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恋するアフロディーテ  作者: 沙莉
夢でも逢えたら

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第3話 待ち伏せは駅前の接吻(キス)とともに

大きな紙袋を二つ抱え、よたよたと駅のホームに降り立った。


私の住むアパートの最寄り駅から数駅先。ここから少し離れたところに、直人さんの家がある。


実はこの駅に降り立ったのは、初めてだった。


直人さんを私のアパートに呼んだことは何度もあるけど、私が直人さんの家に行ったことはない。


だってお母様と妹さんと同居している、いわゆる実家住まい。


「うちの家族、変わってるから」


そう言って、なかなか私を紹介してくれなかった直人さん。


変わっている?


それならば、私も自信があるわ。私も充分変わってる。メイクオタクだもの。


昨晩は、直人さんを心配しすぎる余り、ほとんど寝れなかった。


そして明け方、鏡を見て、自分の悲惨な顔に愕然としてしまった。


慌ててタオルを蒸して顔に乗せ、その後コットンに含ませた化粧水で入念に手入れをして。化粧に至っては、下地にかなりの時間を掛けた。そのお陰で、窪んだ瞼と隈は随分と隠せた……というか、誤魔化せたと思う。


だって折角直人さんのお見舞いに行くんだもの。みっともない姿を晒したくない。


いつだって、綺麗だなって思ってもらいたい。直人さんには、一番私が頑張った姿を見てもらいたい。


きっと他の人からしたら、無駄な時間だろうそれを大切に思う私は、メイクオタク。上等よ、その名をアフロディーテなんて恥ずかしい異名から変えてもらいたいくらいだわ。


だって、愛と美の女神、アフロディーテなんて。私に相応しくない。


そうよ。夕べなんて、直人さんに会えない寂しさで、夕食もとらずに一人アパートで膝を丸くしてじっとしてた。


テレビをつけたけど、全然目に入ってこない。思うのは、ただあなたの照れたような微笑んだ姿。それだけだった。


その直人さんが、苦しんでいる。熱と、戦ってる。


そう思うだけで、堪らなくなって、何一つ動く気力が沸かなかった。こんな私に、アフロディーテなんて異名、相応しくない。


病院から直人さんを自宅へと送り届けてくれた石橋さんが言うには、うちの会社のじっちゃん先生が言うように、疲労から来る発熱だそうだ。


そして真菜に言われた、私がいるからこそ休めないという事実。


連絡、取りたい。ただ、


「大丈夫? ゆっくり寝てね?」


ただ、それだけを言いたいのに。伝えられない。


ぐっと我慢した私は、耐えて耐えて、耐え切れず(何とも情けない……)とうとう直人さんにメールをしてしまった。


メールなんて、発熱した人には迷惑でしかないだろう。だけど、電話をしたら、きっと私は「切らないで、このままずっと話していたい」って思ってしまうだろう。


そして泣いてしまうと思った。


お付き合いを始めて、直人さんはずっと、私のすぐ傍にいてくれた。


仕事が終わって、食事をして。たまにうちにそのまま来てくれて、私が眠るまで抱き締めてくれた。


それは休みの日も。ずっとずっと、私が望むままに相手をしてくれていた。


そう、私が望むまま。直人さんが望んだわけじゃない。


それが分かってる。


だからこそ、メールをした。


『返信しないで。具合の良くなった時に、読んでください。


直人さん、熱は少しは下がりましたか?ご飯、ちょっとでも食べれましたか?


心配で仕方が無いけど、でも病院にちゃんと行ってくれて良かった。もらったお薬で早く治ることを祈ってます。


ゆっくりと、身体を休めてください。



まどか』


本当は、もっと書きたい。だけど頭の中でどうにかこの長さに押さえ、送ったメール。


直人さんからの返信は、いらないって言ったのに。


『ありがとう。ごめんな』


そう、返ってきた。


それを見た瞬間、私は堪えていたものが噴出してしまったかのように、スマホを握り締めて一人きりの部屋で泣き出してしまった。




寒い。寂しい。辛い。




直人さんを心配に思う気持ち。


直人さんがいない、独りきりの夜を過ごす切なさ。


全てが混ざり合い、どこに一番重点を置けばいいのか分からなくなってしまって。


一人泣きながら、やっぱり直人さんに電話しなくて良かったって思った。無闇な心配、掛けさせたくないもの。仕事のことを忘れ、私のことは……少しは思って欲しいけど、でも今晩はいいわ。


私のことも、スパッと忘れて、ゆっくり休んでもらいたい。


そして次の日の昼過ぎ。今、この瞬間。


私は直人さんの家の近くにある駅のホームに立っていた。


彼女だし、お見舞いに行かないなんて薄情でしょ、と自分に思い込ませて。


本当は、もう我慢出来なかったんだけど。だって触れ合わなくてもいい。会いたいんだもの。直人さんを少しだけ見れたらそれでいい。


ちょこっとお見舞いをして、安心したい私は、大きな袋二つを手に提げて、よたよたと歩き始めた。






さて、困った。


直人さんの家ってどの辺りなんだろう?


住所は知っている。付き合う前から、丸暗記していた。だけど抜けている私は、その肝心の土地の位置関係が全く分かっていなかった。


そして私は壊滅的方向音痴。


この駅の改札を出たら、北口と南口と分かれている。一体どっちに行ったらいいの。


張り出された地図を見たけど、私は地図の見方が良く分かっていないようで、更に混乱してしまった。


「こ、交番。そうだ、お巡りさんに聞こう」


そう思った私は、北口のほうに見えた交番目指して歩き出した。と、その時。


目の前に、黒髪がサラサラ流れる美少女と、茶色い髪の背の高い男の子が、道の端っこでキ、キ、キキキキキ……キスしてた!!


嘘でしょ、まだ真昼間よ! それに公道よ!? てか、駅前よぉ!


思わずドキドキしていたら、二人は合わせていた唇を離し、そしてふと私に振り返った。


ぐるりと、二人一斉に。


やばい! イチャモン付けられてたら嫌だ。


だって私はこれから、直人さんのお見舞いに行くという心に固く決めた使命があるんだもの。そして少しでも直人さんが癒されるように、頑張るつもりなんだから。


その前に、面倒なことに巻き込まれたくない。


さりげなく彼らの横を通り過ぎようとしたら、ついと腕を引かれて。びっくりしてその先を見ると、今まさにキスシーンを私に見せ付けた彼女が、驚いたような、嬉しそうな顔で私の手を握っていた。


「まどかちゃんだー!!」


……はい?


きょとんとしている私に、彼氏のほうも、目を見開いて私を凝視している。


「あ、ホントだ。まどかちゃんだ! すげえ、生まどかちゃんだ!!」


な、な、何なのこの子達。


よく見れば、女の子の方は切れ長の輝く黒瞳で、すんごい美少女。あまり見たことの無いってくらい綺麗な子だった。そして男の子は、アイドルにあと一歩でなれそう! って感じの、どちらかと言うと可愛い系の子で。


二人とも、まだ学生で、青春真っ盛り! という年齢に思えたんだけど。どうしてその二人が私のことを知っているの? ていうか、『まどかちゃん』って……ちゃんって……。


呆然としている私に、女の子は頬を紅潮させて、スゴイスゴイを連発している。


「やっぱ違う! 生は違う!! 有り得ない、やばい、ヤバー!! 興奮してきた!」


「だな!! お前のオタク兄貴には絶対もったいない!」


「オタク言うな! 私が言う分にはいいけど、他人に言われたくない!」


さっきまでラブラブモードだったのに、もう喧嘩腰になっている二人。


待って、ちょっと待って。私を置いていかないで。全然会話に付いていけていませんってば!


「あ、あの、あなた一体誰?」


やっと頬を膨らませた彼女の肩に手を置いて、そう聞くと。


超絶美少女は、にっこりと笑ってポケットをゴソゴソ探り。


ピンクのカバーがついたデコデコスマホを出し、操作して。私にそれを見せた。


すると、待ち受け画面が……嘘でしょ!! 私! 私がいた!


「ひっ……!」


思わず喉で悲鳴を上げていると、彼女は満面の笑みで、その待ち受け画像と私を見比べて嬉しそうに更に笑みを深めた。


「兄貴から、強奪したの。びっくりしちゃった。こんな綺麗な人が、兄貴の彼女になってくれたなんて! 嬉しいのと、憧れちゃったのとで、待ち受けにしちゃった。えへ」


え、えへって……ていうか、ていうか。


こ、この子はまさか……!


「美咲の兄貴、暗くてダサいのに、ミラクルだって思ったんだよね。まどかちゃんて、きっと心がデカい人なんだろうなーって思ってた。でもいや、マジで生まどかちゃん見れて感動した! やっぱ大人の女はいいわ!」


「まどかちゃんてアンタが呼ぶ権利はない! ダメ! ちゃんと山岸さんて呼びなさいよ!」


「んだよ、ケチケチすんなよ。いいじゃん、なー、まどかちゃん?」


……脳内フリーズ。


何? 何なの?


さっきまで、イチャイチャしていたこの若者カップルが、どうして私を巡って戦っているの。


硬直した私の手から、紙袋を一つを取った美少女が、眩いばかりの輝きを放つ笑顔を浮かべて、私の空いた手をぎゅっと握った。


びくりと震える私に、笑みをそのままに頬を染めた。


「うちに、連れて行ってあげる。私、美咲。不破美咲。兄貴ともども、よろしくね!」


……やっぱり。直人さんの、妹さんだったか。


想像を超えていた。はるかに、超えていた。


ごめんなさい。私に落ち着く時間を下さい。


なのに、


「何だよ、ずりぃぞ! まどかちゃん、オレ、そっち持ってあげる。だから手ぇ繋ご!」


「バカじゃないの!? 不破家に携わるものだけが、まどかちゃんに触れる権利があるのよ!」


「はああ? じゃあいいじゃん、お前とオレ、いずれ結婚するってことで」


「バーカ、バーカ! 早く帰れ原始人!」


「何ぃー!?」


きっと本来は仲良しカップルが、私を巡ってやっぱり争いを起している。


その中央に立ち尽くし、私は遠い目で呆然としているしかなかった……。




直人さん、あなたのその無口なところ。控えめな雰囲気。


その真逆に、妹さんは育ったのね……というか、陽の部分を全て妹に持っていかれてしまったって感じ?


……それでも、私はあなたを愛し続けていけるけど。全然余裕で自信はあるけど。




でも、直人さんが私に家族を紹介したがらない理由が、何となく分かった気がした。

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