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恋するアフロディーテ  作者: 沙莉
ずっと傍にいたいから

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第3話 キーボードの騎士と、家事スキルの真相

「母さん、少し話をしたい。紹介したい女性がいるんだ」


PCの前に座り、私たちに背中を向けていた女性が、直人さんの言葉でゆっくりと振り返った。


後姿しか見ていなかった、直人さんのお母様。


長い黒髪を一つにまとめて、くるりと後ろでまとめてあった。


そして振り返ったその姿は、……一言で言えば、仕事が出来る女性って感じ。


切れ長の、少し上がり気味の目元を飾るのは、フレームがない眼鏡。鼻筋はすっと通り、口元は固く引き締められている。


眉も整えている雰囲気はないのに、綺麗な流線を描いていた。


な……なんて直人さんにそっくりなの! 男の子って母親に似るって言うけど。まさにその典型って感じ!


私はお母様と直人さんを、そしてお母様は直人さんと私を見比べていた。


そしてその中央にいる直人さんは、やっぱりお互いを凝視したまま無言でいる私とお母様を見比べて、ごほん、と咳払いをして、手にしてあったトレーを近くの小机に置いた。


「え、ええと。母さん、落ち着いて聞いてもらいたいんだけど。あ、食事は後にして、悪いけど」


そう言って、早速しょうが焼きに手を伸ばそうとしたお母様を先読みして止めた。


ううーん、直人さん、実家でも鋭い判断……って感心している場合じゃない。


私はもう、心臓バクバクマックスを通り越し、段々気持ち悪くなってくる。それをかろうじて押さえ、何とか微笑らしきものを浮かべた。うう、頑張れ私。


脂汗らしきものを浮かべて、引き攣った笑顔になっているだろう私の背に手を当てた直人さんは、私を見下ろして微笑み、軽く頷いた。




……うん、私も、大丈夫。多分。




私も頷き返すと、直人さんはほっとしたように笑みを深めて、お母様に向き直った。


「母さん、こちら、山岸まどかさん。ずっと俺のいる企画室で庶務をやっていてくれてたんだけど、最近抜擢されて総務に異動になったんだ」


ば、抜擢って!!


まさかここでこんな話が出るとは思わず、私は思わずわたわたと手を振ってしまった。


「あの、そんな大それた者でもないですし、素性は全然怪しくはないですけど、でも、自慢できるほどでもないんですけど、ああ、私何言ってるの? どうしよ、直人さん!」


ああもう、情けいったらない。早速直人さんに助け舟を求めてしまった。でも、だって。パニックになっちゃうよ。直人さんのお母様、じーっと私を凝視しているんだもの。どうしたらいいか、分からない。


直人さんは、困ったような笑みを浮かべて私の耳元に顔を寄せて囁いた。凄く……お母様の前だと言うのに、メチャクチャどきっとした。


だって直人さんの吐息、香り、全部ダイレクトに伝わる。


あの照れ屋さんの直人さんのこの行動! 私のさっきまでの不安が、全部一挙に吹き飛んで、ただドキドキだけが残ったような気がした。


「大丈夫、いつものまどかちゃんを母さんに見せてあげて?」


いっ、いつもの私!?


ええと、私っていつもどんなんだっけな。ええと…………!


パニックって面白いわね。普段の自分の行動すら思い出せなくなる。って、冷静にどこかで見ている自分もいたりして。


とにかく、落ち着け、落ち着いて深呼吸をするのよ、まどか。


私は軽く深呼吸をして、直人さんのお母様ににこりと……多分、いつもと同じ。企画室にいた頃、皆に挨拶して回った時と同じ笑顔を浮かべて頭を下げた。


「失礼しました。私は、直人さんと同じ会社に勤めております、山岸まどかと申します」


頭を下げて、そっと様子を伺うと。直人さんのお母さんは、不機嫌そうなその顔で、直人さんに言った。


「……で? この方が何だって? あんたの不始末の文句でも言いに来たの?」


「違うって! 何で俺の不始末を、わざわざ総務の人が実家に言いに来るんだよ!」


「ええ? 違うの? 何だ、クレームだったら負けないぞって、メンチ切っちゃった」


メ、メンチ切られたの、私。全然気付かなかった。いつもの仕事ハイテンションの直人さんと同じような表情でお母様いらしたから、そのまんまなのかと思ってた。


そっか……、直人さん、お母様のメンチ切った時とそっくりな顔で仕事しているのね……。


と、妙なことを感心している私を放置して、親子の会話は進んでいく。


「違うだろ、息子が普通女性を紹介するっていったら、彼女だろ?」


「え? 彼女って? あんたに? またまたー。何これ、ドッキリテレビ? 今の時代、一般家庭にもドッキリ入るようになったの? 止めてほしいわねえ、クソ忙しいんだから」


お母様はゲラゲラと笑い出し、手を振って、私と直人さんをもう一度見比べた。


真剣な表情の直人さん。笑顔が限界の私。


その二人をじっくりと見て、首を傾げた。


「え……マジ?」


直人さんは、深く溜息をついて頷いた。


「そう、本当。俺の彼女の、山岸まどかさん。母さん、散々失礼をしたんだから、謝ってくれないと」


「ええ!? い、いえ、そんな失礼だなんてとんでもない!」


私が慌てて口を挟むと、お母様は目を最大限に開かれ、そして突然立ち上がって頭を私に下げてくれた。


「ごめんなさいね、でも、けどさ。え、マジにマジで彼女!? こんな綺麗な子が!?」


「あのね、母さん。俺はまどかちゃんを見た目で好きになった訳じゃないから」


直人さんは呆れたように言うと、はっとして私に目を移し、そしてボッと顔を赤らめた。いやん、その反応。胸にキュンと来ちゃうじゃないの。


「あの、その……この際、言ってしまうけど。まどかちゃん、見た目で好きになった訳じゃないからね。まどかちゃんだから、好きになったんだ」


やだ! お母様の前で、好きを連呼なんて!! どうしよ、もうどうすればいいの私!


興奮しちゃっては鼻息荒くなってしまうんだけど、それを抑えなきゃいけない辛さ。


即効直人さんに抱きつきたいんだけど、それが出来ない辛さ。


ダブルの辛さが私を襲うけど、でもそれをかろうじて堪え、私は大人びた笑みを浮かべてお母様にもう一度頭を下げた。


「直人さんと、お付き合いをさせて頂いています。どうぞこれから、よろしくお願い致します」


するとお母様は、


「そうなの、ああ、びっくりだわ。まさかねえ、直人にねえ、彼女が、しかもこんな綺麗な子がねえ……ああでも、とにかくお腹空いた。ご飯食べながらでもいいかしらね、まどかさん?」


言われた私はびっくりしながらも、そう言えば死ぬほど腹減った! って仰っていたことを思い出し、頷いて直人さんが運んでくれた小さな椅子に腰掛けた。


お母様は、しょうが焼きをご飯の上に乗っけて、豪快にかっ込み始めた。


ほ、本当にお腹空いていたんだなっていう、見事な食べっぷり。


だけどしばらく食続けた後、急に眉を寄せた。


「ん? これ、直人が作った?」


「うん、そうだけど」


「私は美咲に頼んだはずだけどね」


凄い! 凄い直人さんのお母様! 直人さんと美咲ちゃんが作った料理の食べ分けが出来るなんて。


思わず感動していた私だけど、直人さんは私の隣に座りながらぎゅっと眉を寄せて私の手を不意に握った。


ドキドキが超えて気持ち悪くなるのも超えて、もう心臓が止まりそうになるんですけど……。


「あのな、母さん。メシ作れって言ったのって、美咲じゃないんだよ。このまどかちゃんなんだ。とても失礼なことしたと思わない? 初対面の女性にそんなこと言うなんて」


「へ? あ、あれ? 美咲じゃないの?」


「そうだよ、母さんは、まどかちゃんに食事を作るよう、命令したんだ」


至極冷静に言う直人さん。きょとんとするお母様。


そして私は、途端に顔が熱くなり、立ち上がって大きく頭を下げて謝った。


「ご、ごめんなさい! 私、何とか料理をしようと思ったんですけど、でも、私って家事一般苦手で、料理なんて特に苦手で、どうしていいか分からなくて、それで……」


言い訳。全て言い訳。


情けなくて泣きそうになる。


隣の直人さんが、私に繋いだ手を強く握り、何か言おうとしてくれたその時。


「ああー、私も苦手なのよぉ。料理苦手。っていうか、ほとんど作ったこと無いわー。子供が小さい頃は、旦那が作ってくれてたしね。人間誰しも、苦手分野ってあるわよね!」


直人さんのお母様はそう言って、しょうが焼きとご飯をかっこみながらにやりと笑った。


そして直人さんはくすりと笑って私の手を軽く揺らした。


……いいの? 私、家事苦手だけど。それでも、許して下さるのかしら。直人さんとのお付き合い。


それを『いいんだよ、大丈夫』って言ってくれているかのような、直人さんの手のひら。暖かい。この瞬間に繋いでくれているのが、本当に嬉しく思う。


そしてお母様は、私と直人さんのこの繋いだ手を見て、軽く肩を竦めて笑った。


「あらら、付き合ってるのって、本当なんだ。やったじゃん、直人。あのね、まどかさん。直人は小さい頃から、なんて言うかなー、大人しくて控えめって言ったらいいのかね、そんな子だったから。この子には一生女には縁が無いって思ってたのね。だから、一人でも生きていけるように、家事全般は完璧にさせたから……この子の父親が」


ええ!? お母様じゃなく、お父様が!?


目を見開いた私に、直人さんが苦笑して囁いた。


「本当に、家事をしないんだ、母さん。俺の亡くなった父親が、全て家事はやってくれていた。今はさすがに少しはやるようになったけどね」


直人さんのお父様、社長さんだったのよね? それなのに、家事をやってらしたなんて……どれだけ大変だったんだろう。ううん、それよりも。お母様を、どれだけ愛してらしたんだろう。だってそうよね? お母様を愛してらしたからこそ、出来ることだと思う。


凄く凄く感動してしまった私に、お母様はけろりと言い放った。


「まどかさん、直人は家事全般、普通の主婦よりも出来るように育てたつもりよ。だからいつでも持って行って構わないわ!」


持って行くって! 長男なのに! ていうか、……もう結婚とか、視野に入っちゃってるのかしら?


「ああ、楽しみねえ! うちにも美人系のDNAがようやく入るんだ。細い目でなんか地味な家系だけど、まどかさん似の孫が生まれるのが楽しみねえ! うん、楽しみだ。さー、やる気出てきた。仕上げ頑張ろう!」


そう言うや、お母様は私たちから背中を向け、また怒涛のごとくキーボードを叩き始めた。


な、何て言うか……直人さんのお母様と初対面。


本気で心臓が口から出そうなくらい、緊張したけど。


そしてその明るいキャラにびっくりしたけど。でも。


これから先、仲良くして行けるような気がした。そして、私の心の枷も、気付かないうちにとれていた。


それをとってくれたのは、全て…………




見上げれば、頬を軽く染めながらも微笑んでくれるあなた。


嬉しい。大好き。


その想いを込めて、ぎゅっと直人さんの腕に抱きついた。


この人に出会えて、本当に良かった。

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