第4話 決意の崩壊と、熱い鼓動の再会
私の手を引いて、にこにこ笑顔の超絶美少女。
サラサラの長い黒髪を揺らし、とても嬉しそうに私に振り返る。
彼女は、不破美咲ちゃん。直人さんの妹さん。
とても可愛くて、素直に私に早くも懐いてくれているのは嬉しいんだけど……。
「まどかちゃん、あのね、学校でまどかちゃんの待ち受け画面を私、皆に自慢して見せてるんだよ! 皆、超驚いてた。だってうちの学校で、兄貴有名人だからさー。ほら、しゃべらないし、ファッションセンスないし、兄貴って。私と本当に兄妹なのかってさ、皆言うんだよ。あ、でも最近は、髪形とか眼鏡変えて、ちょこっと雰囲気前よりは良くなったけどぉー。それもまどかちゃんと付き合うようになったお陰だよねえ!」
……弾丸トーク炸裂だ。
凄い。凄いパワー。私、圧倒されて、「ははは……」としか応えられない。
この勢いで、さっき駅前であんなに熱烈キスをしていた彼氏を追い返してしまった。
いいのかな、私は案内してもらって、助かるけど……。
直人さんと本当に真逆な美咲ちゃんは、明るく元気な女の子のようだ。その彼女は、私の手をぶんぶんと揺らして歩きながら、家まで案内してくれていた。
「兄貴にね、色々まどかちゃんのこと聞きたかったんだけど、照れちゃって教えてくんないんだよねー。かろうじて、名前だけ教えてくれてさ。写メだって、兄貴がトイレ行っている間に勝手に奪い取っちゃったの!」
「えっ、お兄さんのスマホ、勝手にいじっちゃったの?」
「うん! あ、まどかちゃんのトーク、超可愛いね! 絵文字とか結構使ってるし。それに引き換え、兄貴からの返信最悪だよねー。一言二言しか書いてないじゃん。パソコンからメールさせた方がずっとマシかもね!」
げげげ!!
メッセージアプリまで見られていたの!?
私はカーッと顔が赤くなっていくのが分かった。思わず足をぴたりと止め、腰を屈めて美咲ちゃんの顔を覗き込んだ。
当の美咲ちゃんは、悪びれた様子もなく、直人さんに良く似た切れ長の目を細めて微笑んでるし。
「あ、あのね、美咲ちゃん。人のスマホを勝手に覗くのって、良くないと思うわ?」
「えー? だって兄貴のだよ?いいじゃん、別に」
「ダメよ、美咲ちゃんに見られていると知ったら、直人さん傷つくと思うし、私もこれからは直人さんにメールをしにくくなっちゃう。やっぱり恥ずかしいわ。美咲ちゃんだって、自分のスマホを勝手にいじられたら嫌でしょ?」
「ううん、別に。兄妹だったら構わないけど」
あ、あっけらかんとしている子だな。
初めて会った日に、しかも直人さんの妹さんに説教するのはどうかなって思ったけど。
美咲ちゃんはけろっとして、私を真っ直ぐ見つめてくる。
何か目ヂカラっていうの? 澄んだ眼差しが凄く強い子で、私がドキドキしてきちゃう。
その美咲ちゃんは、私を見つめながら、軽く首を傾げた。
「まどかちゃん、嫌なんだ」
「え、ええ、そうね。嫌、かな?」
情けない。はっきりと嫌だと言えていないじゃないの。
め、目ヂカラに負けそう。いやいや、ここで負けてはいけないわ。直人さんのためにも、誰よりも美咲ちゃんのためにも。
私は心臓をバクバクさせながらも、大人の対応……にっこりと微笑んでみせた。
そんな私を見て、美咲ちゃんはにこりと笑って大きく頷いた。
「そっか、分かった。もう、兄貴のスマホは触らない! その代わり、まどかちゃん、アカウント教えて?」
美咲ちゃんは、そう笑って言いながら空いた手を私に伸ばした。
戸惑いながらも私のスマホを差し出すと、美咲ちゃんは私から手を離すと、慣れた様子で自分のスマホと赤外線通信をした。
そして私のスマホを返してくれたら、自分のスマホをコチョコチョ操作してたと思ったら。
私の手の中にあるスマホが鳴り出して、凄くびっくりした。
慌てて開くと、『美咲でーす』とのタイトルのメッセージが。
「は、早いね……」
スマホと美咲ちゃんを見比べていると、彼女は嬉しそうに中を見るように促してくる。
メッセージを開いたら、驚いた。
『兄貴のこと、よろしくね♪ 私のこともよろしくねー!』
そう、書いてあった。
見開いた目を美咲ちゃん移すと、彼女は頬を染めてにこにこ笑って、そして再び私の手をぎゅっと握った。
「えへへ、またメールするね! まどかちゃんも返信してね?」
「……うん。ありがとう、美咲ちゃん」
この子は、まだ中学生。そっか、考え方、まだまだ幼いんだ。
でも、凄く素直な子。
私はとても美咲ちゃんのことが大好きになってしまった。
直人さんの妹さんだからじゃない。美咲ちゃん個人のこと、とても好きになった。
嬉しいな。早くこのこと、直人さんに伝えたい。
中学生の、メル友が出来ちゃった。とても可愛い子なのよ? 誰だと思う?
そう聞いたら、あなたは何て答えるかしら。そしてその相手が美咲ちゃんだと知ったら、どんな顔をするかしら。
早く、早く会いたい。
私は美咲ちゃんの小さな暖かい手を握り締めて、見知らぬ道をほんわかとした心で歩いていった。
「ここ! ここが家なの。入って入って!」
美咲ちゃんに連れて来てもらった家は、一戸建て。二階建てで車庫があり、軽自動車が停まっていた。
門の中には、小さな庭があって、何となく可愛い造りの家だった。
ここで直人さん、生活してるんだ……。
凄く心臓、バクバクしてきちゃった。だって直人さんの私生活を垣間見れているようで。
生まれた時から、この家なのかなあ? 小さい頃の直人さん、この庭で遊んだりしてたのかしら。
可愛かっただろうなあ、写真見たいな。今度見せてくれるかな。おねだりしてみちゃおうかな。
ぽわーんとそんなことを考えていた私の手を、美咲ちゃんがぐいぐいと引っ張る。
「まどかちゃん、早く早く!」
「あ、待って……えと、あの、お邪魔します……」
美咲ちゃんに引っ張られながら、私は玄関に通してもらって。パンプスを脱いで家に上がらせてもらった。
そしてそのまま、二階へと上がった。
お母様に、ご挨拶した方がいいんじゃないかしら。そう思っていたんだけど、それを口にする暇もない。
「はいはい、兄貴の部屋はここね?」
そう美咲ちゃんは二階の一番奥の部屋を指差して、私に紙袋を差し出した。
ずっと持っていてくれて、重たかっただろうに。
私はそれを受け取り、
「ごめんね、ありがとう」
そう言うと、美咲ちゃんは照れたように少し大人びた顔を赤く染めて、首を振った。
「まどかちゃんこそ、兄貴のお見舞い、ありがと!」
元気に言った美咲ちゃんは、あっという間に隣の部屋へと飛び込んでしまった。
照れ屋さんなのね。こういうところ、直人さんにやっぱり似てる。
私は浮かび上がる笑みを抑え切れないまま、目の前の扉をそっとノックした。
しながら、この奥に直人さんがいると思うと、胸がドキドキして止まらない。
どうしよう、迷惑だったかしら。
今日お見舞いに来ること、直人さんには言ってないの。ウザがられたらどうしよう。
途端に不安が私を襲ってくる。
「……美咲? 悪いんだけど、水持ってきてくれないか?」
中から、小さな声がする。
直人さんの声だ。
どきん、どきん。耳元で心臓の音が聞こえるような気がする。
私は勇気を振り絞り、部屋の扉を開いた。
カーテンを閉めて、薄暗い部屋。八畳ほどの洋室で、左手にデスクトップのパソコンが置いてあり、その並びに本棚があって。ぎっしりと本が並んでいる。
そして正面に、シングルベッドがあって、そこに片手を布団から出した直人さんがゆっくりとこちらに振り返った。
眼鏡を外した直人さんは、わずかに目を細め、そしてその目を最大限に見開き。
ばっと半身を起き上がらせた。
パジャマ姿の直人さん。何度も瞬きをしてる。
「ま、ま、まどかちゃん!?」
昨日の声と、全然違う。何となく弱々しかった声じゃない。
驚いているけど、でもはっきりとした口調。
私、直人さんにとても会いたくて……会ったら第一声、「大丈夫?もう、熱下がったの?」って言おうと決めていたのに。
直人さんの姿を見たら、目の前が一挙に霞んでしまって、私は手にしていた紙袋を取り落とした。
本当に、寂しかった。たった一晩、一緒にいられなかっただけなのに。
どれだけ私は直人さんに依存してしまっているのかを、今、まざまざと知らしめられたような気がした。
そして、凄く心配だった。直人さんに何かあったら、私、本当にどうにかなっちゃうかも。
「直人さん……!」
私はパジャマ姿の直人さんに、思わず抱きついてしまった。
戸惑っている直人さんの顔をぺたぺたと触り、熱が引いていることを確認して、僅かにほっとした。
「直人さん、直人さん。身体、もう大丈夫? どこか痛くない? 頭とか痛くない?」
「え、あ、ええと、うん、俺は寝すぎるくらい寝たから、大丈夫……」
ああ、直人さんの声だ。少し照れたような、恥ずかしそうな。
そうよ、これじゃないと。これが直人さんなのよ。
思ったよりもずっと元気そうなので安心したのと、直人さんに会えた嬉しさで、私の中の何かが外れてしまったみたい。
頬に、熱いものがどんどこ伝わっていく。
「まどかちゃん……!」
目の前の直人さんが、段々ぼやけていくわ。それでも、目を見開いて驚いているのが分かる。
「なっ……直人さん、私、私ね、凄く凄く心配でね……」
こんなこと、言うつもりなかったのに。
吹き出る涙を抑えることが出来ずに、私はボロボロと涙を零しながらも、必死で直人さんの顔を見ようとしていた。
だけど、それが不意に翳ってしまった。
気付いたら、私は直人さんの胸に、ぎゅっと抱き締められていた。
どくん、どくん。
心臓の音が聞こえる。
私のじゃない。少し早いその音は、直人さんのもの……?
「……ありがとう、まどかちゃん。心配かけて、ごめんな」
耳を押し当てた胸元から、低く響いてくる声。
その私を痺れさす声を聞き、私はもう耐えられずに、直人さんに縋って泣いてしまった。
いつも忙しい直人さん。
その足かせにならないように、手の掛からない彼女になろうと決意したのに。
私の小さな野望は、すぐに崩壊してしまった。




