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恋するアフロディーテ  作者: 沙莉
揺るぎなき心

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27/59

第1話 隠されたデマと、心の避難所

きーんこーんかーんこーん。



定時だ! 仕事が終わった。早く直人さんに会いたいのは山々だけど、今日は前から約束していた『アフロディーテ』としての依頼がある。


泣く泣く直人さんに携帯からメールした。



『ごめんね、なるべく早く行くようにするから。悪いけど、里佳の相手をお願いね』



今日は里佳が私に奢れ、そしてグチを聞けとのことで。申し訳ないけど、直人さんに先に里佳と店に行ってもらうことにした。


正直、直人さんが女性と二人きりになるなんて面白くないけど、でも私が悪いんだし、相手はあの里佳だし。


変なことになるはずもなく……というか、直人さんがちょっと可哀想な気もするけど。


そうお願いしたメールを送ったら、返事は意外なほど早かった。



『気にしないで。頑張ってね』



短いメールの返信。だけど、きっと一生懸命打ってくれたんだろうな。スマホの操作、苦手だって言ってたから。それに、頑張ってね、だって。


うふふ……ふふ。


頑張るわよ! 私は常に全力投球だもの。それしか、取り得ないもの。それに、好きでやっていることだもの。こうして、メイクの依頼をしてもらえるの、嬉しいから。


だから今日の依頼主二人組に、気合を入れた全力メイクを施した。


二人とも、夏の日焼けがまだ残っていた。UV対策はしていないみたい。


鏡で自分達の顔と、お互いの顔を見合わせて、「すげー!!」を連発している二人組……総務のマーケティング担当の子二人に、私は彼女達が持っていたコントロールカラーを手に取った。


「冬でも、日焼けするのよ。だから、UV対策しないとね。二人とも、日焼けしやすい体質みたいだしね。あまり厚く塗ってもダメよ。日焼け止めを薄く塗って、このピンクのコントロールカラーを乗せてね。それからファンデーションを鼻と口元は薄く、後は首筋までちゃんと塗っておくといいわ」


私の説明を、うんうんと真剣な顔で聞いてくれている。仕事もこの調子で頑張ってくれると嬉しいんだけどなあ。


思わず苦笑を浮かべながらも、一通り今日施してあげたメイクの説明を終えると、いつもよりもぐっと大人っぽいメイクに仕上がった二人組は、顔を見合わせて立ち上がり、そして驚いたことに私に深々と頭を下げた。


「山岸さん、給料でねえのに、マジありがとうございました!」


「噂には聞いてたけど、ここまで丁寧に教えてくれるなんて、思ってもみなかったっす。本当嬉しいっす!」


私はびっくりして、慌てて手を顔面で振った。


「やだ、そんな。趣味でやっていることなんだから、気にしないで!」


「いや、でも。……ねえ?」


「うん。あいつ言うほど、絶対嫌なヤツじゃないよね?」


うん? あいつ? 嫌なヤツ? あれ? 私のこと?


?マークが頭の上で飛び交っている私に、一人がおずおずと上目遣いで私を見上げた。


「あの……言いづらいんですけど、でも耳に入れといたほうがいいかも」


「うん、そうだよね、あの……芹沢のことなんすけど」


ドキッと心臓が打ち鳴った。


今、私の心の中で心配事というか、戦闘心を掻き立てられているというか。


目の前で、私を攻撃的な眼差しを向けた芹沢さん。彼女が、まさか噂のメデューサだと知ったのは、今日のこと。


そして彼女は、私をなぜか憎んでいるらしい……どうしてなの。


理由が、全然分からない。


もし、私が何か彼女の気に障ることをしてしまったのなら、素直に謝りたいけど、でも、今まで芹沢さんと私に共通点が合ったわけじゃない。


もちろん企画室の庶務担当だった頃は、ちょくちょく総務に顔を出していたから、芹沢さんのことを見たことはあったけど、直接会話をしたことなんてなかった。


そんな彼女が私を嫌う、ではなく憎む……その原因がさっぱり思い当たらない。


直人さんのことを、もしかして好きだった?


それは違うような気がする。芹沢さんの直人さんに対する態度と、他の企画室員に対する態度を見比べても違うと思う。


だったら、どうして……深い思考の底に沈みそうになった私に、申し訳なさそうに二人組が教えてくれたのは。


「芹沢、山岸さんが意地悪をして、仕事を全然教えてくれないって」


「そうそう。山岸さんが、中途半端に総務に行っちゃったから、後処理するのが大変だって、言い触らしていましたけど……」


やっぱり。そうなんだ、そういうこと、触れ回っているんだ。


覚悟はしていたけど、さすがに少しばかりショックを受けてしまった。


どこまで言い触らしているんだろうか。芹沢さんの人間関係なんて、私知らないもの。


だけどそれを否定して歩くのも大人気ない。そしてキリがないように思えた。


私は落ち込んだ心を隠して、困ったように笑ってみせた。


「そう。芹沢さんには申し訳ないことをしたわね。引継ぎが足りずに、私の説明不足で、彼女に仕事を増やしてしまったみたいで。ちゃんとそのうち、説明しておくから」


「あ、いえ、絶対そんなことないっすよ!」


「そうですよ、私もその話最初聞いたとき、山岸さんて性格悪ぃーって思ったけど。でも、今は芹沢がデマ流してるって分かりますから!」


必死で言ってくれる二人の気持ちが、凄く暖かくて嬉しかった。


まだ、私、総務に来て間もないけど。


でも、こうして少しずつ信頼を得てきているのかなと思うと、何か泣きそうになってしまった。


こっそりと目元を押さえて、私はにこりと笑みを浮かべて二人の肩をぽんぽんと叩いた。


そして、言葉にしたのは、別のこと。


「ありがとね。これから、あなた達も仕事忙しくなると思うけど、一緒に頑張っていこうね」


私の顔を心配そうに見つめていた彼女達は、お互いに目を向けて。そして嬉しそうに微笑んで大きく頷いた。






芹沢さんが、私を憎んでいるという現実を目の当たりにして、私は少しばかりしょぼくれながら、直人さんが探してくれた店に入った。


入った瞬間、桃色の可愛らしい壁紙に目を捕られる。


店内の装飾、凄く可愛い。ところどころに陶器の猫の置物が飾られていて。暖かい色のシャンデリアは、華美過ぎずにいてとても落ち着く。


私の好みの店、一生懸命探してくれたんだな、直人さん。


何か今日、私涙腺壊れているのかしら。そう思ったら、涙がぽろりと零れてしまって、それに自分で驚いた。


慌ててハンカチを取り出し、目元をきゅっと押さえて心を落ち着かせていると、店員が私の元へとやって来た。


「いらっしゃいませ、何名様ですか?」


「あの、もう先に連れが来ていると思うのですけど、あの、不破なんですけど」


「はい、ではご案内致します」


直人さんはいつも自分の名前で予約しているからと、直人さんの名前を出したのは正解だったみたい。


案内してくれたのは、窓際の席で。四人がけのテーブルで、ビールのジョッキを豪快に煽っている里佳と、困ったようにジョッキを握ったまま硬直している直人さんがいた。


「でさー……ちょっと聞いてんの!? 全く表情が無いんだから、不破さんは!」


「え、あの、ちゃんと聞いているけど……」


そしてちらりとこちらに目を向けた直人さんは、ほっとしたように微笑を浮かべて立ち上がった。


店員に頭を下げて私がそのテーブルに歩み寄ると、直人さんは私を奥の席……つまり里佳の前の席に座らせてくれて、直人さんは私の隣に腰掛けた。


「遅い!」


私を出迎えた里佳の一喝。でも、何かほっとした。


私はほっとして……またしても泣きそうになるのを必死で堪えて微笑を浮かべた。


「ごめんごめん。直人さんも、ごめんなさい、遅くなっちゃって」


「いや、お疲れ様。ビールでいい?」


そう柔らかく微笑む直人さんに大きく頷いた私。


うん。冷たいの、キューッて飲みたいな。さっきの里佳みたいに。


にこにこと私が笑っていると、里佳はカラになったグラスを端っこへ押しやり、直人さんが店員を呼ぶのを見て、「私もビール追加!」とずうずうしくも言い放った。


「まどかさあ、不破さんと付き合っててどこがいいのかって思ってたけど。だって、不破さん本当に表情無くて笑顔見せないし。だけど、あんたが今来て、何か分かった」


はい?


何を突然。


きょとんとした私をフライドポテトで差した里佳は、面白く無さそうな顔でそのポテトを直人さんに向けた。


「別人じゃない、不破さん。ずっと人の話を半分くらいしか聞かないでさ、表情フリーズさせたまま、チラチラ出入口見てるしさ。なのにあんたが来た途端、にこにこしちゃって。あーあ、やってらんない」


えええ!?


私はびっくりしちゃって、里佳と、ビールを注文してくれた直人さんを見比べてしまった。


すると里佳はふて腐れたような顔をしていて、直人さんは話を聞いていたんだろうな。カーッ! と顔を真っ赤にしちゃって、俯いてしまっていた。


「そ、そんな。にこにこだなんて。俺は別に、普通に……」


そう言い掛けた直人さんを、里佳は速攻阻止して、そして断言した。


「しています。にこにこと、それはもう嬉しそうに。全くうっとおしいったらありゃしない」


里佳の言葉に、直人さんは更に口ごもってしまったけど、でも。


私はとっても嬉しくて、思わず里佳の前だというのに、直人さんの腕にぎゅっと掴まって彼を見上げた。


目をぱちくりさせている直人さんを、ただ見上げるだけ。言葉はいらないよね? これだけで、私の嬉しい想い、届くよね?


うん、きっと届いたはず。だって直人さん、顔をいまだ真っ赤にしながらも、私の胸がきゅんとなる微笑を浮かべて、空いている手で私の頭を撫でてくれたから。


それだけで、充分。


意外に逞しい直人さんの腕にすりよって、満喫している私を里佳が呆れたように見ているけど。でも、今だけは許して。


胸に溢れる負の感情。直人さんの暖かさで、消したいから。消えていくのが、分かるから。


もう少しだけ、直人さんに甘える時間が私には必要だった。

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