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恋するアフロディーテ  作者: 沙莉
夢でも逢えたら

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第1話 官能的な妄想と、想定外のメロドラマ

幸せ……。ふふふ、どうしてあんなに直人さんの腕の中って、暖かくて幸福感に満たされるのかしら。


それを今日は金曜日。ばっちりと満喫出来る。


まずは食事に行って、美味しいものを食べて、それから今日はバーになんて行ってみちゃおうかしら。


そしてその後は、いつもはさよならだけど。何たって明日は土曜日、休日だもの。


うちに誘って、来てもらおうかな。掃除は……まあいつも家に帰って寝ているだけだから、そんなに汚れていないだろう。


台所に関しては、料理自体していないから汚れることもないし。


情けないことだけど、私はお料理があまり得意じゃない。だから直人さんに手料理を食べてもらったのなんか、数回くらいしかない。


それも、直人さんも「手伝うよ」と袖をまくってくれて……というか、殆ど私が切る担当、直人さんが調理をする担当だったりしたんだけど……。


しまった、私の手料理じゃないじゃないの。直人さんの手料理を、食べさせて貰っていたんじゃないの。


今まさに気付くなんて、何たる不覚。


それでもいいわ。とても美味しかった……目で見て美味しい、深い味わいは最高。


まるで直人さんを表現しているかごとくのその料理の味、私、一生忘れないわ。


そしてその食事を満喫した後は、いつも私を抱っこしてもらうの。


背もたれの高い座椅子に腰掛けた直人さんに、正面から抱きついて。


ギューギューしがみ付くと、直人さんは照れたような、困ったような声で私の髪をそっと撫でる。


「どうしたの、甘えん坊モード?」


そうよ、私はいつだってあなたの前では甘えん坊モード全開よ。


私の全てを抱き締めて。受け止めてくれる、この腕がとても居心地がよくて好き。


胸に顔を摺り寄せて、幸せ絶好調でいる私の頬に手を移す、手のひら。


それに私の手を重ねてみる。


いつもは、ガンガンキーボードを叩く指。それが今、私の瞼、頬、そして唇をなぞってる。


ゾクゾクして堪らない柔らかい動きで。


「まどかちゃん、……まどか、愛してる……」


囁きながら、寄せられる吐息。待ちきれずに顔を上げると、そこに眼鏡を外した直人さんの切れ長の眼差しがある。私を捕らえて離さない、熱い眼差し。


「ずっと、俺だけのものでいて……」


もちろんよ、直人さん。


私は永遠に、この命果てるまで。


あなた一途に生きていくわ。


閉じた瞼にそっと寄せられた唇は、そのまま私の薄く開いた唇を塞いで。


甘く柔らかく啄ばんでいたかと思うと、私の中心を溶かすほど強く妖艶に求めて……。




「ぐふっ……」


「な、何よまどか! 気持ち悪いわよ!! ぼーっとメニュー見てたかと思えば不気味な笑みを浮かべてっ!」


その声に、はっとした。


あれ?


直人さんは?


私を抱いた優しい腕は、一体どこに。


……いけない。また妄想しちゃった。いやいや、妄想じゃないもの。思い出していたんだもの。二人きりの、大切な時間を。


目の前には、呆れた顔の里佳と、薄気味悪そうに私を見ている真菜がいた。


全く失礼ね、ちょこっと違う世界に飛んでいただけなのに。


「いやー、今日金曜日だし。どういうコースでデートしようかなーって……」


言いかけて、里佳の眦が上がりそうになったので、慌てて手を振った。


「い、今だけ、今だけよ! 仕事中は、ちゃんと直人さんとのめくるめく官能的な妄想はブロックしてるわよ! 仕事の鬼になっているんだからっ、ね、真菜?」


そう言いながら、私は自分の妙な性癖を暴露しているような気もしつつ、それでも真菜に同意を求めると、彼女は多少引き攣った笑みを浮かべて頷いてくれた。


「まあねー、今の仕事量じゃ、まどか得意の妄想をしている暇なんてないんじゃないの?」


えええ!? 私の得意技なの、妄想って! ショックー……。


ヘコんでいる私を尻目に、里佳は溜息をついて、ホットコーヒーのカップに手をやった。


「あんた、本当に変わってるわよね。あの不破さん相手に、なに、めくるめく官能的な妄想? よくそんな裏技をこなせるわね」


「裏技ー!? 失礼ね、正当法よっ! 里佳は直人さんの素晴らしさを全然分かってないから、そういうことが言えるのよっ!」


「あー、分かりませんねえ、分かりたくもないですねえ」


むきーっ! バカにしちゃって!


憤然とした私の肩が、ぽんと叩かれた。むっとしたまま振り返ると。


ぱあ、と私の顔は明るく輝いただろう。真菜と里佳が、ガクッと身体を傾けたのが見えたから。


だけど、えへへ。笑顔で出迎えたい人が、今まさに登場したんだもの。


「お疲れ様、不破さん! ささ、座って座って! 何食べる? A定? B定? あ、A定は里佳がまずいって言ってたから止めたほうがいいかも」


うきうきとした私が直人さんのために椅子を引くと、彼は里佳と真菜に軽く頭を下げ、私ににっこりと笑みを浮かべた。


その瞬間、私はカキーンと硬直してしまう。


「そう。じゃあどうしようかな。あんまり食欲ないんだ。まどかちゃんは、何食べたの?」


え……えええ!?


この満面の笑み。そして更に、仕事中であるにも関わらず、私をさらりとまどかちゃんと呼んでいる。


ど、どうしたの直人さん!?


「わた……私は、ええと、適当にサンドイッチを売店で買って食べたんだけど」


「そうなんだ。まどかちゃんがパンを食べる姿って可愛いなって、前から思ってたんだ。見れなくて残念だな」


「ええ!?」


「両手でパンを持って、食べる姿。ほら、まどかちゃんて一口で食べる量が少ないだろ。何かリスとかハムスターとか。そんな雰囲気で凄く可愛いなって思ってた」


直人さんはにこにこ笑顔のままでそう言い、私たちを凍りつかせた。


ま……まさか。


こんなセリフを、恥ずかしがらずに言うなんて! と言うか、言われた私が超恥ずかしいんですけど!?


びっくりしている私たちに気付いているのか気付いていないのか。直人さんは笑みを湛えたまま、私の頬に手を伸ばした。


そして、ゆっくりと撫でる手先は、まるで二人きりでいる時みたいで。心臓が途端にバクバクして止まらない。


「今日、金曜日だよな。どこか、行きたいところあったら言って?」


「へ? あ、え、あー、えっと……」


「まどかちゃんが望んでくれるところへ連れて行けるのなら、それが俺は一番嬉しいんだ。まどかちゃんが喜ぶ顔を見たいから。だから、遠慮しないで言って。ね?」


「は、はい……」


だ、誰なのこの人。別人のようになっていますけど。


硬直したままの私に、息を詰めている里佳と真菜。


直人さんは、潤んだ瞳で私を見つめ……うん、潤んでいる。


というか、トロンとなっている。


そして私を撫でる手は、果てしなく熱い。


はっと気付いた私は、その直人さんの手を掴んだ。そしてもう一つの手で、彼の額に手を当てると……熱い!! ハンパなく熱い!


「直人さん、熱がある!」


「えええ!?」


真菜の声と共に、直人さんの身体がぐらりと揺れて、私に凭れ掛かってきた。


周囲のキャーだかギャーだかの声が聞こえるけど、違うのよっ! 直人さん、私に抱きついてくれた訳じゃないのよー!


「きゅ……救急車ー!! は大袈裟か!? と、とにかく医務室ー!!」


叫んだ私に、周りの男性社員が慌てて朦朧としてしまった直人さんを担ぎ上げてくれて。


私はへらへらと笑う直人さんを、心配げに立ち上がって見ていたんだけど。


「しまった、不破さんごときにドキドキしちゃったわ」


「まだまだね、真菜。しかし不破さんも、ずっと熱出していれば多少はマシなのね。ずっと発熱してりゃいいのに」


そんな酷いことを言う友人二人を睨み付けた。


全く! 何て心無いことを言う人たちなの!!


男性社員たちの協力の下、医務室に運ばれる直人さんに付き添いながら、思ったのは。




直人さんの心の底って、結構熱いのかも……




心配とドキドキが入り混じってしまった。

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