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恋するアフロディーテ  作者: 沙莉
ずっと傍にいたいから

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第1話 愛のスキル、家事のスキル

直人さんをたっぷりと満喫出来たことだし、直人さん、病み上がりだからあまり疲れさせても可哀想なので、そろそろ失礼しようかと思ったら。


「えええ!? やだ、まどかちゃんと、もっとお喋りしたいよ。ずるい、兄貴ばっかり、まどかちゃん独り占めしてぇ!」


美咲ちゃんがそう言って、私を引きとめてくれた。


直人さんは苦笑して、


「あのなあ、独り占めって……けど、まどかちゃんさえ良ければ、もう少しゆっくりしていったら? 夜、うちまで送っていくよ」


「ええ? で、でも、直人さんまた熱が出ちゃう……」


「もう、大丈夫だから、本当に」


直人さんはにっこりと笑みを浮かべて、私の髪をそっと撫でた。それだけで、心臓がバクバクして止まらないのに。


頬に手を当てて、それでも優しい眼差しで私を見下ろしてくれる直人さんを見上げると、私たちをじっと美咲ちゃんが見ているのに気付いた。視線を感じて振り返ると、美咲ちゃんは綺麗な顔を急に照れたように赤くして、「えへへ」と手を振った。


「やだあ、凄いラブラブカップルー! 兄貴デレデレしちゃって、見てて恥ずかしい!」


ええ!? ラブラブカップル!?


直人さん、デレデレしてるの!?


恥ずかしいのとびっくりしたのがごちゃ混ぜになってしまい、思わず直人さんと美咲ちゃんを見比べてしまう。


それに、直人さんには内緒だけど、美咲ちゃんたら駅前で彼氏と熱烈キスするほど、大胆な子なのに。


兄妹って感覚はまた別物なのかな。


そして直人さんは、美咲ちゃんに負けず劣らずカーッと顔を赤くして、眉を寄せた。


「美咲!?」


「あはは、兄貴のこんな姿、初めて見ちゃった! ねえ、まどかちゃん。私の部屋に遊びに来て? この間ね、洋服買ったの。凄く可愛いんだよ。見て欲しいな!」


美咲ちゃんにグイグイ手を引っ張られながらも、私はふいに生理現象をもよおしてしまって。こっそりと美咲ちゃんに囁いた。


「おトイレ、貸してほしいんだけど。どこ?」


「あ、あのね、一階の一番奥。すぐ分かると思うよ? 兄貴、熱が下がったんだったら、机動かすの手伝って! 奥にボールペン落っことしちゃったの」


「ええ? 又落としたのか。全くお前はそそっかしいなあ……」


渋々言いながらも、直人さんは美咲ちゃんに引きずられて部屋へと入っていく。


仲のいい兄妹なんだなあ。私、一人っ子だから凄く羨ましい。いいな。


微笑ましく思いながら、階段を下りて、言われた一番奥へと進んでいく。


途中、少しだけ扉が開いた部屋があって、何となくこっそりと覗くと、小さなその部屋の中に、パソコンに向かっている女性がいた。


デスクトップのパソコン。散乱している書類。キーボードを怒涛のごとく素晴らしく早いスピードで叩くその姿は、さながら仕事モードに入っている直人さんのようだ。


思わずその逞しい後姿を、ぽかんと眺めていたら、長い髪をくるりと一つに束ねた女性が振り返りもせずに、手をぴたりと止めた。


「腹減った」


「は? あ、あの、えっと。ごめんなさい、初めまして、私……」


きっと、直人さんのお母様よね。ご挨拶、ちゃんとしなくちゃ。


慌てて言った私の言葉を、彼女は振り返りもせずに遮る。


「駄目、気が狂いそう。腹減ったって言ってるの。とっとと食事、作ってこんか!」


「はっ、はいっ!!」


凄まじい勢いで怒鳴られ、私は身体をビクーンと硬直させて。


そして慌てて部屋を出た。もう生理現象どころじゃないわ。直人さんのお母様、気が狂いそうなくらい、お腹が空いてるって……どんだけ?


とにもかくにも、慌てふためいた私は、途中見つけた台所へと飛び込んだ。


夕飯の準備をしようとしていたのかしら。パックの豚肉とか、たまねぎとか、ほうれん草とか。食材がダイニングテーブルの上に並んでいた。


な、何を作ればいいのかしら。というか、何を作ろうと思った材料なんだろう。


私は、家事一般があまり得意じゃなくて……うちの台所なんて、大掃除の必要がないくらい綺麗なものだ。料理をしないから、何だけど……。


困った。どうしよう。


お母様、きっと息子である直人さんの彼女には、ちゃんと家事が出来る女性がいいと思っているのよね。


もしかして、私、試されているのかしら……。


多分、いや、きっとそうだ。ヤバい。まずい。


この与えられた食材で、いかに美味しい料理を作れるか。きっとそれを試しているんだ。


美味しい料理? 作れるはずが無い。味付け、全然自信無いもの。というか、この材料で何を作ればいいのかすら分からない。情けない……。


ああ、どうして私、こんなに料理が苦手なんだろう。もっとちゃんと練習しておけばよかった。お母さんに、色々料理を教えてもらえばよかった。それから、上京すれば良かったなあ……。


メイクがどれだけ得意でも、料理一つ出来ないなんて。ダメな嫁じゃない。


よ、嫁!


途端に私の顔が、カーッと赤らむのを感じた。


違うって、何で私ってここでも考えが暴走するの。


落ち着け、落ち着くのよ、まどか。


軽く深呼吸をして、もう一度食材を見つめていると、何だか視界がぼやけてくる。


何をすればいいのか、全然思いつかない。焦れば焦るほど、どうしていいか分からないんだもの。


直人さんのお母様に認めてもらいたい。そのために、美味しいお料理作りたいけど。そのスキル、私、持ってない。


自分自身が情けなくて、悔しくて。思わず涙が込み上げてくる。


「……あれ、まどかちゃん。こんなところで、どうしたの?」


ふいに背後から、声が掛けられた。振り返ると、パジャマからトレーナーにジーンズへと着替えた直人さんが、驚いたような顔で立っていた。


いつものスーツ姿も素敵だけど、こうしてラフな格好をしているあなたも素敵ね。


そう伝えたい。実際、そう思うんだけど。


でも、ごめんね、直人さん。今の私、絶体絶命大ピンチなの。


あなたの彼女として、私、認めてもらう自信がない。


直人さんを好きだって気持ちは、誰にも負けないわ。だけど直人さんのお母さんが私に出した課題が料理となると、もう自信がガタガタと崩れ落ちていっちゃうの。


「ふぅぇん……!」


私は情けない泣き声を上げ、直人さんにしがみついた。


私を抱きとめた直人さんは、凄くびっくりしていたけど。ことの顛末を聞いた彼は、困ったように苦笑を浮かべて、私の肩をぎゅっと抱き寄せた。


「そうか、きっと母さん、テンパってるな。ごめんな、まどかちゃん。きっと母さん、まどかちゃんと美咲を間違えたんだと思う」


そう言って直人さんは、袖をまくってボールを出し、豚肉をカットして、チューブのおろし生姜と醤油、日本酒を入れて軽く揉んで。玉ねぎを薄切りにして、フライパンで炒め始めた。


「多分、この材料だとこれを作るつもりだったんだろうと思うんだけど……」


そう言いながら、直人さんは手際よく料理を作り続ける。豚肉のしょうが焼きを作りながら、もう一つのコンロにお湯を沸かして、ほうれん草を茹で、お浸しを作った。


あっという間の手際のよさ。私はただ、バカみたいにぽかんとしてそれを見ていた。


その私に、直人さんは申し訳なさそうに時折振り返り、フライパンを煽りながら、


「俺の母親、父親が亡くなってからフリーのSEをやってるんだ。出来るだけ自宅で出来る仕事をしたいって言って。美咲がいるから、なるべく家を空けたくなかったんだと思う」


SEって、システムエンジニアよね。凄いな、親子でパソコンに強いんだ。


それに……美咲ちゃんのこと、心配して、大切に思って……仕事を選んだんだ。


素敵ね。とても、素敵なお母様。


「期日が近いと、ピリピリしちゃって大変なんだけど……ま、まどかちゃん?」


直人さんは目を見開き、慌ててコンロの火を止めて。


私の肩を掴んで、顔を覗き込んだ。


どうして、そんなに心配そうな顔をしているの? 何で直人さん、そんなに苦しそうに眉を寄せるの。


直人さんは、そっと手を挙げ、はっと気付いて慌てて手を洗って。


そして私の頬に指を伝わらせた。


「まどかちゃん、泣かないで……?」


直人さんの、小さな囁き。


私、泣いているの? どうして?


何で……






私、直人さんに相応しいのかな。




何にも私、出来ない。


ただ、直人さんのことが好き。それだけしか、私には無い。




もっと私よりも直人さんに相応しい人、いるんだろうな。


そういう人の方が、直人さんのお母様もきっと喜ぶだろうな。




胸が、苦しい。

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