第3話 嵐の予感はメールに乗って
今日の依頼主からメイク道具を預かって、更衣室で彼女の顔を彩っていく私。
「告白する相手って、どんな人なの?」
そう尋ねると、彼女は僅かに頬を染めて微笑んだ。
「人事部の亀山さんです」
ああー……私が入社して間もなく、お付き合いを申し出てきた人だ。
一度も喋ったことがないのに、どうしてこういう行動に出るのか、理解に苦しんだ人。そっか……だけどもちろん、それを言葉にはせず、私は彼女の閉じた瞼に、何重にも色を重ねる。こうすることにより、アイシャドーが深みを増して、目をますます大きく見せてくれる。
「そう、想いが叶うといいね」
「大丈夫です、きっと。『アフロディーテ』の魔力を頂いていますから」
そう口元に笑みを浮かべる彼女は、とても綺麗。恋する女の子は、皆美しい。
それを見て、私も元気を貰える。頑張ってみようかな、という気にさせて貰える。……行動に出れはしないけど。
こんな私に、愛の女神『アフロディーテ』だなんて。名前負けもいいところだ。
自嘲しつつも、薄く開いた彼女の唇に、ルージュを塗って。
「はい、出来た。どう?」
手鏡で確認してもらうと、彼女は花開いたように笑顔を浮かべた。この瞬間が、一番嬉しい。
「凄いです! いつもの私の化粧と全然違う!!」
「そう、良かった。頑張ってね。女は気合いと度胸よ?」
「はい!」
輝く笑顔の彼女が、眩しかった。
バカね、私。女は気合いと度胸か……まるで自分に言い聞かせているみたい。
肩を竦めた私の前で、化粧道具を片付けながら、彼女は大きな瞳を私に向けた。
「山岸さん、今、彼氏いないんですか? そういう噂聞きましたけど」
何で私のことが噂になっているの。
私は苦笑を浮かべて頷いた。
「ずっといないわよ。フリー、一直線」
「そんなあ。山岸さんほどの美人が一人だなんて、信じられないです」
そう言ってくれるのは嬉しいけど、こればっかりは相手があることだしね。あの不破さんに、告白する勇気がない私は、ただのヘタレな女だ。
挨拶しても、目を見てくれない。照れてしまっているのは分かるけど、でもちょっとでもこちらを見てくれたらな。多少の度胸もつくんだけど……。
モヤモヤした気持ちのまま、私は今日も変わらず仕事をこなす。
金曜日って、どうしてこんなにホッとするんだろう。明日から休み。すっぴんで、部屋ゴロゴロして過ごそう……なんて寂しい休日。
でも、金曜日の定時後、私にはするべきことがある。勝手に自分で決めているんだけど。
定時になり、さっさと飲み会に出かける社員達の中で、不破さんはたった一人会社に居残って、仕事をし続けている。
凄い努力家だ。というか、ある意味頑固なのかも。
自分の納得いくまでは、仕事をし続けている。休日出勤をすることもあるみたい。
黙々と、誰とも話さずに、一日を仕事に全力投球。石橋さんに、爪の垢を煎じて飲ませたいくらい。その石橋さんは、今日も合コンに行ったようだ。どうでもいいことだけど。
不破さんは、他の人はあまり知らないけど……多分知っているのは、企画室長とそれ以上の役員と、私だけだろうけど。
英語がメチャクチャ上手い。TOEIC960点と聞いた時には、口がぽかんと開いてしまった。そして外国のお客様相手に、いつも無言の彼とは思えぬ流暢な英語でプレゼンをしている彼を見て、ますます私の恋心はヒートアップした。
全て、努力の産物。しかもそれをひけらかすことのない彼に、私は惹かれ続けている。
だから、せめて……私だと、分からなくてもいい。
人気がまばらになった金曜日の定時後、不破さんが席を外したと時を見計らい、机にそっと栄養ドリンクを置いてから帰るのが習慣になっていた。
身体だけは、気をつけて。
その思いを託して。
穏やかな日差しのこの日、背後の不破さんに半分意識を取られながらのデスク作業をしていた私のパソコンに、一通のメールが来た。
企画室内の友人、里佳からだ。
『今週金曜日、企画室と営業部の若手による合同コンパが開催されることになったので、参加するように』
……何で命令なの。面倒臭い。嫌だ。
『その日は都合が悪くなると思われるので、欠席でお願いします』
そう返信したら、驚くべき速さでさらにメールが届いた。
『欠席は許されません。まどかの出欠により、営業部員の参加率が左右されるので』
どういうことー!? 思わず立ち上がり、里佳の席に目を向けると、彼女はにやりと笑ってパソコンを指差した。返信を更に待てってことか。
そしてすぐにまた、メールが届く。会社の電波をこんなことに使っていいのだろうか。
『まどかはただ、座っていればよろしい。後は私達女子が何とかします。というか男を作るチャンスをください』
……何ていうメール…………。
私が深い溜息をつくと、それを里佳は了承として取ったようで。開催日時と場所を記したメールを、営業部と企画室の若手に一斉送信をしたようだった。
それが分かったのは、石橋さんが椅子をぐるりと私に向けたから。
「まどか、金曜日の件、参加なんだよな?」
「うーん、そうなっちゃったみたいね……」
「そっかー、いやー、楽しみだなあ。てか、男と女の比率大丈夫かよ」
妙なところを心配した石橋さんは、幹事の里佳と相談を始めてしまった。そんなことよりも、まだ就業時間なんだから仕事をした方がいいのに。見てみなさいよ、不破さんを。
一糸乱れぬ姿で、ガンガンパソコンに立ち向かっているじゃないの。全く惚れ惚れするくらい、素敵な姿で……って、あれ?
不破さんには、このメール行ってないのかな。もし来たとしても、絶対参加しなさそうだけど。
首を傾げた私の前に戻ってきた石橋さんは、不破さんの机にダンッと手を叩き付けた。思わずびくりと私も不破さんも身体を震わせてしまう。
「おい、不破。お前、次の金曜日、定時後時間空けておけ」
何て言う偉そうな言い方! 私が憤慨しそうになっていると、石橋さんはすぐに言葉を続けた。
「企画室と営業部で合コンだ。男が足りないからな、誘ってやったことを感謝しろよ。後で詳細を転送してやる。いいな、出ろよ。一応お前も男なんだから、頭数にはなるだろ」
何てひどいことを! もう我慢ならずに、私はすっくと立ち上がり、声を張り上げようとした、その時。
「……分かった」
そう、滅多に聞けない声を聞くことが出来た……って、あれ?
分かったって言った? 参加するの? 本当に?
返事を聞き、石橋さんは満足そうに笑みを浮かべ、自分のパソコンに向かった。
「ちょっと待ってろ、今転送してやるから。お前、もしかしたら彼女作れるかもしんないぞ。まあ、確率低いだろうけどな」
「…………」
その暴言には返事をせず、不破さんはまた黙々と仕事に戻っていってしまった。
石橋さんの思惑は分かっている。不破さんを、自分の引き立て役にさせるつもりだ。女子に、「ジミー」なんてあだ名をつけられているほど、空気が薄くて地味な不破さんを傍に置いておけば、自分が目立つもの。
最悪、本当にこの人。ますます私は石橋さんのことが嫌いになり、そして不破さんをどうにかして護ろうと心に決めた。




