなことを考えているうちに、アパートの目の前に到着した私は、ぴたりと足を止めた。


だって……だって、私の部屋の前に、人影がある!


う、嘘、泥棒!?


ど、ど、どうしよう。あ、そうだ、警察。警察に連絡したほうが……。


慌てて鞄からスマホを取り出した私だけど、ふと目を細めてその影を凝視した。


私の部屋は、二階建てのアパートの一階。だけど、僅かながら玄関前にプライベートスペースがあり、腰までの高さの仕切りがぐるりと取り囲んである。


そこに、人影は身体を預け、夜空を眺めているようだった。


見覚えある姿かたち。まさか……。


「直人さん?」


そっと声を掛けると、影はこちらにゆっくりと歩み寄ってきた。


すぐにそれが、直人さんだと分かり、私は心からほっとしたと同時に、動揺してしまう。


「ど、ど、どうしたの!? 何かあったの? どうしてこんな寒いのに、外で! 部屋で待っていてくれれば良かったのに! ていうか、待たせてごめんなさい!!」


直人さんには、いつでも来てもらいたいから、部屋の鍵を渡してある。だから、部屋に上がっていてくれていても全然良かったのに。


一人パニックになっている私に、直人さんは照れたような笑みを浮かべて、手にした袋を掲げた。


あれ……? コンビニの袋? 透けて見えるのは、缶ビール……?


「お帰り、まどかちゃん。そんなに待ってないよ。帰ってくる時間を予測して、来ちゃったんだ。疲れているだろうけど、会いたかったから」




ずっきゅーん。




あ、会いたかった!? なんて言葉を……なんて嬉しい言葉を言ってくれるの!!


私は思わず鞄を取り落とし、直人さんにぎゅっと抱きついた。


「私も……私も!」


そうよ、私も。会いたかった。やっぱり毎日直人さんを満喫しないと、一日が終わったような気がしないもの。


同じようなことを、思ってくれているのかしら。凄く嬉しくて、ギューギュー抱きつく私を支えながら、直人さんは鍵を使わずに、ドアノブを捻った。


すると、部屋の中は電気がついていて、エアコンも入っていて。とても暖かかった。


驚いて直人さんを見上げると、彼は恥ずかしそうな、困ったような微笑を浮かべていた。


「ごめんな、勝手に部屋、暖めておいた」


そんな、ごめんだなんて……何て優しい人なの!


私のために、電気をつけて、部屋を暖めてくれて……信じられない。


だってね、一人暮らしって、何が寂しいかって。


冬にこそ、身にしみるけど、暗い寒い部屋に帰ってきたときほど、寂しく悲しいものはないのよ。


それを知っていたのかしら。嬉しい。めちゃくちゃ嬉しくて、私はニコニコ笑顔で直人さんと並んでソファに座ったんだけど。


「着替えてくれば?」


とのお言葉に甘え、パジャマに着替えちゃった。直人さんにも、前に買っておいたスウェットを出してあげて。


薄い水色のスウェットを着た直人さんは、とても寛いだ姿に見えて、これまたとても嬉しかった。


お泊りしてもらえるときに、着てくれたらいいなって思ってたの。というか、うちに直人さんの物が増えるのが、嬉しいんだもの。少しずつ増やしていきたいな。


部屋を暖めておいてくれたお陰で、身体も心もぽっかぽかの私は、ビールを飲みながら直人さんに今日の報告を色々したりして。


彼は、穏やかな笑みを浮かべて時折頷き、私の話を聞いてくれた。


「そっか、良かったね。これから先、きっと順調に進んでいけるよ」


「そうかな、そうだといいけど」


「大丈夫だよ、まどかちゃんなら、きっと」


不思議ね、どんなに不安に思っていることでも、あなたの口から『大丈夫だよ』って言葉を聞くと、全然へっちゃらなような気がしてくる。


もっと、注意して直人さんの様子を伺っていれば良かった。


そうしたら、時折迷うような目線に気づいたかもしれない。


だけど、この時ぽわーんと幸せ一杯の私は、次に襲ってくる衝撃の事態に備えることなんて全く出来なくて。


無防備に、ただ直人さんの体温と優しい言葉を、うっとりと満喫していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ