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恋するアフロディーテ  作者: 沙莉
ずっと傍にいたいから

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第2話 背中合わせの緊張と、差し伸べられた手

情けない。


女の子なのに、料理一つ出来ないことも。


こんなことで、泣いてしまうことも。


そして、直人さんに心配掛けてしまうことにも。


私の全部が情けなく、腹立たしい。


唇をきゅっとかみ締めた私を、困ったように腰を屈めて正面から見つめてくれていた直人さんは、私の肩を抱き寄せてそのままダイニングテーブルに座らせてくれた。


「ちょっとだけ、待っていて?」


そう言うと、先ほど作りかけていた料理を手早く仕上げ、トレーの上に載せた小鉢にそれらを盛り付けた。炊飯器から、ご飯をよそうと、私に少しはにかんだような笑みを見せた。


「もっとちゃんと紹介したかったんだけど。俺の母親に、会ってくれる?」


「え、でも、さっき……」


「うん、多分……いや、絶対まどかちゃんと美咲を間違えていると思う。母さん、まどかちゃんを見てないよね」


「うん……」


確かに、一度も私に振り返らなかった。お仕事、とっても忙しかったんだと思う。凄まじいスピードでキーボードを叩いていたもの。


さっき、直人さんが言ってた『納期』が近いのかしら。


SEのお仕事、私はよく知らないんだけど。でもフリーでやっているんだったら、納期はきっと必ず守らなければならないんだろうな。次の仕事に繋げるために。


直人さんは、笑みをとても柔らかいものに変えて、トレーをテーブルに置いて。


私に手を差し出した。


こんなこと、あまりしてもらったこと、ないから。いつも照れ屋さんに負けず劣らず、私も顔を赤くしながら、その手を取って立ち上がった。


直人さんは、私を見てほっとしたのか、にこりと微笑んだんだけど。でも、私の手を握ったまま、僅かに眉を寄せた。


「ごめんな。いきなり食事の支度をしろだなんて。勘違いにしても、酷すぎる。俺からちゃんと、母親に言っておくから」


「い、いいの! お母様、きっとお仕事のことで頭が一杯だったのよ。それに、考えてみたら、私と美咲ちゃんって、もしかしたら声が似てるのかも。だって私が今日、ここにお邪魔していること、お母様ご存知ないでしょ? 女の子の声がしたら、誰でも美咲ちゃんのものだって思うに違いないわ!」


私は直人さんが怒ってしまったのかと思って、慌てて必死でそう言った。私のせいで、直人さんとお母様がケンカなんてことにでもなったら……考えただけで、再び泣きそうになってしまう。


「お願い、何もお母様には言わないで? その、私が泣いちゃったことも、別にお母様に言われたからじゃないの。何ていうか、ええと……」


どう、説明していいのか分からない。


私、自分の感情の処理に困ってる。


食材を目の前にして、なす術も無かったことだけが原因じゃない。もちろん、その後直人さんが素晴らしいテクニックを駆使して……そう、私には見えたんだけど。


美味しそうなお料理を、簡単に作ったからでもない。


何て説明すればいいのかな……。


不安。


そう、常に私に付きまとう、不安感。


浮かれた気持ちでいつも直人さんと一緒にいるけど、同様に不安がいつも私の中にある。


好きだから。


今までに味わったことがないほど、私は直人さんのことが、好きで好きで堪らないから。


だから、傍から離れて欲しくない。


私のダメなところをまた一つ自覚するたびに、捨てられてしまうかもしれない恐怖に怯えている。


それを、伝えていいものなのか。今ですらストーカー寸前なくらいに、直人さんにべったりなのに。


私がこんなことを考えていると知ったら、ますます直人さん、引いちゃうんじゃないのかな。


それに、この気持ちをどう言葉にしていいかなんて、分からない。


思わず俯いてしまった私の手を、軽く揺らす大きな手。


見上げると、直人さんが眼鏡越しの切れ長の目を細め、私にあの暖かい微笑を向けてくれていた。


「ありがとう、まどかちゃん。優しいね」


「……どうして?そ んなこと、ない」


そうよ、私、優しくなんてない。ただ小心者なだけよ。


他の誰かが直人さんを攻撃したら、全力で護る気合だけはいつも充分持っているけど。


でも、直人さんから、この手を離されたら。そう考えるだけで怯えてしまうの。


私が首を振っていると、直人さんはぎゅっと一瞬強く私の手を握り、そして片手を離して私の髪をそっと撫でた。


「やっぱり、ちゃんと紹介したい。ちょっと変わってる母親だけど、でも、まどかちゃんのこと、きっと気に入ると思う。その自信があるから」


「……本当? 私なんて、家事能力ゼロの、ダメな女なのに……」


「ダメなんて、そんなこと思ってたの? どうしてそう思うの?」


直人さんは、心の底から不思議そうに首を傾げた。


だって、だって……。


また私の視界がぼやけて来てしまった。じんわりと涙が浮き出てくるのを、必死で抑えていると、直人さんはくすりと笑って私の手を引き、もう片手にトレーを持って。


キッチンを出て、お母様の待ち受けるあの部屋へと向かった。


ご挨拶、ちゃんと出来るかしら。メソメソしてられないわ。だけど自信がちっとも沸いてこない。


シュンとしながら、直人さんに引かれるままに歩いていくと、あの部屋の前に辿り着いてしまった。


少しだけ空いている扉をノックした直人さん。


「母さん、入るよ」


「遅い! 腹減って死にそうだって言ってるでしょ!」


びくりと身体を硬直させてしまうほど、大きな怒鳴り声。


こ、怖い……!


緊張がマックスになってしまった私の肩を引き寄せ、直人さんは小さく微笑んで頷いてくれた。


何か……凄く安心する。


大丈夫だよって、言ってくれているような気がする。


あの照れ屋で恥ずかしがりな直人さんが、凄く頼もしく見えた。


そしてこの人になら、私の全てを曝け出しても大丈夫なような気がしてきた。


私の陽の部分だけじゃなく。こうしていつも不安に怯えている、陰の部分も。この人なら、全て受け止めてくれるって……そう、思えた。


そして直人さんは、私から、未だ背中を向けてPCと戦うお母様に声を掛けた。


「母さん、少し話をしたい。紹介したい女性がいるんだ」


しょ、紹介したい女性……! 私のことだ。どうしよう……!




心臓の高鳴りが、バクバク最高潮をマークし続ける。


ピタリと直人さんのお母様の手の動きが止まった瞬間。


今にももう、口から心臓が出そうになるくらい。私は今までの人生で、一番の緊張感を味わっていた。

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